斬り落とされた火蓋 その2
事務所で私達は毎日のように先輩たちに叱られてた。なんであの人たちは私達にそこまで干渉してくるんだろう?カメラの前の私達以外に興味なんてないはずなのに。私達をただの金の生る木としてしか見てなかったはずなのに。
どうして?
私達はあなたたちの要望通りのことをしてきたじゃない。これ以上に私達に何を望むというの?あの取引先だってそう。もう赤字まみれで私達を使える余裕なんて出版社自体になかっただけじゃない。それを私達のせいにしてきたっていうだけ。
なんで?そこまで関わってきた癖に、最後の最後で私達を見てくれなかったの?信じてくれなかったの?先輩たちがいるときと同じようにしかやっていないよ?
私達を見てくれる人は誰もいないの……?
いつも通り事務所に入ってソファーでくつろいでたら、私達の前に先輩たち3人が立っていた。その顔は病的に白くて、不気味に思った。でも意味ありげに私達の前に立っていたのに口を開こうとしない。
「なんですか?また説教ですか?」
一誠がそういうけど、きっと違うだろう。昨日は怒っているのが分かりすぎるほど赤い顔をしていたんだし。ということは違うのかな。でも何でもいいか、どうせ私達のことなんてなんも見てないんだから。ここにいない山田先輩もそう。私達のことなんて全然信じてくれてない。
でも先輩たちはそんな一誠にこれまた無表情で返す。
「……いや、強硬手段に出ることにした。もうさすがに見過ごせない。」
「本当は自分で気づいて欲しかったですが、……残念です。」
「最初っからこうしておけばよかったんじゃん?ほら、人の性根は変わらないっていうし。」
強硬手段……?でも今の私達を殺すことはできない。私達には人の想像を超えた力がある。だから万が一にも強硬手段っていうのは命にはかかわらない。だから、……強制退所とかかな。まあ、それなりに貯金もあるしどうにかなりそうかな。
「じゃあ、頼んだぞ。俺は準備がある。」
「任せてください。」
「いいわよ。」
川嶋先輩だけが廊下に消えていく。それと同時に二人が再び口を開く。
「じゃあ始めましょうか。」
「そうね。おねんねの時間よ。」
二人の目が妖しく緑色に光り、体が動かなくなる。それどころか思考も少しづつ鈍くなっている気がする。一体どうなっているの?え?もしかして私達死ぬのかな。
……ああ、でもそれでもいいか。どうせ私達に生きててほしいなんて人いないだろうし。一誠と一緒に死ぬのなら残される人もいなくてちょうどいいかもしれない。心残りはあの後輩たち。でも皆優秀だからきっと大丈夫。私達みたいな欠陥品が先輩として居たら邪魔でしょ?
★★★★★★★
僕達は刃物がぶつかる甲高い音で意識が浮上した。あれ、おかしいな。眠るように死ぬっていうし、もう起きることなんてないんだと思ってたけど。隣には当然のように愛梨の気配も感じるし。
音がする方に目を向けると、僕達の後輩が戦っていた。しかもその相手は、人じゃないか?……ああ、そういうことか。とうとう人同士で戦うようになるのか。しかも新井さんの相手をしているのは……。まあ、最上位魔性とか上位魔性とかの話が出た時点で少しは想定していたけど、もうなのか。ということは、
「だよね。」
目の前の先輩たちの後ろには文字通りの悪魔が浮かんでいた。
「あなたたちをここで処分することにします。」
「何か言い残すことはある?」
あなたたち、か。まあ愛梨と一緒に死ぬなら悪くない。いや、ベストに近いかもしれない。もう、疲れた……。そりゃ才能もいくらかあったかもしれない。双子っていうパワーワードもあったかもしれない。
でも、それでも、僕達だって努力したんだ。いつか実がなるように。それなのにそこ事実に誰も見向きもしなかった。だから、もういいかな。
……思えば、後輩たちも似たような立場だったのかな。今戦っている二人は天才だったらしいし。
それなのに、あんなにも雄々しく戦っているのか。体から血を大量に流しながら、常人なら致死量に至っているはずなのに。彼らを追い詰めたであろう世界のために。
……ああ、ごめんな。僕達にはそれは無理だったみたいだ。僕達はもとより半分だったし、しょうがないよね。……うん、残ってた半分も静かに崩れていっているような気がする。もしかして僕達は先輩たちのことを信じてたのかなぁ?もしくは信じたかった?まあ、いいや。
本当にごめん。これはカメラの前の虚像でも、先輩としての虚像でもない。
本当の本心。欠片として残った僕達という人の嘘偽りのない、本音だ。
「ないようですね。」
「そうみたいね。ならさっさとやっちゃおう。」
二人が僕達に向けて剣を振りかざす。
「死んで詫びなさい!」
「社長に謝れッ!」
そして勢いよく振り下ろした。僕達に近づいてくる刃を見て、ただ愛梨とつないでいた手をギュッと握りしめた。愛梨も同時に握り返してくれている。……ああ、双子でよかったな。
とても穏やかな気持ちで刃を受け入れようとした。
★★★★★★★
――あいつらは何やってんだ!?
