斬り落とされた火蓋 その1
光が収まると、そこは荒野が広がっていた。裏世界か。そこにいるのは相変わらず身動き一つしない一誠、愛梨、仲川さん、安藤さんの4人と俺と希、松下君。それに川嶋さんに山田さん。……山田さん!?なんで!?
「……まずい。やらかしました。まさか、あそこまで強いとは。サタンですらないのに……。」
声の方向を振り返ると、メタトロンが青い顔をしてブツブツとつぶやいている。どうしたんだ、とメタトロンに声をかけようとしたとき、背筋に寒気が走った。慌てて飛び退くとさっきまで俺が立っていた場所に鞭が突き刺さっていた。その攻撃の主を見ると、気味悪くヘラヘラ笑いながらこちらに近づいてきていた。
「おいおい、なんで殺し合いだっていうのによそ見してるんだい?それとも僕のことを舐めているのかい?」
「松下君……。」
「さあ、戦おう。そして君を殺そう。そうすればこの底なしの嫉妬心ももしかしたら満たされるかもしれない。」
その瞳の狂気の色を浮かべながら近づいてくる。……やるしかないか。でも奥の手は悪いけど松下君相手には使えない。レヴィアタンを相手にすることを考えたら、その時に切る切り札にしたい。つまり、使えるのは加速だけ。
「行くぞ。」
「あは、いつでも来なよ。」
最初から加速を両方とも発動させて一気に距離を詰める。あの刃が先についている鞭という武器の形状から近距離戦はこちらが有利のはずだ。逆に一定の距離を保たれたら俺の不利は確実。
「ッ!」
突然上から鞭の先についた刃が降ってきた。しかもちょうど当たるように。大慌てで取り出した刀で迎撃したけど、足は止まってしまった。最初に右腕を落とされたのがやっぱり痛いな。痛覚は慣れたせいか、ほとんど感じてないけど。
「随分速いじゃん。前回戦った時とは段違いだ。でもそこで止まっていいのかな?ちょうどそこらへんが僕の一番強い場所なんだけど。」
その言葉が終わらない内に今度は目の前から鞭が飛んできた。
「速ッ!」
大慌てで刀をその軌道上に置いて攻撃をはじく。速い。確かに速いけど、鞭という形状からかやはり動きは直線的だな。前は途中で曲がったりしたけど、さすがにこのスピードじゃ曲げられないはず。……突破口はここか。うん、あと数回見たら多分慣れる。
「ほらっ、考えている暇なんてないよ。」
考えている隙にも松下君は攻撃を仕掛けてくる。……本当に速いな。加速を全開で使っているのによけるのでやっとだ。いや、少しづつかすり傷をもらっている。でも、想像通り少しづつ見えてきたぞ。あとはタイミングを見計らうだけだ。
まだまだ、今じゃない。耳の近くを鞭が通り過ぎる音が聞こえた。
まだだ、もっといいタイミングがあるはずだ。刀と鞭の先の刃がぶつかり火花を散らす。
――今だ!
ちょうど右目あたりを狙われた攻撃をすれすれで躱す。いや、躱しきれてないな。右耳に少し当たった音がした。でも、それを無視して一気に松下君との距離を詰める。松下君の顔が驚愕の色に染まるのが分かる。
近づく俺とは対照的に後ろに飛ぶ松下君。でもその速度は俺よりも数段階遅い。追いつく。左手に持った刀を構えて、振り下ろす。
ギィィーン!!
……なるほどね。後ろに飛んだのはそれを回収するためか。
俺の刀と松下君の鞭の先についた刃がぶつかっている。……決めきれなかったか。でも一気に優勢になった。左腕しかないとはいえ、近接全振りの俺と中長距離の松下君じゃこちらに分がある。それに最近修練場で似たようなことしてたからね。
それから刀を左腕に持つ俺と、鞭の先を短刀のようにして持つ松下君の近距離戦が始まった。
甲高い音が響くたびに松下君の体に傷ができていく。対して俺は大した傷もなく、それどころか少しづつ治ってきているしな。
「くそっ、なんでだよ!なんで片腕ないくせに、しかも利き腕がないくせに僕よりも強いんだ!?ああ、イライラで気が狂いそうだ!力を貸せ、レヴィアタン!」
その言葉でさっきまでただ観察していたレヴィアタンがこちらに近づいてきた。
……しまった、その可能性を考えていなかった。松下君を助けた後レヴィアタンと戦うつもりでいたけど、確かにレヴィアタンが待っていてくれる保証なんてないじゃないか。まずい、すぐに勝負を決めないと。
焦り始める俺と裏腹にその顔に余裕を取り戻し始める松下君。だが、俺たちの側に近づいてきたレヴィアタンは双方にとって想定外の発言をする。
「なんであたしがお前に力を貸さなきゃいけない?そもそもこれまで十分力をやっただろう。今依り代と対等、とまではいかなくてもそれなりに戦えているのは全部自分の影だとでも思っているのか?精々これくらいは自力でやるんだな。」
そう言うと再び傍観モードに戻るレヴィアタン。その様子に今度こそ表情を松下君は歪めた。
「……ああ、そうかよ。だったら僕自身の力でやってやる。」
でも、そんなことを言っていると隙だらけだよ。
生まれた隙を狙って、刀を振り下ろす。松下君の不意を完全についた形になったし、速度も申し分ない。確実に当たる。
そんな俺の刀は突如差しだされた松下君の右手の手のひらに吸い込まれていった。そしてそのままの勢いで刀が松下君の右腕を切り裂いていき、止まった。
「あああああ!いったいなぁ!くそがッ!」
