禁忌
声がした方を振り返ると、空間に黒く亀裂が走っている。
するとそこから手が生えてきて、その亀裂を押し広げている。そして十分な広さになったのだろう、そこからズルズルとはい出てきた。
そこから出てきたのは少年の姿をした悪魔だ。真っ黒の光輪を頭上に乗せているその悪魔は赤い瞳を眠そうに掻きながら
「で、質問には答えたらどうだ?禁忌を犯したのはお前らか?」
と聞いてきた。
「いいえ?別に私達は禁忌を犯したつもりはありませんが?」
「嘘をつくな。確かに僕はそれを確認したんだ。そしてここで立っているのがお前達しかいないっていなったら、もう犯人はお前らしかいないだろ。」
「では、その私達が犯したであろう禁忌とはいったい何ですか?」
「神力の使用だ。心当たりがないとは言わせん。今のお前からも若干その残り香を感じる。」
神力?何だそれ?
「……神力って言うのはだな、文字通り神の力だ。神がその御業を行使なさるときに、使われる力だ。それこそ、かの大戦争の中では神々が争う場面がいくつもあったから地上にそれが満ちていた。その結果、生態系は乱れ、人間を含めたすべての生物が絶滅しかけた。あの戦争があと少しでも続いていたらもうこの世界は残っていなかっただろうな。」
ふーん。で、どうしてその神様が使う力を天使のメタトロンが使えているんだろ?
「神力は天使の力が濃縮されたものだ。一体この天使がどれだけのデザイアを持っていたのかは知らないが、神力を作り出すということは並大抵の量ではなかっただろう。もしお前があの戦争の戦場にいたらどちらかの陣営が勝っていたかもしれないと感じるほどだ。」
え?なんかメタトロンは自分は力が弱いから姿も子供のままなんだってあった時言ってたなかったっけ?まあよく覚えてないけど。
「はあ、まあよくわかりませんが、とりあえず名乗ったらどうですか?」
「殺戮者、または監視者とでも呼べ。禁忌に触れた痴れ者ども。」
「だからそんな大層な物に触れた覚えはないんですがね。」
……うーん、なんかよくわからないけどさ、今って結構やばい事態なんじゃないのかな。だって空間に亀裂を作るような化け物が今前にいて?そいつはほぼ確実に俺たちの敵なんだよ?一体どうしてこの二人からはこんなのほほんとした空気を感じるんだろうか?
「……まったく、キサマも変わらないな。禁忌に何度も触れやがって。」
「お互い様です。あなたは堅物すぎます。あの禁忌を定めた神はもうこの世界にはいないというのに。」
「黙れ。これは運命の女神様が定めた禁忌だ。これに触れさえしなければこの世界は存続できるんだ。」
「本当ですか?私達が触れる前に世界の崩壊が進みつつあるみたいですが。」
「はあ?お前は一体何を言っている?この世界はまだ崩壊なんかしないぞ?それにそもそも既に触れているだろう。」
は?この人は一体何を言っているんだ?レヴィアタンが言ってたことと食い違うんだけど。
「……ん?ああ、こいつらのことを言っているのか。まあ世界はこいつらじゃ崩壊させられないから安心しな。」
あ、そうなんだ。じゃあ俺たちは特に戦う必要はなかったんじゃん。変な責任感感じてたけど、その必要は全くなかったんだな。
「とはいえ、お前達には戦ってもらうがな。この悪魔と同じくらい強いのがまだ6体いるんだからな。そいつらに勝てるくらいには強くなってもらわないと。」
ん?なんで?別に俺たちがやる必要はないんじゃ?メタトロンの方がはるかに強いんだし。
そう思った時、後ろに何かが下りてくる音が聞こえた。
「残念だが、それはもうできない。」
この声は……ミカエルか。
最近その姿を見なかった大天使様は音もなく近づいてくるとメタトロンの頭をがっしりと握りこんだ。
「メタトロン?お前また禁忌を犯したな?何度もやめろと言ってだろう?今回もこれ以上お前は戦えなくなるんだぞ?」
「いたたっ!?離してください、この脳筋天使!私はあなたと違ってか弱いんですよ!!」
「私だってか弱いわ!いいか、よく聞けこのバカ天使!お前が今禁忌を犯したことでもう、お前は依り代の戦いに介入できなくなるんだぞ?これ以上一緒に戦うなんてことができなくなるんだぞ?」
「大丈夫ですよ!私の守は私の手助け程度がなくなってくらいで戦えなくなるほど弱くありませんよ!」
……は?え?何言ってるんだこの天使達は?つまりこれからは今回みたいにメタトロンが戦ってくれるなんてことはないってことなのか?
「そうだ。今回以降、その天使はお前の戦いに直接は干渉できなくなった。まあ、神性だけは使えるからせめてもの救いはそこか……。これからは自分だけの力で頑張れよ。
ちなみに次あの天使が禁忌に触れたらお前ら二人とも命はないからな?肝に銘じておけ。」
「残念だが、それの言う通りだな。うん、これからも大変だろうが基本的に悪いのはメタトロンだからな。
……さて、一応全員治したし私は調査に戻るとしようか。悪魔たちはお前が連れ帰るのか?」
「そうだな。じゃないとお前らこいつらのこと殺すだろう?それだけは勘弁だな。」
「分かった分かった。じゃあさっさとしろ。お前が帰るまで私はまだここにいるからな。」
それに肩をすくめるようにして答えると、少年の姿をした悪魔は姿を消した。さっきまで倒れてた悪魔たちは気が付いたら回収されていた。
「よし、帰ったか。じゃあこれからもがんばれ。」
そしてすぐにミカエルも帰っていった。
どうすんの?これから。
まだ頭が痛いのか、頭を抱えているメタトロンを眺めながら途方に暮れた。
三章完!次話で!




