3か月後
プロローグの続きの話になります。
メタトロンの姿が完全に俺の体の中に消えてすぐに世界が色を取り戻し、時間が流れ始めた。それなのにまったく物音がしない。授業中だったはずだから、普通に先生の声が聞こえてくるはずなんだけどな。
あ!もしかして!もう授業終わってたとかっていうオチだったり?なら、もう帰っていいよね?さっきの戦いで普通に疲れたんだよ。帰って寝たい。
「九条!すぐに机の中に隠れろ!地震が来るぞっ!」
そんな現実逃避は先生の声で破られた。そう言い残すと、先生は教室から出ていった。
地震?……ああ、さっき俺の携帯に来た緊急速報か。まあ、地震じゃなくて時震なんだけどな。俺がさっき潰してきたからもう起きないんだけど、まあ、一応机の下にもぐっておきますか。同級生たちも皆机の下に隠れてるし。ってことは、先生は他の教室に言った感じか。これはまずいかもしれんな……。ま、いっか。
のっそりと机の下に隠れると、隣の机の下にもぐっていた圭介と目があった。まったく何やってんだよ、とでも言いたげな感じでやれやれと首を振ってきた。
……こ、こいつ。次からテスト勉強付き合わないぞ。俺が手伝ったから今回は何とか平均超えたけど、それは逆に言えば俺が手伝わなかったら平均きってったってことだからな。ちなみに俺は主席な。なんだか知らんが、授業に限らず俺はこれまで覚えたことを忘れたことがないんだよな。これは別に普通のことではないらしく、圭介とこのことについて話した時は驚かれた。
「よし、地震は来ないみたいだな。全員席に着け。」
しばらくすると、そんな先生の声が聞こえてきた。
ぞろぞろと同級生が机の下から出てきて、席に着く。俺も少しでも時間を稼ごうと、ゆっくり椅子に座る。
そして最後に俺が席に着いたことを確認した先生が再び口を開いた。
「では、授業を再開する……、と言いたいところだが、その前にさっき携帯を鳴らしたものは今ここで出せ。出さなければ、全員一律で平常点を引く。」
そんな理不尽な先生の発言に教室がざわつく。平常点とは、学期ごとに各科目に5点ずつ設けられている、先生の主観による成績調整のことだ。天辺高校は3学期制で、各学期の成績は中間テストと期末テストの平均点にこの平常点を足し引きしたものが各学期の成績として算出される。この点数で上からの順番で、学期ごとに20人ずつ5クラスにクラス分けがされる。ちなみに今俺と圭介がいるのは一番上のクラスな。で、一番上のクラスにいる生徒は落ちたくないわけで、そうなるとたかが5点の平常点でも引かれたくない。単純計算で10点の差がつきかねないし。
ってなわけで、今教室内では疑心暗鬼の視線が飛び交っている。でも不思議と俺にはそんな視線が向けられていない。主席だからか?じゃあ、名乗り出なくてもよくね?
でも他の同級生ら恨まれたくないし、名乗り出てやるか。……はあ、あの先生苦手なんだよな。めちゃくちゃ太ってるし声はでかいし。
「はーい。俺が持ってきてました。」
そう声を上げながら席から立ち上がると、周りから驚愕の視線を向けられた。先生も驚いていた。そんなに意外か?
「九条か。まさかお前だったとはな……。では、早く携帯を教卓に持ってこい。授業を再開するぞ。」
「あー、そのことについてなんすけど、俺って一応この学年の首席なんすよ。
これでいいっすか?」
そう言うと、先生は何かを思い出すように天井を見ていたが、すぐに思い出したようだ。
「……いいだろう。今回のように緊急のもであれば、目をつむろう。だが、私用で鳴らした時は没収する。わかったな。」
「りょーかいです。ありがとうございます。」
「分かったから席に着け。授業を進めるぞ。」
ぺこりと頭を軽く下げ席に着く。
なんと天辺高校では、主席である間は校則をある程度無視できるのだ。基本的に携帯の持ち込みは禁止されているが、主席の俺には関係ない。とはいえ、授業をさぼってもいいとかではないからそれなりに自由に学生生活を送れる程度だな。
それからは、特に変わったことはなく授業を6時間目まで受けた。
はあ、この学校に入ってから面白い授業はほとんどない。大学に行けば変わるのかな。
「おう、今日も相変わらずため息でかいな。もう一学期の期末テストも終わってるんだから、あと少しの辛抱だろ?頑張ろう―ぜ。」
カバンを肩にかけながら圭介が俺に話しかけてくる。……こいつ準備するの早いな。
そうか、もうそんな時期か。忙しすぎてそこまで考えていなかった。
「そうだな。7月だもんな。あと少しで夏休みだ。
――よしっ!頑張るか。」
「そうそう、その意気。あ、俺今日部活だからもう行くな?」
「おう。また明日な。」
歩きながら後ろ手にひらひらと手を振ってきた。それを見送り、帰る準備を始める。
そして全部詰め終わったところで、俺の名前を飛ぶ声が聞こえてきた。
「九条君。明日から携帯を持ってこないでくれないか?」
