で、デジャヴ!?
で、また来てしまいました、モデル事務所スクーラー。とても背が高いマンションを前に俺の気分はダダ下がりだ。はあ、修練場にいられた時間の方が長いはずなんだけどな。楽しい時間が過ぎるのはあっという間だなぁ。
「ほら、行きますよ。そろそろ約束の時間です。」
希に声をかけられる。希とはさっきこの事務所の最寄り駅の新宿で落ち合ったばかりだ。というのもさすがに一回家に帰らないと着替えがなくなりそうだったからな。とりあえず全部荷物もって一回家に帰って乾燥機付き洗濯機に叩き込んでからすぐに出発した。多分今日の用事が終わるころには全部乾いているだろう。それを持ったら未来の家にもう一回行くか。
……その前に手っ取り早くこれを終わらせないと。多分一誠も愛梨もいるんだろうし。
「そうだな。行きたくないけど行くか。」
とぼとぼという言葉が一番似合うようなテンポで足を進める。その横を苦笑いしながら希が付きそう。
そしてその様子を後ろから見つめる瞳が4つ。その瞳は二人の姿がマンションの中に消えるのを確認するとふっと景色に溶け込むようにして消えた。
マンションのエントランスで前回入った事務所の部屋番号を押して呼び出す。すると、
「ああ、よく来たわね。上がりなさいよ。」
という、強気な口調の女性の声が聞こえた。……こんな人いたっけ?知らないんだけど。思わず希と顔を見合わせるけど、帰るという選択肢は互いになかったから素直にうなずいて自動ドアを通る。そしてエントランスホールにあるエレベーターに乗って最上階のボタンを押す。
「あんな人いたっけ?」
「多分あるとしたらあの時いた二人の女性のうちの片方だと思います。でもあんな雰囲気でしたっけ?」
希も確信が持てないようだ。俺は見当もつかないけどな。その間にもエレベーターは昇り続け、すぐに目的の最上階にたどり着いた。
チーンという音共に開いた扉の先には、――愛梨が立っていた。
「遅かったじゃない。15分前行動は常識でしょ。そんなこともできないわけ?」
そしてすぐさまそう毒を吐いてくる。しかもかなり強気、いやこれは俺たちを見下している?モデル業っていう自分の専門分野のくせに?
「現在時刻は14時50分です。確かに15分前行動ではありませんでしたが、十分間に合っているのではないですか?そもそもそんな暗黙の了解があるなんて伺っていませんが?」
「はあ?そんな言い訳が通じるとでも?それに15分前行動はモデル事務所の常識じゃない。社会人としての常識よ。そんなことも知らないんだ?進学校の首席がその程度なんて笑えるわね。周りから天才って言われて調子乗ってるんじゃない?」
そうせせら笑う愛梨は俺たちの知っている愛梨とはかけ離れていた。そのことが衝撃的で思考が止まりかける。でも、
「……天才?……調子乗ってる?随分知ったような口をきくんだな。それに天才は往々にして常識にとらわれないものだが、それについては理解が追いついていないのか?それともその程度のことも想像できないのか?それに他人に対して調子に乗ってるとか言ってしまうお前の方がモデルをしてる自分の酔ってるんじゃないのか?」
天才は違うだろ。その言葉が意味することを考えたことがあるのか?
