合同任務 前
「メタトロン!」「ウリエル!」
携帯が時震を知らせてきたのと同時に、俺たちは自分の天使の名前を呼んでいた。
すると世界の時間が止まり、モノクロの世界に変わった。そして俺たちの体の中から光が漏れ出し、天使の体を形作った。
「あら、さっきぶりね、守。また時震かしら?今日二回目ね。」
大きく伸びをしながら、天使はほわほわした声でそう言った。
「ああ、例のミカエルからいわれていたやつだ。」
「……例の?何だっけ?」
……まさか寝ぼけてるのか、この天使は?
「……昨日言っただろ?近々大きな時震がくるから、希と協力してあたれってメールが来たって。」
「……あー!言ってたわね。確かにね。あれよね。うんうん。もちろん覚えてるわよ。ルシファーの依り代の子との合同任務よね。」
そう目をわかりやすく泳がせながらメタトロンは宣った。そういえば、昨日話した時に返ってきたのは生返事だけだったな。半分寝てたのか……。
「違うぞ。希はウリエルの依り代だろ。」
「……そうだったかしら?」
はぁー、まったく。初めて会った時から体はすごい勢いで成長していって、ぱっと見じゃあ年上のお姉さんみたいな感じなのに、中身は全く成長していないな。あの時と同じうっかりさん、というか天然というか。
「守君。そっちの準備は終わった?」
そういわれて振り返ると、そこには背に狙撃中のようなものを背負い、その背後に天使を侍らせている希が立っていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
メタトロン。さっきのやつをもう一度頼む。」
刀を作り出しながら、そうメタトロンに話しかける。
「さっきの?……ああ、思考加速と行動加速ね。対価も一時間でいい?」
「ああ。」
「了解。……できたわよ。」
メタトロンが軽く指をはじくと、見える世界ががらりと変わった。意識を集中させれば、動きがゆっくりに見えるし、体も普段の倍近くの速さで動かせる。
「うん。いい感じだ。
……悪い、待たせた。希の方も準備は大丈夫なのか?」
「……ええ、一応は。なるほど、それが契約なんですね。」
希が感心したように、そう呟いた。いや、興味津々って感じか?なんかこっちを見る目が怖いし。女子に見つめられるの自体が怖いからやめてくれませんかね?
「あ、ああ、まあな。じゃあ、開けるぞ。」
「あ、お願いします。」
希の了解をとれたところで、刀を軽く振り下ろす。すると、斬撃が空中に残りそこを起点に扉のようなものが出来上がり、大きく開かれた。
その扉の先に広がるのは地平のかなたまで続く荒野だ。
軽く希に目配せしてから大きく深呼吸して、その扉をくぐった。
扉を抜けてからすぐに移動を始めた。リクレッサーのいる場所は天使が感知できるから言われた方向に向かって進んでいく。まあ、実際リクレッサーは勝手に俺たちの所に向かってくるからじっとしててもいいんだけどな。
「相変わらずの殺風景ですね、こちら側は。」
「そうだな。リクレッサーを倒しても、もやになって消えるから何も残らないしな。」
「一体どんな原理で個体から液体になるんでしょうね?」
「個体から気体に直接変わるってことはドライアイスがすぐ思いつくけど、あの感じだと多分そうじゃないだろう。倒した時の感覚が物体を斬る時のそれとはまったく違ったからな。」
「では彼らは一体どんな存在なんでしょうか?」
……もしかして試そうとしてるのか?でも一体何のために?分からないな。
「……さあな。ただ、――。」
「二人とも、もう少し緊張感もってください。ミカエルの話では結構の規模らしいですよ。」
考えていたことを口に出そうとしたときに、ウリエルにたしなめられた。振り返ると、怒っていますと言いたげな表情をしているウリエルと、やれやれと若干呆れ気味のメタトロンがいた。