顔を上げると、そこには名前も知らない同級生の一人が制服を学ランまで着た状態で立っていた。
「前回たまたま主席を取ったからってふざけたことされると困るんだ。」
その言葉には隠そうともしていないとげが込められていた。
ほぼ初対面でそんな口をきかれるとはね。だったら俺もそれなりの態度を取らせてもらおうか。
「……たまたま、ねえ。
つまりお前は俺に負けたのは偶然だとでも言いたいのか?」
「当然だよ。僕の方が九条君よりも優秀なんだから。」
「だとしても、今の首席は俺だ。お前の指図に従う理由はないな。お前が同じ立場でも同じことを言うだろ?」
「……確かに。でも、君は“テッペン”なんだ。だからそれにふさわしい行動をとるべきだよ。」
……そろそろめんどくさくなってきたな。こんなのと話してても面白くないし、この後に予定があるんだよ。それにふさわしい行動ってなんだよ。馬鹿らしい。
「俺は不適切な行動をとっているつもりはないな。それでも不満に思うんだったら次のテストで主席を取ればいい。それこそたまたまでもな。」
そう言い残して乱暴にカバンを掴み背を向けた。
「九条君!君はこの学校の首席が、テッペンがどういうものかわかっていない!他の学校の首席とは違うんだよ!」
そんな名も知らぬ同級生の声を聴きながら、俺は教室を出た。
はぁ。授業も同級生も面白くないとか、学校に来る意味が思い当たらないぞ。しいて言えば部活だけど、週一回集会があるだけでそれ以外の日は自主練なんだよ。
それに主席だから“テッペン”って……。学校名とかけてるのか、なんかダサい。テッペンの役割は一学期の期末テストの後に先生から詳しく教えてもらってるからさっきの同級生の言葉は杞憂なんだよな。何せ、その役割っていうのが星辺高校との合同文化祭の時に向こう側の人との橋渡しなんだよ。……まあ、だから学校の代表になるわけで、その代表がだらしないやつだったらいやだっていうのもわかる。でもその時はさすがにそれなりにやるよ。ちなみに文化祭は夏休み明けの九月ね。
正門から出て最寄りの駅まで行くと、そこに一人の制服をきた女子生徒が立っていた。亜麻色の髪を肩あたりの高さにそろえていて、青い瞳は理知的な光を内包している。
「あ、守君。ようやく来ましたね。5分程待ちましたよ。」
えー……。そんな具体的な時間言わなくてもよくない?嫌味か?しかもすごいいい笑顔じゃん。
「悪い。面倒なのに絡まれてな。で、最近調子どうだ?」
「その前に場所移しましょう。どこか喫茶店にでも。」
「そうだな。ここでする話でもないか。」
彼女の名前は新井希で星辺高校の一年生だ。別に圭介と違って幼馴染というわけでもないけど、同じ境遇に置かれているせいか、知り合ってまだ3ヶ月ほどだけどそれなりに仲がいい。ちなみに星辺高校と天辺高校の最寄り駅は同じね。だから最寄り駅で希は待っていたわけだけど。
「ふふ。相変わらずここの紅茶はおいしいですね。落ち着きます。」
「そうだな。このアップルティーもおいしい。で、希の所にも来たんだろ?あのメール。」
昨日の夜、天使ミカエルから直接メールが送られてきた。要件は近々大きな時震が来ることが予測されるから俺と希の二人で対処に当たるようにとのことだった。
「はい。来ましたね。あと少しで大きな時震が起こるとか。それを私と守君の二人で対処するんですよね。」
「そうだ。そこでお互いにできることを話しておこうと思ってな。どんな規模になるかは分らんが、大きすぎた時には協力が不可欠になるからな。」
「同意です。私達はタッグを組んでいるとはいえ、お互いに詳しくは知りませんもんね。
ではまず私から。私がウリエルからいただいた神性の名前は正義。その能力はリクレッサーの弱体化です。ただ、ウリエルの話し方から他の能力もあると思いますよ。攻撃手段は弓や銃火器などの遠距離攻撃を主としていますね。」
なるほど……。神性の能力でリクレッサーを弱体化させてそこを遠距離から攻撃か。かわいい見た目して、することはえげつないな。少し紅茶を口に含んでから、もう一度口を開く。
「次は俺の番だな。俺がメタトロンからもらった神性は契約。内容は、文字通りの契約。等価交換といってもいい。対価を払うことで望んだ効果を得られるって感じだな。何でもかんでもできるわけでは無いが。攻撃手段は刀だけだな。」
「……なるほど。例えば、その契約でリクレッサーの動きを止めたりすることってできるんですか?」
あー、それは前に試そうとしたんだよな。できたらすごい楽だし。でも結果は、
「できなかったな。メタトロン曰く、そんなこと相手が受諾する訳ないでしょ、ということだ。まあ、契約だからな。互いに利害が一致していないとダメだもんな。」
「確かに。では、……。」
希が口を開いたとき、
――ファンファンファンッ!時震です!時震です!
二人の携帯がそう叫んだ。