……なんだ?胸の奥がもやもやしてきたぞ?レヴィアタンとの戦闘の最中に意識を失った時の状態に似ている。……あー、頭が少しクラクラしてきた。
「……」
「おいおい、そんなところで話すなら奥で、……って今回のゲストじゃないか。それに、お前もしかして……。」
再び愛梨が口を開けかけた時、その背後から一人の男性が顔をのぞかせた。その男性は昨日事務所にいたモデルの人のうち山田さんではない方の人だ。
でも、その人の愛梨を見る目は恐ろしいくらい冷めている。
「何やってるんだ?昨日あれだけ話したよな?常識を持てって。なんでゲストを外で立たせているんだ?しかも二人ともかなり怒っているようじゃないか。」
「それは、……」
「黙れ。言い訳はあとで聞く。先にゲストに二人を案内するからお前は事務所に行ってろ。」
「……。」
その鋭い言葉に愛梨は押し黙り、その男性の脇を通っていく。そしてすぐに扉が閉まる音が聞こえてきた。
「見苦しいものを見せてしまい申し訳なありません。私はモデル事務所スクーラー所属の川嶋雄太です。お話は伺っていますので、早速ですが案内させていただきます。えっと、今日は写真撮影だからあそこか。」
今日撮影?聞いてないな。一応昨日買ってもらった洋服を着てはいるけど髪の毛とかボサボサかもしれん。
そんな心配をよそに男性が先を歩いて行ってしまうのでその後を追いかける。すると昨日使ったモデルルームのような部屋の隣の部屋の扉を開ける。
その部屋の中は長机と椅子が何脚かあって、その先にグリーンバックの小部屋とブルーバックの小部屋があった。そして端っこの方に洋服屋さんにあるような着替えスペースがあった。
「では、こちらにおかけになってお待ちください。すぐに今日の担当者がきます。」
あ、はい。という返事をする前にもう川嶋さんは部屋を出ていってしまっていた。行動が早いですね。絡んでくる愛梨よりも何倍もましです。
言われた通りに椅子に座ると胸の奥のもやもやも消えていった。余裕ができたのかな、わからんけど。
「今日写真を撮るんですね。昨日そんな話をしていなかったと思うんですが。」
「そうだな。俺も初耳だったし。寝ぐせとかついてないかな。」
「大丈夫ですよ。それにもしついていても直せばいいだけですからね。
……それにしても最近の二人は怖いですね。顔を見るたびに全く違う人格が出てきているようで。」
「……。もう俺にはよくわからん。あの二人のことは正直もう考えたくない。」
これからのことを考えてもあの二人は今のままなら切るべきかな。あんなのだと信用できないし戦力として考えられないな。
その時、近くで扉が開く音がした。そして二人の大きな袋を持った女性が入ってきた。二人とも昨日事務所であった人だ。
「失礼します。昨日となりの事務所でお会いしたスクーラー所属の安藤ルジュです。」
「同じくスクーラー所属の仲川灯です。二人で本日の写真撮影と着ていただく洋服の選別を担当します。よろしくお願いします。」
金髪ロングで背が高い女性が安藤さんで、肩口あたりで髪をそろえている女性が仲川さんね。うん、今は覚えた。一応頭を下げておくか。
「「よろしくお願いします。」」
頭を上げるとにこやかに微笑みながらええ、よろしくねと返してくれた二人の顔が目に入った。……なんていうかモデルさんの笑顔って破壊力すごいな。愛梨とかとは比べ物にならないわ。
「さて、では今日はこの中にある服を着てもらいます。本番の時は先方が持ってきてくれるのでそれを着ます。なので洋服の心配をする必要はないですね。」
「いわゆるスポンサーです。私達はお金をいただいてモデルとして写真に写り、スポンサーは私達を使って宣伝ができるというわけです。まあ、そんなことはどうでもいいので早速着替えてきてくださいね。」
最後に安藤さんが服を着替えるように言って、手に持った袋を渡してくる。その中には下着から上着にズボン、靴に靴下まで入っていた。モデルの業界だと靴下とか下着まで決まっているのが普通なのかな。
着替えスペースの中に入って渡された服を着る。……うん、全部着れた。柄が入った白い上着に青い上着、オレンジ色っぽい色のズボンだ。でもこういうのがおしゃれなんだな。たまにならいいけど毎日考えるってなると大変そうだな。
着替えスペースから出るともう既に出てきていて、安藤さんと仲川さんに服装が乱れていないかチェックをしてもらっていた。希の服は全体的に寒色系の服だな。そこで、俺が出てきたことに気づいた仲川さんがパッと寄ってきた。
「あっ、似合ってますね。あとはここら辺をちょっとここら辺を伸ばしてあげれば……、うん完璧。」
上着の後ろあたりを軽く引っ張ってくれる。……うわ、なんかいい匂いする。香水か?耐性ないからやめてほしいわ。
こちらのチェックも終わったところで安藤さんが声をかけてきた。
「じゃあ、さくっと撮っちゃいましょうか。早く終わった方が早く帰れるわけだし。
というわけでいくつか指示出すからお願いね。」
カメラを構えている安藤さんの指示に従ってまずはブルーシートの前に立つ。
「あーっと、もうちょっと後ろ。……そう、その位置。そこから前後には動かないようにしてね。あとは、そこで一回回転してピタッと止まってみて。……そう。あとは少し歩いてピタッと止まってみて。……うん。いいよ。じゃああとは自由にお願い。」
ゑ?自由に?経験がないから自由になんて言われても混乱するだけなんだけどどうしよう。……くっそ、なるようになれ!