背後に新井さんの必死で呼び止める声を受けながら僕は走る。
「今度入所する二人について、お前に話しておきたいことがある。」
そう社長に呼び出されたのは二人と会う2,3日前のことだった。そこで社長に教えられた。
おおよそ、人の愛情からかけ離れた環境で育てられたこと。感情に乏しく、笑顔など長い間浮かべたことがないこと。そして、そんな二人に家族愛とはいかなくても先輩として、友人として愛を持って接してほしいこと。
詳しく事情は教えてもらえなかったけど、でも当時高校生3年生だった俺にでも初めて見た二人の様子が普通とは程遠いものであることは分かってしまった。片時も握った手を放さず、自分達以外すべてに怯えているようだった。
二人は事務所に入所すると同時にマンションの最上階の一室で暮らすようになった。
僕の同期の3人も事情を聞かされていたようで、積極的に二人と同じ時間を過ごすようになった。最初は少しぎこちなかったけど、途中からはまるで本当の兄妹のようだった。初めて先輩って二人に呼ばれたときはうれしかったな……。
転機はその半年後、二人にとっての後輩が入ってきた時だったように思う。扱いとしては二人の同期だったけど、入所した時期が少しづれていたから実質後輩だった。
その新しく入ってきた二人はどちらもいい子だった。すぐに事務所に所属している他の先輩たちとも仲良くなっていたし、取引先とも関係は良好だった。仕事もいくつか自分で取ってきたこともあった。簡単に言ってしまえば、モデルとしても人としても優秀だった。
でも、愛梨と一誠はそうは思わなかったみたいだった。
いきなり後輩ができて、日常にも少なからず変化が起きていた。僕達も次第に二人に付き合うことができなくなって、それだけじゃなく二人も後輩の面倒を見なくてはいけなくなった。
そのストレスからか後輩の二人との仲は良くならず、取引先ともトラブルが度々起こるようになった。
……今にして思えば、僕達が側からいなくなるのが怖かったのかもしれない。なにせ、人の愛情にほとんど触れていなくて、ようやくそれに甘えられるってなったら甘えたいよな。当然のことなのに……。
そして、とうとう溜まったストレスが爆発してしまった。二人と後輩で大喧嘩をした。
僕が事務所についたときは、二人と後輩は別室で待機させられていた。とりあえず何があったのか聞こうと思って双方に話を聞きに行った。
すると、二人は後輩たちが悪いという。その声を聞くたびに背筋に怖気が走るというか、心の中をかき乱されるというか、とにかく気味が悪いのだといった。普段の行動も周囲に媚びを売っているようで気持ちが悪いと。それを指摘したら、いきなりキレられたとか。
後輩たちは二人が悪いという。モデルという職業に憧れて努力して入ったのに、何も努力をしているように見えなかった二人が嫌味に見えたのだとか。それどころか最低限のことしかしていないのに現場に行ったら周囲の大人が二人と気にかけているように見えて悔しくてしょうがなかったとも。
この話を聞いて僕はどちらが悪いのかなんてわからなかった。どちらの二人の言い分は感覚的だったけど、それでも信じたかった。それと同時に後輩たちの言い分も理解できた。
そう、だから僕は静観することにした。……してしまった。
結果皆は後輩たちの肩を持ち、二人は孤立してしまった。そうなったときにはもう手遅れで、他の先輩たちにも途中であ慌てて話に入った僕にも二人は冷たい瞳を向けていた。最終的に社長が出てきてその騒動は収まったけど、後輩たちはすぐにこの事務所をやめて他の事務所に移動してしまった。
そしてもうあの時から二人に先輩、ってあの声で呼ばれることは無くなってしまった。
僕達は名実ともに後輩を失った。
だから、せめてモデルの先輩としてではなく、人生の先輩として少しでも生きやすくなるように導いていこう。償いにはならないけど、でも少しでも何かしてあげたい。
そう4人で約束した。
……約束した!
剣が二人の命を奪わんと迫る。その動きはとてもゆっくりに見える。今その命を奪われそうになっている二人はどちらもまるで死を受け入れているかのように穏やかに目を閉じている。
「うおおぉぉぉーーー!!!」
なんで諦めているんだよ!?なんでもっと生きたいって思ってくれないんだよ!?
……生きる理由が見つからないのなら、僕が作ってやる。でも、今の状況で二人を助けようと思ったら、……僕は死ぬだろうな。
うん、でもそれでも二人が生き残るならそれでいいかな。そうだ、いいじゃないか。自分で望んだことを最期にできるんだ。願わくば、同期達も助けたかったけどそれは望みすぎだろう。
――頑張って生きろよ、二人とも。
思いっきり、二人を後ろに突き飛ばした。っていっても少し後ろに倒れただけだったけど。そんな二人の目が同時に開く。
二人と目があった次の瞬間、僕の背中にバツ印型に激痛が走った。