「ウリエルは真面目ねー。まあ、私達がいるから万が一にも負けることはないでしょうけど。」
「メタトロン、それは油断というものです。戦場で油断は禁物です。今回はただでさえ規模が大きいといわれているんですから。」
「分かってるわよ。ちょっと空気を和ませようとしただけよ。」
「十分和んでいましたよ!」
天使達は天使達でおしゃべりに夢中になっている。ちなみにメタトロンの光輪の色は薄灰色だけど、ウリエルの光輪の色は翼と同じ純白だ。……なんか、ぐうたらな姉と真面目な妹みたいな感じがするな。
「ふふ。ウリエル達も仲が良さそうですね。
そういえば、メタトロンは以前見た時よりも大きくなっていますね。」
「そうなんだよな。俺が依り代になってから日に日に大きくなっていって、最終的に他の天使と同じ大きさにまで成長したんだよ。話し方も子供っぽかったのに、今では少し大人びてるし。」
初めて会った時は、ただただかわいい天使様みたいな感じで幻想的な雰囲気をまとっていた。それなのに見せる仕草も幼げで、庇護欲を駆られる存在だった。それがこの三か月で印象がガラリと変わって、今では頼りがいのある相棒だ。リクレッサーとの戦闘の時は的確なアドバイスとか支援をしてくれるし、日ごろのトレーニングとかの相談にも乗ってくれる。
まあ、こんなこと照れくさくて本人には言えんけど。
「……随分親密なんですね。うらやましいです。」
「ん?なんだって?」
希が何か言ってたようだけど、よく聞こえなかった。
「いえ、なんでもないです。それより、私のことも頼ってくださいね。私達はタッグなんですから。」
「俺としては結構頼ってるほうだけどな。友達もほとんどいないし。」
友達といえるのは圭介だけしか学校にはいないし。
「……そうですか。ならうれしいですね。
――見えてきましたね。あそこに大きな集団が見えます。」
そう言われて前を見てみると、かなり離れたところにまだ粒のような大きさの集団が見えた。2~3キロ先か。
「……あれか?よく見えるな。」
「私は基本的に遠距離攻撃が主体なので、視覚を強化することができるんですよ。そこまで長い時間は使えませんが。」
ちらっと希の方を見ると、目の前に眼鏡のレンズのような感じで魔法陣が浮かんでいた。あれで視覚の強化をしているのか。……今度メタトロンにそういう感じのもできるか聞いてみようかな。思考加速とかはどっかのアニメで見たことがあったからすぐ思いついたけど。
「どれくらいいるかかわかる?」
「……30に届かないくらいでしょうか。」
「規模的には天災級か。ミカエルの情報と同じだな。
だとしてもこれまでは多くて10だったから多いのには変わりないか……。」
この一か月でできるようになったことは思考加速と行動加速を使った近接戦闘くらい。できるって言っても、せいぜい遠距離から投げられる石を回避できるくらい。戦闘では一対一なら余裕、一対二なら何とか、それ以上はほぼ無理って感じ。
「私は遠距離から攻撃することしかできないので、ここから攻撃したいのですが。」
「威力はどれくらい?俺は刀さえ当たれば一撃で倒せるが。」
「そうですね。狙撃銃であれば、範囲攻撃なので平均して5体ほどを一撃で倒すことができます。命中精度も高いですが、銃弾を作るのに時間が結構かかるので、戦闘中に使えるのは一発です。他に弓がありますが、威力も命中精度も下がります。近かったら命中精度も上がりますが、その分危険ですし。うまく当たれば一撃で倒せますが、そこまで期待はできません。平均して3回くらいで一体倒しきれる感じでしょうか。」
「なるほど……。メタトロンとウリエルは支援をしてくれる、と。」
うーん。となると立てられる作戦は……。
「こんな感じの作戦はどうだ?」
★★★★★★★
ドンっという大きな音が響くと同時に集団の中心に大きな光の玉が出来上がった。その光の玉に巻き込まれたリクレッサーがもやに姿を変えていく。その数は6体、か。上振れてるじゃんか。