間髪入れずに松下君は大声を上げながら大振りの蹴りを放ってくる。その蹴りを右腕で受けようとして、――そのまま胸で受けた。……右腕がないの忘れてた。大慌てで体勢を整えたて距離を詰めようとしたが、その時にはもう遅かった。
「起きろ!――嫉妬の原典――嫉妬の暴食龍!」
松下君の右胸に浮かんでいた紋様が渦を巻き始め、そしてそのたびに紋様自体も大きくなっていく。それと同時に松下君の持つ鞭の形状が変わっていく。先に刃が付いた鞭から、鋭い角を持った水龍のような形に。鞭から水龍に姿を変えたそれは、勢いよく地面に飛び込んだ。背びれだけが地面から顔をのぞかせている。
「……それが切り札?」
「そうだ!こうなったらもう、お前に勝ち目はないぞ!威力も、速度も、さっきよりも、上だ!」
その割には随分疲労困憊に見えるのは気のせいか?……いや、それだけあの龍は強いということなのだろう。……はぁー、やるか。
★★★★★★★
「はぁはぁ……。見かけによらず随分戦い慣れているんだね。ここまで圧倒されるとは思わなかったよ。」
「だったらあきらめて寝ててください。生憎、私は暇ではないので。」
突然裏世界に連れてこられた私は、とりあえず戦闘能力がないであろう山田さんに側から離れないよう言って状況の把握をしようとしました。でもすぐに守君と松下君が戦い始めたせいでそんなことをしている余裕はないことは明白でした。とりあえず、遠距離から援護をしようと弦を引いたところで川嶋さんが射線上に入ってきました。
「人数的に新井さんには俺と戦ってもらうしかなさそうかな。いやー、女の子に怪我させるなんてできればしたくないけどしょうがないよな。」
「ゆ、雄太!いったいどうしたんだ!?何がどうなっているんだ!?」
「下がってください!もうどうにもならない段階まで来ているんですよ!ウリエルも早く出てきてください。」
私の中からウリエルが出てきて背中あたりでとどまる。
「希、気を付けてください。あの青年を依り代にしているのは上位魔性です。名称はおそらくリヴィア、その邪性は――執着。」
「そういうあなたはウリエルね。確か天性は正義、だったかしら?……随分弱弱しくなってしまったようね。あの時は天地がひっくり返っても勝ち目など無かったというのに、今では同等かそれ以上に私の方が強いだなんて。」
「……それは、」
「あら、言い訳なんてしなくてもいいわよ?原因なんて興味ないわ。私が今あなたよりも強いという事実さえあれば十分よ。
さ、雄太。やってしまいなさい。力ではあの小娘よりもあなたの方がはるかに上よ。」
「そうなんだ。じゃあ、さっさと終わらせちゃうか。」
川嶋さんが私に剣を向けてくる。……でも忘れてないですかね?私の天装は弓なんですが。あの悪魔の話が正しくても、近づけなければ意味ないんじゃないでしょうか?
……案の定ですね。現在進行形で完封しています。私の放つ矢は確実に剣やそれを持つ手に当たり、その度に川嶋さんは動きを止めています。その隙に距離を一定に保ちながら再び矢を放ちます。大抵は攻撃や行動をしづらくするために肩や足を狙って撃ちました。何度かは躱されましたが、まあ当たる矢もあるわけで、そんな攻防を数回しただけで川崎さんは両足に左肩を私の矢で打ち抜かれていました。
「はは、冗談がきついな。俺たちはもう止まれないんだよ。人としての道を外してでもやらなきゃいけないことができたんだ。」
「……はあ。まあ想像は付きますが、最後の矢を放つ前に一応伺っておきましょうか。それは一体なんですか?」
「俺なんかを拾ってくれた社長に恩返しをするためだ。金がなかったから俺はもともと大学進学なんてできなかった。でも社長が拾ってくれた。学費を立て替えてくれた。今じゃ、しっかりと就職先も見つかった。
もちろんモデルの仕事も頑張った。これまでまったく追えていなかった流行について考えた。そうしたら自然に俺も売れてきて、後輩とかもしっかり育ってきて。
……だから、俺たちはこの事務所を退所する前にゴミ掃除をしていくことに決めたんだ。」
……ここでのゴミというのが何かは明確すぎますね。まあ、同情に値します。でも、所詮は同情。やらなければならないことの前では無視できる程度のものです。
「どういうことだ、雄太!?僕達で話し合ったじゃないか!しっかり退所するまでにあの二人を導いていこうって、言ったじゃないか!あの時の話し合いは、……嘘だったのか!?」
「全部が嘘だったわけじゃない。あの時は皆でそうするつもりだったさ。でも、事情が変わった。もう時間がない。手段も選んでいられない。」
「だからって、あの二人を殺すっていうのか!?僕達がしっかり見るべき後輩だぞ!」
「……ああ、お前ならそういうだろうな。だから……。」
川嶋さんが少し悲し気な表情を浮かべて何かを言いかけたところで、
――その胸に腕が生えました。
「思ったよりも役に立たなかったわね。まあ、でも少しだけ情報を掴めたしいいでしょう。」
そう言いながらリヴィアと名乗った悪魔は川崎さんに突き刺した腕を引き抜いていきます。その腕が完全に抜けた時、川崎さんは口から血を吐きながら前かがみに倒れていきました。
「さあ、これからが本番よ。遊び相手になって頂戴ね。」
暗緑色の短刀を作り出しながら、悪魔がそう笑いかけてきました。




