一誠と愛梨
さっきまでの少しふざけた雰囲気はどこへやら、深刻そうな面持ちで山田さんが話す。
「二人はあの二人についてどう思う?好きか嫌いかでもいいから、率直な感想を教えてほしい。」
一誠と愛梨について?……うーん。最初はどう思ったっけ。初めてできた先輩っていうことで少し期待してたかもしれない。後輩を気遣ってくれる、優しい先輩を。でも途中から怪しくなってきた。俺たちのことを疑ってきたり、何故か高圧的な態度をとってきたり。かと思えば、普通の人っぽい行動もとってくる。だから、
「好き嫌いというよりも意味が分からない、ですかね。」
これが適切かな。
「というと?」
「行動に一貫性がないというか。これまで上からものを言ってきてたのに、突然こちらを気遣うような発言をしてくる、といったような感じで。特に一誠は中に二人いるんじゃないかって思えるくらいです。」
「私もまったく同じ印象を持ってます。なんというんでしょうか、芯が2本、ないしは1本に満たないという感じでしょうか。怖いくらいの危うさを感じました。」
多分希は後者だと言いたいのだろう。特に裏世界の戦闘を見たらね。文字通り二人で一人みたいな感じだったし。片方が崩れたらどちらも崩れてしまうだろうことは想像に難くない。
「……二人ともすごい観察眼だね。どっちも間違ってはいないよ。
あの二人は深いところでは本当に二人で一人なんだよ。一人じゃ一に満たない。でも普段はそれを取り繕うために無理やり一にしているんだ。別の人格を作り出す、という手段を使ってね。」
哀愁に満ちた表情を浮かべながらそう山田さんが漏らす。
……二重人格、というやつか?あれはたしか過剰なストレスとかが原因だったっけ。俺よりも一つ年上とはいえ、まだ成人もしてないのにそこまでのストレスを抱え込んでいたのか。
「だからあの二人の芯は1本に満たないし、中に二人いるって言うのも正しい。そんな状態に追い込まれた背景は僕ではなく彼ら二人が自分で話すべきことだから話せないんだけどね。
まあともかく、二人は半分くらいは自分で作った部分なんだ。だから危うい部分がかなり多い。さっきの社長に対する態度を見ただろう?プライベートではよくてもさっきは仕事の時間だったんだからさっきのような行動はとってはいけない。この事務所ならいいんだけど、この事務所は大学生までしかいられないからね。それに大人になったときにモデル業を続けるのかどうかもわからない。社会に出たらそれは当然だけど許されないことなんだ。だから、」
――今のうちに矯正しておきたいんだよね。二人の今後のためにも。
山田さんの優し気な表情から固い決意を感じた。……そうかこの人は心の底からあの二人を心配してるのか。まるで親だな。
「ああ、そうですか。」
おっと、希は淡白だな。こういうのは嫌いなのか?
「まあ、それは山田さんの勝手ですが、そう簡単に人は変わりませんよ。変えようと思ったらそれこそ年単位の時間が必要かと思いますが。」
「でも、そんなにはかけられない。俺とあそこにいた3人が唯一この事務所であの二人の先輩で、渋々でもいうことを聞かせられる人なんだ。でも、俺たちは一年後にはもう大学を卒業してこの事務所からも離れているんだ。だからこの夏休みに賭けようって、さっき社長たちと話してたんだ。」
「要点がつかめません。そのような話を私達にしてどうするのですか?」
「その手伝いをしてほしいんだ。手伝いといってもここにこれからゲストとして来てくれている間、あの二人を一緒に連れてきてほしいだけなんだけどね。」
「拒否します。そもそも、人は自分から変わろうとしなければ変われませんから。時間がかかるというのはそういうことです。自分から変わろうとするよう促すのに時間がかかるといっているのです。」
おお、これは嫌いどころじゃないな。希にとってこれは地雷原だったか。山田さんがどんどん地雷を踏み抜いていく音が聞こえるぞ?
「……九条君はどうだい?手伝ってはくれないかい?」
おっとこっちに回ってきたか。まあいいけどさ。
「大した手間ではないですから、言うだけならいいですよ。でも無理やり連れてくるのはできませんね。」
「ありがとう。それで十分だよ。
さて、今日はもういい時間だし終わりにしようか。あ、これ僕の電話番号ね。なんかあったら連絡お願いね。」
山田さんに渡された名刺には電話番号とメールアドレスだけが書いてあるシンプルな物だった。それを財布にしまいながら部屋にかけてある時計を見るともう16時半を指している。確かここに来るまでに30分くらいかかったから未来の家に着くのは17時か。用事もないしお暇するとしよう。
このモデルルームのような部屋から出て隣の事務所に入った瞬間やっちまったと思った。事務所の中では互いに抱き合っている愛梨と一誠、その二人に対し冷ややかな視線をぶつけるモデルの3人、そしてその二人をかばうように立っている社長がいた。
そして俺たちが入った瞬間、皆の目が俺たちに向いた。やめれ。
「社長、終わりました。」
「ああ、お疲れ様。ちょっと今立て込んでるから、報告はあとでいいかい?
それと、明日も同じ時間にここに来てほしいんだけどお二人は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。」
っていうか早く帰りたい。ここから逃げたい。
「ありがとうございます。では玄関まで見送らせていただきます。」
部屋の中は相変わらず空気が重かったが、努めて気づかないふりをして部屋を後にしようとした。でも部屋を出るその時に、一誠と少しだけ目があった。その目の奥には深い闇が込められているように見えたのはきっと気のせいではないだろう。
事務所が入っているマンションから出ると日は沈みかけているというのに普通に暑かった。まあ夏だからね。
「あの事務所では一体何があったんでしょうね?あの二人の様子は明らかに異常でしたが。」
……思い出させるな。正直関わりたくない。
「そうだな。あの二人からは周囲に対する強い拒絶のオーラを感じたもんな。これまでのイメージからしてそれは意外だったね。少し可哀そうに思えてくる。」
「ええ。いい印象はありませんでしたが、あんな様子を見てしまうと確かに少しは同情したくなりますね。でも、どうやら山田さんの話だとあれはどうやら自業自得っぽい感じもしますが。」
「そうなんだよな。俺たちに対する態度もイラっと来たけど、社長にあんな態度を取るのはなぁ……。もう働いてて、お金ももらっているんだったらそこらへんはしっかりしないといけないと思うんだよ。」
「私達っていう部外者がいたから余計にですよね。で、おそらくそこを先輩の皆さんに怒られてたんでしょう。どれだけ絞られたのかは分かりませんが、でもあんな子供みたいなことをするのはやはり……。」
そう、おそらく一誠と愛梨にも問題はある。そういえば以前、レヴィアタンと戦った時依り代は人類社会の被害者だって言ってたっけ。あの時は右腕がなくて頭が回ってなかったから聞き流すことしかできなかったけど、今にして思えばまったく間違っているというわけでは無いのだろう。となると……。
いや、今はそれはいい。今はただ強くならなければ。いつかカグヤとかいう予言の巫女?が近いうちに最上位魔性が4人攻めてくるとか言ってたし。
「ま、そんなことを考えてもしょうがないよ。今はいいんじゃないか?それよりも早く帰って修練場に行きたい。」
明らかに話題をそらした俺に対し希が苦笑いしながら、そうですねと静かに答えた。
その後、未来の家に二人で向かったが一誠と愛梨は帰ってこなかったようだ。俺はずっと次の日の朝まで修練場にこもってたから武とかに聞いたんだけどね。




