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契約天使様の依り代  作者: きりきりきりたんぽ
3章 双子の呪縛
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修羅場

 部屋の中から感じるそんな気配に気圧されたか、前を歩いていた安藤さんと仲川さんが思わず立ち止まる。でもそれは一瞬のことですぐに足を部屋の中に進める。

 ……えぇ?入るの?


「失礼します。写真の撮影は終わりました。」


 軽くノックをしてから安藤さんが事務所の扉を開ける。すると後ろを歩いていた俺にも事務所の中の様子が見えた。以前来た時は整然としていた机の上は重要そうな書類やごみが散らかっている。その奥にあるソファーに山田さんと川嶋さん、それに愛梨と一誠が座っていてそれに向かい合うように椅子を置いてそこに社長が座っていた。


「ああ、お疲れ様。ゲストの二人もお疲れ様。少し聞きたいことがあるから入ってもらってもいいかな?」


 社長に呼ばれて渋々事務所の中に入る。なんでこんなトラブルの最中みたいな所に俺が行かなくちゃいけないんだ……。

 希と一緒に事務所に入ると愛梨と一誠と視線が合った。なぜかそこには怯えの色があった。


「今日来てもらった時に愛梨といざこざがあったって聞いたけど具体的に経緯を教えてもらってもいいですか?」


 ……ああ、そういうことね。今皆で一誠と愛梨を叱っている最中だって言うことか。まあ、事実だけを言えばいいか。


「14時50分ごろここに到着したんですが、そこで15分前行動が常識だろうということでエレベーターホールの所で怒られました。」

「そこでたまたま通りかかった川嶋さんに助けてもらって、そのまま写真を撮る部屋に案内してもらいましたね。」


 できる限り私情なしであった事実のみを話した。でもそうなるとたったこれだけの文章になるんだな。


「……本当のことだったんだね。ありがとう。まあ、一応二人の肩を持つと15分前行動は重要になるから頭の隅に置いておくといいですよ。

 さて、話の続きだな。まず愛梨と一誠だ。お前達はこれから気を付けろ。先輩やゲストの人たちはもちろん、今日はいないが後輩に対しても行動を改めるように。この事務所だけじゃなく、お前達自身のイメージを下げるような行動をするな。分かったな?」

「……はい。」「……すいませんでした。」


 一誠と愛梨の二人がうなだれながらそう返す。


「次に健人と雄太だ。昨日も話したが、言い方に気を付けろ。お前たちの言っていることは正しい。どうしようもないほどに。だが、嘘にも優しい嘘があるように、正論にもナイフのような鋭さを持った正論がある。お前達も来年にはこの事務所を離れるんだ、そうしたら俺はもう守ってやれなくなる。これから気を付けろよ。」

「「分かりました。」」


 山田さんと川嶋さんは少し頭を下げて反省の意を示す。でも、山田さんが顔を上げて再び口を開いた。


「でも、社長。昨日も似たような話をしたじゃないですか。もう少し厳しく言ってもいいんじゃないですか?昨日はまだ事務所内だったからいいです。でも今日はゲストに人に突っかかったんですよ?たまたま雄太が通りかかったからいいものの、それがなければもっと失礼を働いたかもしれない。そうすればこの事務所のイメージはがた落ちだ。」


 ああ、昨日もこんな話をしてたんだ。てかこの話俺たち聞いててもいいのか?ただの部外者だけど。


「健人、それはね……」

「は、僕達よりも売れてない癖によく言うよ。負け犬は黙っててよ。」

「そうよ。私達がこの事務所を支えてるのよ。あんたたちなんていなくても大丈夫よ。そこで突っ立ってるお二人もね。」


 ……おっと、これはまずい。ここにいたら喧嘩に巻き込まれるぞ。その前に、


「……はぁ?」


逃げられなかった。目の前の安藤さんの口から地を這うような低い声が漏れる。


「何を言っているの、このお子様たちは?そもそも私達はただモデルの活動をすればいいってわけじゃない。私達はこの事務所の経理や経営の仕事もやってるの。」

「だからあなたたちが気持ちよく仕事で来ているのは私達のおかげなんですよ。それにそもそもこの事務所ができてすぐの時は私達や先輩たちが盛り上げてきたんだから。そのおこぼれをもらっているだけで図にのらないでほしいですね。」

「だからせめてモデルの仕事くらいはまともにやって見せろよ。その態度が原因でこれ以上仕事が減ったりしたら俺たちはお前達のことを許さないからな。」


 ……うっわ、聞きたくなかったこの話。あ、ちなみに上から安藤さん、仲川さん、川嶋さんの順番ね。いやー、皆さん説得力がありすぎて怖いですね。こりゃ、言い返すのは無理なのでは?どう頑張っても愛梨と一誠が悪いでしょ。それに川嶋さん、これ以上仕事が減ったらって言ってたし。もう減った後なんだろうな。


「ちょっと待って、これ以上減ったら、ってどういうこと?また減ったの?」

「ああ、結構前から続いてた契約が更新しないって連絡が今朝来てた。なんでもインタビューの時に態度が悪いと。それがキャラとしてだったら受け入れられるけど、素だったって先方に思われたらしい。

 ほらテーブルの上にその手紙が乗ってるだろ。」


 ばっ、と安藤さんがテーブルの上に載っている紙を取る。すると読み進めるにつれその手紙を持っている手がワナワナと震え始める。


「……なにこれ……?ねぇ、あんたたちこれどういうことかわかってんの!?この出版社は、この事務所と初めて契約してくれた出版社だったんだけど!!そこに契約切られたってことがどういうことかわかってんの!?」


