斬り落とされた火蓋 その3
「くっ!」
その時、俺は様々な方向から地面を泳いで襲い掛かってくる龍の攻撃を対処するので精いっぱいだった。視界の端では山田さんがもうあきらめている愛梨と一誠の元に駆け寄っている姿が見えたけど、そこに意識を割けるほど余裕はなかった。
龍自体は一体しかいないんだけど、そのスピードと不規則性が厄介だ。少しでも松下君の近づこうとすると確実に俺の死角から攻撃してくるし、そうじゃないときも時折フェイントを挟んでくるしでとにかく性格が悪いとしか思えないような攻撃を仕掛けてくる。おかげで全然松下君に近づけない。まあきっと松下君が操っているんだろうけど。
「ほらほら、どうしたんだい?そんなんじゃ、もう僕に攻撃をできないよ」
そしてたまに聞こえてくる松下君の声。なんで今にも倒れそうなのにそんなことが言えるのか、まったくもって不思議だね!
……やっば!まーた死角から狙ってきやがって。天装で受けられるからいいけど、それができなかったらもう負けてたな。でもこのままだったら消耗戦になって、結局負けそう。途中からボロボロだったけど、現にこの龍が出てきてから受け切れない攻撃が増えた。その中の一つは俺の脇腹を浅くではあるが切り裂いている。
だったら、
「はっ!」
斬撃もどんどん使って行くしかないよね。希もいたら遠距離攻撃ですぐに勝負がついてただろうけど、いないから俺が一人でどっちもやればいいよな。
地面に潜っていた龍めがけて斬撃を放つ。それが命中し少し動きが止まった瞬間に、松下君めがけて今できる最長の斬撃を放った。ちなみに天装に込めるデザイアの量を増やせば威力も攻撃範囲も上がる。その代わり攻撃の隙も大きいから当たるかどうかは分からない。でも初見だったら、
「……は?ああああ!なんで腕が斬られてるんだ!?」
当たるよね。俺の放った渾身の斬撃は松下君の右腕を斬り落とした。それと同時に地面を泳いでいた龍が鞭の姿に戻った。
……今しかない。右腕を斬り落としたとはいえ、どうせさっきみたいにすぐに治ってしまう。だから治る前にもう一度神蔵を……。
加速を全開で使って松下君に接近する。当の松下君はいきなり片腕が斬られたことに気が動転しているのか固まっている。そして、その勢いのまま松下君の右胸を貫いた。
「……くそっ、これだから天才は……!」
前と同じだったらこれで神臓を潰せて、元に戻るはず。予想通り、天装をそこから抜いてももう松下君は立ち上がってこなかった。でも胸は上下しているからしっかり生きているのだろう。
「ふう、あとはお前だな。レヴィアタン。」
「随分力を上げたようだな、メタトロンの依り代。だが、そんなボロボロの体であたしと戦うつもりなのか?」
「心配はいらない。天法――アポロンの灯――。」
神臓から熱があふれて体中に広がっていく。その熱は白炎に変わり、傷口から溢れ出てはその傷を治していく。最後には斬り落とされていた右腕からもあふれていき、右腕が少しづつ形成されていく。次の瞬間には傷だらけだった俺の体は全快に戻っていた。
「……上位属性の天法、か。まったく、これだからメタトロンの依り代は昔から嫌いなんだよ。なんで刀を使いながら天法も使ってくるのやら。」
「これで元通りだな。今回こそ、松下君は返してもらおう。」
★★★★★★★
「え?天法が使いたい、ですか?本気で?」
「うん。じゃないと、俺は近づかないとないもできないじゃん?」
「まあ、そうですけど。……そもそも刀を使う人が遠距離攻撃なんて考えなくてもいいと思うんですけどね。」
「いいからいいから。それに契約に枠もまだ余ってるんだし。」
「……しょうがないですね。ではまず天法の説明をしましょうか。」
言葉とは裏腹にメタトロンはウキウキと説明を始めた。
天法にはいくつか種類があります。下位、中位、上位、そして特位。下位の天法には火属性、風属性、水属性の三種類があり、それぞれに精霊の名を冠する名前があります。中位になると、下位の上位互換の炎、嵐、氷の3種類に雷、地が増えます。上位になると光、闇、そして特位になるとこれら以外の強力な属性を扱えます。簡単に言うと下位は威力、攻撃範囲共に弱く、中位になると威力が上昇、上位になると攻撃範囲が上昇、特位は威力、攻撃範囲ともに桁違いに上昇といった感じです。ただ、特位の天法は個人によって使える属性が大きく違います。当然ですが、特位に近づくほど消費デザイアの量は増えますし、そもそも発動させられるかどうかも不明です。
…ふむ、なるほどね。あの時愛梨が使ってたのは中位の雷属性っていうことか。これまでみた天法の中で威力が高いと思ってたけど、これまで天使たちが使ってたのは下位だったんだな。多分中位以上の天法だったら倒しちゃいけないはずのリクレッサーを倒しちゃうんだろうな。
「天法の説明はこんな感じでいいでしょう。で、本当に使うんですか?思っている以上に消費デザイアは多いし、結構繊細なコントロールが必要なんですが。」
「やるよ?自分から言ったんだし、やらないはずがないじゃん。」
「…ですかー。」
渋るメタトロンと契約をして、天法の練習を始めた。でも…
「あっ、危ないです!暴発しかけてます!」
「えっ!?」
火属性の天法を使ってみようと思ったら、メタトロンに腕を蹴り上げられた。すると蹴り上げられた手のひらから火の渦が放たれた。
あっぶな。
一週間後(修練場内だから実際には翌日)
