斬り落とされた火蓋 その4
天装に天法の力を貯められる。このことに気づいたのは修練場内で天法が誤爆した時だった。上に打ち上げた炎の玉が下に落ちてきた時にたまたま刀で受けてしまった。普通に考えれば炎に刀で受けても意味がないことくらい簡単に分かることだし、実際にその時には目をつむってしまった。でも予想に反し、火傷はおろか熱を感じることもなかった。ゆっくり目を開けると、刀に細い炎の渦がまとっていた。
その時にこの作戦を思いついた。思いつく限り最大威力の天法を切り札として放ち、でも本命はその後の天法の威力を込めた斬撃にする、という最強の不意打ちを。
それからは切り札に見せかける天法の威力を上げることとそれまでの筋書きを考えた。炎の天法を上空に放ち、それによって上昇気流を生じさせ、疑似的に雲を作り出す。それに雷の天法を合わせることで威力を上げることを思いついた。実際には裏世界では流れている時間が少し違うから炎の天法が上空についてすぐに雷の天法を放たないと効果がほとんどなかったけど、うまくできたと思う。
それ以外にできるだけ雷が当たりやすくなるようにレヴィアタンを滞空させるために地属性の天法と斬撃で空に追いやることや、常に下から上に向かって攻撃を仕掛けることで地面に降り立たせないように工夫した。
そんなすべての計画が上手くいき、最後の本命の一撃がレヴィアタンの体を半分に分断した。
とはいえ、相手はあのレヴィアタンだ、この状態から回復してくることだってあるかもしれない。今のうちに松下君を連れてここから逃げないと。メタトロンの姿を探そうと後ろを振り返ると
「ッ!?」
目の前に剣が迫ってきていた。慌てて刀でそれを防いだものの、ほとんどすべての力を使い果たしていた俺は吹き飛ばされてしまった。何とか頭から落ちることは何とか避けたけど、それでも慌ててついた右手がありえない方向に曲がっている。
「まさか、ただの人間がここまでやるとはね。この時代にまだこんな傑物が残っているとは思っていなかったよ。」
「まあ、でも彼だけが特別だったんでしょう。それ以外は軟弱としか言えませんでしたよ。」
「はあ、あの戦争のときのような戦いはもう期待できそうにないわね。なんかむなしいわ。」
なんでこいつらがここに……?希達と戦っているはずじゃ……?
3体の悪魔の後方を見ると、
――そこにはボロボロになった皆と消えかけている天使達の姿があった。
普段だったら依り代の体の中に帰っていくはずの天使の体から漏れ出た光の粒子が空気中に溶けて消えていっている。まさか、死……。
「はあ、はあ……。まったく、それなりに力を取り戻したと思っていたが、それでも治すのに時間がかかったぞ。本当によくもやってくれやがったな。」
背後からは半分に分断された体をくっつけたレヴィアタンが優雅に宙に浮かんでいる。そこにはただでさえなかった油断が欠片も存在していない。つまりは、全力を出しきった後なのに敵の数が4体に増えたと。……絶体絶命か。
『メタトロン、今どこいる?』
『今この周囲の結界を壊そうとしています。あと少しで壊れるので時間を!』
『結界……?いや、それよりももうやばい。俺一人しかいないのにレヴィアタンだけじゃなくて上位魔性も3体いる。』
『え!?……ミカエルならこの結界を壊せるでしょう。すぐ向かいますので、何とか生き残ってください!』
……無理でしょ。だって、レヴィアタンを倒すとまではいかなくても逃げるくらいの時間を稼げると思ってたんだけど、そこまでの時間も稼げなかった。それに、それに他の皆はもう……。
もし生き残っても俺と武と春、それに未来とミカエルの三人。たった五人じゃ、人類滅亡を防ぐなんて無理でしょ。それにレヴィアタンみたいな化け物が合計で7体、その配下が21体。そして希もその配下に負けてしまっている。じゃあ武と春も勝てない。俺も正直勝てるかどうかわからない。唯一勝てるのは未来とミカエルだけ。
できることは全部してきた自覚がある。天装を使いこなすために、毎日修練場に行って特訓した。攻撃手段を増やすために天法に手を出した。契約を使ったごり押しだったけど、それでも戦闘で使えるくらいのレベルに上げることができた。自分よりもはるかに格上の相手と戦うからその差を作戦で埋めようと頭を回した。それでも倒すことはおろか、余計にこちらを警戒させておしまい。正直、もう勝機はない。
……もういいや。多分メタトロンがここに来る前に俺も殺されるだろうし。
「……戦意喪失、か。まあこの状況では仕方のないことか。終わりにしよう。お前の一撃に敬意を払って、あたしも最大の魔法で終わらせるとしよう。」
レヴィアタンがこちらに手を向ける。その手に緑色のオーラが集まり、魔法陣が浮かび上がる。そこには膨大な力が込められていることが分かる。
「大罪魔法――嫉妬の氷炎――」
その言葉と共にレヴィアタンの手から炎が俺めがけて放たれ、俺の体を包み込んだ。そして、俺を包んでいた炎が固まった。これは、……氷か?もう体が動かない。でもなぜかその氷は普通に熱い。あまりの熱さに声が出そうになるけど、俺を包んでいるのは氷だから体が全然動かない。
あああ、熱い!体中がずっと焼かれている!皮膚がただれ、焦げる匂いがする。その匂いが来る死を実感させる。……ああ、死ぬのかな。まあ、いいことなんてほとんどなかったしいいかな。
――何やってんだ。俺が死ぬわけないだろ。
いやいや、お前こそ何言ってんだ。この状況から生き残る可能性なんてないだろ。さっきからあまりの熱さに体を動かそうとしているのにまったく身動き取れない。このまま死ぬまでこの燃えている氷に焼かれ続けるんだろうな。ああ、でも父さんと母さんの遺産があのゴミ共の手に渡るのはやだな。
――ならなおさら死ねないだろうが。ほら、体を一瞬貸せ。今のお前なら少しだけ見せてやれる。
はあ?だからお前は誰だよ。
――俺か?俺はもう一人のお前だ。実際は少し違うが、今は確かにそうだ。さあ、どうする?