「……うん、おしまい。お疲れ様!じゃ新井さんはグリーンシートの方で撮りましょうか。基本的には九条さんと同じだよ。じゃ早速始めようか。」
安藤さんの指示の通りに希が動いて時折安藤さんがシャッターを切る。……俺の時もあんな感じだったのかな。希も初めてだからか動きがめちゃくちゃ固い。
「……少しいいかな?」
希の写真撮影も終盤に差し掛かったであろう時、隣から仲川さんに声をかけられた。
「何でしょう?」
「いや実はね、ここに来た時愛梨が絡まれたよね。それについて謝罪をと思って。あの二人の先輩である私達が止めなきゃいけなかったのに止められなかったから。」
あー、その話か。もう気にしないからどうでもいいんだけど。
「大丈夫ですよ。気にしてませんから。」
「本当にごめんね。しっかり言っておくから。」
いえいえ、と返事を濁す。さっきも言ったけど本当にどうでもいいからね。それに俺に言われたからなんて理由が立つと余計面倒なことになりかねないし。
「うん、おしまい。よーし、これで今日やることは全部終わったかな。……うん終わってる。じゃあ二人が着替えたら速攻撤退だね。」
「そうみたいね。二人ともお疲れ様!じゃあゆっくりでいいから着替えてきてね。あ、洋服は適当に袋に入れてくれればそれでいいからね。」
安藤さんと仲川さんに言われた通りに着替えスペースに入る。……うわ、思ったよりも汗かいてるな。まあ自由に動けって言われてかれこれ15分くらい慣れない動きをし続けたからな。それに冷や汗もかいたし。
いつもの服に着替え終わった時さっきまで来ていたおされな服が目に入った。適当に入れていいって言われたけどやっぱり少しは畳んでおいた方がいいよね。汗で濡れてるから洗濯する必要がありそうだけど。うん、簡単に畳んでおこう。
袋の中に畳んだ服を入れてから着替えスペースから出ると、三人は既に片づけを終えていた。まあお礼は言っておくべきか。
「洋服ありがとうございました。」
「あ、ありがとうね。」
仲川さんに借りた洋服を返した。俺が皆を待たせていたようで俺の洋服を回収するとすぐに移動を始めた。
「これから事務所に行くからそこで少し休むといいよ。お茶とかお菓子もあるし。」
「なんなら私達と一緒に今日撮った写真確認しちゃう?直すところがあるかもしれないからその確認をするんだけど。」
はー、なるほどね。確かに今日の動きはやばかった。もう少しくらいは動けていないとだめだろうことは分かるけど具体的には分からないもんな。それ参加した方がいいよな。一応希にも確認しておこう。
「俺たちも一緒に見てみる?」
「そうですね。課題点は早いうちに知っておきたいですからね。」
「お、いいじゃんいいじゃん。なら決まりだね。ついでに社長も呼んじゃうか。」
そんな軽口を叩いていた安藤さんが事務所の扉を開ける。
すると中から異様な気配がした。近づくだけで背筋が凍るような鳥肌が立つような、そんな来訪を拒絶する気配が。
……またかよ。この事務所大丈夫か?