「あとは俺たちの仕事だな、メタトロン。」
先ほどよりも集団に近いところで、怒号を上げながらすさまじい勢いで動き出した集団を遠目で眺めながらそう呟いた。後方に500メートルほどの所には希とウリエルがいる。
「そうね。でも大丈夫かしら?守の作戦は守が潰れたらおじゃんになるわよ?」
「大丈夫だ。自分でやると決めたからには最後までやりきるさ。」
「まったく無理するわね。……あと少しでリクレッサーの射程範囲に入るわよ。」
「了解。」
そのメタトロンの言葉と同時に20を超えるもやをまとった石が雨のように俺の所に振ってくる。
「――天法・シルフの羽衣――。」
メタトロンの天法が発動して、俺の前に風の膜が出来上がる。その風の膜を石が通るときに少しその向きを変えてくれる。(ちなみに魔法ではないらしい。一度間違えた時普通に怒られた。)でも全部が俺に当たらない所に向きを変えたかというとそうでもない。向きを変えられても俺に当たりそうな石はいくつかあった。そんな石を意識を集中させて、全部刀で切り裂いた。
「やっぱりまだまだね……。本来だったら全部はじけるはずなんだけど。」
「そんなことない。実際に俺は無傷だ。」
「そうかしら?なら今後に期待してなさい。いつかは、完璧にはじき返して見せるからね!」
「期待してる。……さて、これから本番か。」
目の前にはもう石を持ってはいないものの大量にいるリクレッサーの集団が迫ってきていた。陣形などなく、ただ勢いに任せて俺の方に激走してきている。
「メタトロン、頼んだ。」
「了解。――シルフの羽衣――。」
再び俺の前に風の膜が出来上がった。そこから少し離れたところで刀を構えて待つ。そして、とうとう一番前を走っていたリクレッサーが風の膜にぶつかった。
次の瞬間、そのリクレッサーは体の向きを少し変えられて、体勢を崩した。
そこを見逃さずに、思考加速と行動加速を使って斬り捨てた。
抵抗はなく、ただ感覚としてはまっすぐに振り下ろしただけだったが、目の前で斬られたリクレッサーはもやを残して消えていった。そして風の膜が音もなく消えた。
それを確認してから、すぐに背を向けて走り出した。
その様にリクレッサーも少し驚いたように見えたがきっと勘違いだろう。
「「「▲▲▲▲▲▲▲ーーーー!!!」」」
後ろからそんな叫び声が聞こえてきたが無視して進む。
俺の方がわずかに走るのが速いようで、少しずつ距離が離れていく。
そして500メートル程走ったところで再び止まり、リクレッサーが来るのを待つ。
「はあ、はあ。メタトロン。頼む。」
「まったく。――天法・シルフの羽衣――。」
さっきと同じように、風の膜にぶつかってくるのを待っていると、さっきとは様子が少し違う。一番前を2体のリクレッサーが競うようにして走ってきている。
そして2体同時に風の膜に衝突した。
すると、変えられる向きも一体の時の半分ほどであったが、少し向かい合うような感じになっていた。
「はあっ……!」
そこを今度は居合の要領で少し刀を斜めに振って2体同時に斬った。体を半分に切られたリクレッサーは両方とももやになってきえた。
しかし、2体同時に倒せるほどの高威力な技には当然デメリットもあって、刀を振り切った状態で体が少し硬直してしまうのだ。
――まずい。咄嗟に大技振っちゃったけど、これじゃすぐには逃げられねぇ!
そしてそこを狙うように、2体の少し後ろを走っていた1体が俺に向かって片腕を振り上げた。
目をつぶり、衝撃に備えていると、
トンッ!
という音が衝撃の代わりに耳に届いた。目を開けると、目の前で腕を振り下ろそうとしていたリクレッサーの喉元に白く輝く矢が刺さっている。
「▲▲▲ー……。」
声にならない音を喉から出してから、そのリクレッサーはその体を崩壊させた。