もう一人の俺だぁ?そんなことは信じられないな。
……でも、それしか手段ないよな。……うん、任せた!
「ははは!進化!絶対遵守の契約!」
聞こえるはずのない自分の声が耳から聞こえた。それと同時に体が内側から爆発するような感覚に襲われる。右胸の神臓からかつてないほどの大量のデザイアが流れ出し、体が壊れるのをものともしないで右手に集まっていく。そして俺が右手に持っていた天装が眩いまでの光を放ち始める。
その様子を見たレヴィアタンが目に見えて慌て始める。何を言っているのかはさっぱりわからないけどな。そしてもう一度差し出された右手から新たに炎が放たれる。
「邪魔だぁぁぁ!」
血を吐いているのにもかかわらず、俺の口がそんな大声を出す。その直後、俺の体を覆っていた燃えている氷に無数の亀裂が走る。
バリーン!
そんな音と共に俺の体が外の空気と触れる。
「キサマ、一体誰だ!?これは下位とはいえ大罪魔法だぞ。そんな簡単に打ち破られるはずがない。……いや、この雰囲気は……、まさか!」
「ようやく気づいたか?運命の女神様にいっつも引っ付いていた大悪魔さんよ。会うのは二回目だがな。」
「……キサマの方もだ。全能の女神様の側にいつも侍っていた人間。」
「おお、その通りだ。まあ聞きたいこともあるが、もう時間がない。うちの天使様が随分お怒りでこっちに飛んできてやがる。あの天使様はうちの女神様と一緒でキレたら止まらないからな。気を付けろよ。」
そう言うとともに俺の体が言うことを聞くようになった。でも、俺の体は大変なことになっている。ありえない方向に曲がった右腕はそのまんまだし、それ以上に体中に裂傷が走っていてそこからも血が絶えず流れている。……これは助かったのか?
「クソッ!アイツが来る前に早くこいつを……!」
レヴィアタンが焦ったようにこちらに右腕を貫手のように構えて近づいてくる。
……おい、結局死ぬんじゃないか。死の間際だからか、その動きは見えるけどよけることは絶対できないぞ。
そのレヴィアタンの右腕が俺の体に触れる直前、それを止めるように脇からそれを掴む細い腕が差し出された。
「守をどうするつもりだったんですか?」
「ッ!間に合わなかったか……!」
その突然現れた小さい人影は周囲を凍らせるような絶対の雰囲気を放ちながら、静かに問いかける。
「何が、間に合わなかったんですか?」
そこに立っていたのはメタトロン。俺がここ最近一番長い時間を一緒に過ごした存在だ。でも、俺が知っている雰囲気とはかけ離れている。何にかけても適当だったはずなのに、今の彼女からはレヴィアタンと他の悪魔3体に明確な殺意を感じる。
「私は正直どうでもいいんです。この世界がどうなろうと、それこそ人類が滅亡しようが、お前達の言う人類の救済が行われようが、心底どうでもいいんです。ただ、私は残された時間を私が選んだ人と過ごしたい。彼が望むことを一緒にしたい。彼と一緒に笑いたい。それだけなんです。」
静かにそう語るメタトロンの底で燃えている怒りを感じたのか、レヴィアタンは掴まれている右腕を振り払って後ろに飛ぶ。
「天法――アポロンの祝福。」
メタトロンが発動した天法が俺の体中の傷を治していく。そして、それだけでなく俺の周囲に立方体の結界のようなものが出来上がった。
「彼が望んだから強くなることに手を貸しました。本当はこんな危険なことはしてほしくなかった。ただ私の力を使って少しでも楽しく生きてほしかった。それが許されなくてもできるだけ危険なことをしてほしくなかった。でも、彼の大きすぎる責任感はそれすらも彼に許さなかった。」
メタトロンはその後も独り言のようにそう呟く。俺としてはそんなことを思っていてくれたのかと、少し感動しているが、他の悪魔はそうでもないだろう。
「だからなんだ、ってお前達は思うでしょう?私は彼に生きてもらうためであれば、その責任感を私が代わりに負うつもりってことなんですよ。」
「ッ!お前達、構えろ!」
その言葉を聞いたレヴィアタンが配下の三体の悪魔にそう叫ぶ。ふと後ろを見ると、大慌てで剣を構える姿が見えた。
ああ、そうか。メタトロンは俺の代わりに戦おうとしてくれているのか。
「無駄です。神臓拡張――天界再演 霊魂との契約」