「もっと天使パワーを集めてください!そんなんじゃ倒しきれませんよ!」
さらに一週間後(修練場内だから以下略)
「もっと集中してください!時間がかかりすぎです!」
「はい、ということで一通りは教えましたし、実際に使えるようになったんじゃないですかね。それに契約の力で多少の無理はききますし。」
「そうだね。上位の光属性の天法も使えるようになったし。でも多分使えるは一回。二回使うと多分デザイアの量的に加速とか攻撃用の天法とか使えなくなっちゃうんだよな。」
「いや、だからそもそもたった二週間程度で上位の天法が使えるようになるはずがないでしょう。それに天法用の天装もないんだから、それこそ中位の天法でも使えるかどうかっていうところですよ?」
「まあそうなんだろうけどさ。愛梨も上位の天法じゃなくて中位の天法使ってたわけだし。でも、契約の力で上乗せしているんだから高望みしたくなっちゃうじゃん?それに上位の天法とはいえ、使えるのは回復系統だけ。攻撃用の上位天法は使えそうにないし。」
「だから、そもそも上位天法が使える方がおかしいんです!昔でもそんな上位天法を使えるのはいませんでしたよ。」
まあまあ、そんなんいいじゃないか。さて、レヴィアタンと戦う時用に考えておかないとな。使える上位天法は回復用の"アポロンの灯”だけ。それ以外に有効であろう中位天法は5回。下位天法は使えない。多分陽動にもならない。
うーん、難しいなぁ。
★★★★★★★
体を治癒し終えた白炎が俺の体から消えた。これでもう回復はできない。でも天法は全部温存できた。上位の天法を使ったから中位天法を使えることはばれてるだろうけど、それでも使えそう。
「さあ、行くぞ。」
「ああ、来い。ちょうど他の所も終わったところみたいだしな。」
ちらっと周囲を確認すると、安藤さんと仲川さんが後ろに立っていた2体の悪魔に胸を貫かれて倒れていた。希の前には同じような悪魔が立っている。
「そうだな。俺が勝てば俺たちの勝ちだ。」
「お前が勝ったとしてもお前の負けだろうな。万が一もないだろうが。」
『メタトロン、未来とミカエルに連絡はしたのか?』
『しました。二人ともまだ時間がかかるそうです。しかもここはレヴィアタン作られた空間です。想像よりも時間がかかると思っていてください。』
『そうか……。』
俺はどうにかなってもみんながどうなるかわからない。でも、俺にはレヴィアタンの相手をするだけで既にキャパオーバーだから頑張ってくれとしか言えない。正直勝ち目なんてなさそうだけど、時間稼ぎは絶対にしないとな。
そんな悪後と共に刀を構えると、レヴィアタンもその全身から以前よりも濃い緑色のオーラを放ち始める。
「天法――ノームの両拳――」
地面から現れた二本の土の手がレヴィアタンを挟み込むように拳を繰り出す。それと同時に最大射程の斬撃をレヴィアタンめがけて放つ。
両側を天法に、前後を斬撃に抑えられているこの状況で、唯一の回避場所は上空。
「ほお、最初から飛ばしてくるな。」
想定通り上空に飛び上がったレヴィアタンが背の翼を震わせながらそう独り言ちる。
「天法――水龍の逆鱗――」
俺の手から人を飲み込めそうな大きさの青い水龍がレヴィアタンめがけて放たれる。
「くっ!刀のくせに……!魔法――邪水龍の撃墜――!」
俺の放った天法よりも一回り大きい黒い水龍が俺の天法を飲み込み、そのままの勢いで俺のもとに襲い掛かる。
それに俺は大きく前に進みながらもう一つの天法を発動させる。
「天法――双炎龍の天翔――」
俺のかざした両手からそれぞれ一体ずつ炎の龍が現れ、迫りくる黒い水龍の前に立ちふさがる。そして、空中でぶつかった。
大きな爆発が起こり、水蒸気が煙として周囲に放たれる。
その煙を食い破るようにして一体の炎龍が空にまっすぐ飛んでいく。その先にはレヴィアタンがいる。
「くそっ!あれをそんな力業で!だが、もう力はそこまで残っていないだろう!?」
レヴィアタンがそれを回避しながらまっすぐ俺めがけて飛んでくる。
いやー、マジか。なんでばれてんの?さっきのは中位天法二回分のデザイア使ったからもう使える中位天法は一回なんだよな。
でも、それが一番強い。
緑色のオーラを右腕に集めながらこちらに飛んでくるレヴィアタンに対し、俺はレヴィアタンと距離を詰めようと動いている足を止めずに小さく
「天法――キリンの撃墜――」
とつぶやいた。
「なっ!?まさか!?」
少しの間をおいて空から愛梨が放って見せた天法よりもはるかに強い雷がレヴィアタンめがけて落ちてきた。
「ぐっ!?」
かわそうとしたレヴィアタンだったが、突然の進路変更はできなかったようで左の脇腹に雷が当たり焼き貫く。そして感電したのか空中で少し動きが固まっている。そして、俺を目があった。
「ッ!?キサマ!?なぜ、そこに!?」
そう、俺は自分の放った天法が落ちている場所に立っていた。今この時も雷に打たれている。たっぷり5秒空から降り注いだ雷にレヴィアタンは焼かれ、動きは止められている。
そして俺も雷に打たれていたが何もない。いや、それは嘘だな。俺が持っている刀がバリバリとスパークを放っている。
「さあ、これが最後だ。はあああ!」
スパークを放っている刀を大きく振るって斬撃を放った。放たれた斬撃にはバリバリと電気が走っている。そして、そんな斬撃が今身動きを取れないレヴィアタンにまっすぐ向かっていく。
そしてレヴィアタンに当たり、上半身と下半身に分けていった。