 机を思いっきり叩きながらそう叫ぶ。あまりの勢いに手に持っていた紙が吹っ飛んで俺たちの目の前にひらひらと落ちた。見てはいけないと思いながらも拾った拍子に少し文面が見えてしまった。

 そこには明らかな皮肉が書かれていた。

「先日は随分元気なモデルさんを貸してくださりありがとうございます。御事務所もとてもお元気だと察せられます。それにつき弊社の力添えは不要だと判断いたしました。そのため、契約の更新は今回は見送らせていただきたく存じます。御事務所の益々のご発展をお祈りしています。」


 すぐに前に立っている仲川さんに渡したけど、その短い文面は俺の脳内にすでに刻み込まれている。それにさっきの安藤さんのセリフからも推測できることもいくつかある。まず古い付き合いのある出版社だって言ってたよな。って言うことはこの事務所の内情を知っていた可能性が高い。まあ、だから「お元気」ではないことを先方は知っていたんだろうな。それに加えて、古い付き合いの出版社に契約切られたってことは……、まあこの事務所は信頼に値しないって言われているようなものだよね。これから仕事を取りずらくなるだろうな……。


「うるさいわよ!そんなのおじさ、……じゃなくて社長にもう言われたわよ!あんたにまで言われたくないわ!」

「その口の利き方は何!?私はあんたの先輩なのよ!さっきも態度を改めろって言われてんでしょうが!」

「先輩だからって敬語を使えと?あんたらには敬意を持ちようがないから敬語なんて使う必要ないでしょ?」

「それはお前らが好きな暗黙の了解ってやつだろ。年上の人に向かってタメで話すとかそれだけで印象が最悪だ。そんなこともできなかったから古い取引先にも愛想をつかされるんだよ!」

「…………。」

「ほんっと、なんでそんなこともできないんでしょうかね。高校生にもなってそれだとこれからの将来は絶望的じゃないですか?」

「…………。」

「あんたらって勉強できるんじゃないの?なんでそんな簡単なこともできないの?本当に訳が分からない。」


 気づいたときには一誠と愛梨に山田さん以外の先輩方が悪態をつきまくるという一種のいじめにも見えそうな状況が完成していた。その様子を見てさすがに止めようかと思ったその時、愛梨と一誠の様子が変わった。どうも最後の安藤さんの言葉が決め手になったようだ。


「……っ。なんで、せいいっぱい、やってんのに、そんないわれなきゃ、いけない、のよ!」

「……あー、もう疲れたよっ。周りのやつら、なんて仕事どころか、バイトだってしてないじゃんっ。なのに、なんで僕達だけっ!」


 いきなりまとっていた高慢な雰囲気が消え、幼子が駄々をこねるように泣き始めてしまった。……えぇ。これはどういうことなんだろう。山田さんの言葉が正しいとしたらあの二人の中には他の人の半分くらいしか自我というか芯がないって言うことだよな。で、足りていない半分は自分で作っていたって言うことになるのか?だとしたら多重人格のようにコロコロ人格が変わっているように見えるのも納得だ。


「はい、みんな落ち着いて。あとは社長に任せて、僕たちは僕たちで話そう。……社長、二人をお願いします。」

「ああ、分かった。……立てる?奥の部屋に行こう。そこで話は聞くからね。」


 一誠と愛梨を連れて社長が奥の部屋に入っていったのを確認してから山田さんが口を開いた。


「みんなは目的を忘れてないかい?僕達の目的はあの二人を責めることじゃないよね?僕達が卒業した後この事務所を二人に任せられるようにしようっていう話だったよね?さっきのはどういうことかな?」


 無表情に言葉を重ねる山田さんはとても不気味に見える。怒鳴っていないのが余計に怖いというか。


「だって、ここは私達もお世話になった会社よ。少し感情的になったのもわかってるけど、でもさすがに許せない。」

「っていうか社長も最近おかしい。去年まではしっかり怒ってたのに最近だともう全然じゃん。」

「そうですね。私達が仕事の手伝いをするようになってから後輩たちのことをもっとしっかり見ているものだと思っていましたけど、どうもそういうわけじゃないようで。ただあの二人に甘くなったという印象しかないです。」


「はい、ストップ。今は社長の話じゃない。僕もおかしいとは思っているけど、今はそれよりも二人をどう更生するかだよ。……って、こんな話聞かせてごめんね。聞きたくないよね。」


 そこで俺たちのことが目に入ったのか山田さんが話しかけてくれた。……これでようやく帰れそう。山田さん達に玄関まで見送ってもらった。


「明日も同じ時間によろしくね。多分明日はもう一回インタビューの最終確認をすると思うから少し準備しておくといいかもしれないね。」


 という言葉に、わかりましたと短く返してからすぐにエレベーターに乗った。正直もう行きたくないな。なんかあそこ思ったよりもやばそうだし。


「はぁ、明日もですか……。憂鬱ですね。」


 どうやら希も同じだったようで。


「だよな。しかもインタビューとか。また無茶ぶりされるよ、どうせ。」

「そうですね。事前に考えておかないと咄嗟には答えられませんよ、あんなの。」


 やばい、また思考が沈みそう。ここは楽しいことを考えるか。


「そういえば、昨日修練場で新しいことを始めたんだよ。」

「え?何を始めたんですか?」

「それはな、……。」


 いやー、早く未来の家に帰って修練場に行きたいな。

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