成長と嫌悪
「お見事です。以前は苦戦をしていた下位魔性を相手にしたというのに、まだかなりの余裕が残っているんじゃないですか?」
首を落としたデーモンがその巨体を隅からもやに変えていく姿を眺めているところで、後ろからメタトロンが声をかけてくる。その声は感傷に浸る俺を慮っているのか、少しそのトーンが低かった。
「……そうだな。思ったよりも弱かった。俺がそれだけ強くなったということか?」
「それもあるでしょうが、天使パワーをうまく使えるようになってきたということでしょう。私達天使は普通にできることですが、これまで天使パワーを体の中で移動させたことなんてなかったじゃないですか。なので、気づく速さの問題でしたね。」
技術面では九三郎との模擬線を通して数段上がったと思う。さっきの戦闘でもリクレッサーの攻撃を食らうことなく倒しきることができたし、デーモンを一度の攻撃で倒しきることができた。そもそもあの攻撃の仕方も九三郎に何度もやられたやつだし。
「さて、感傷に浸るのも今はそこまでにしましょうか。さっき呼び出したリクレッサー集団がもう一つ近づいてきていますよ。」
俺がさっきまでいた方向を見るとメタトロンの言う通りに黒い集団が近づいてきている。今度はそうだな……。短期決戦を想定して今使えるものを全部使ってみようか。
「よし、じゃあやるか。」
握る刀に意識を集中させて、常にデザイアが回るようにする。さっきは斬撃を放つときにだけデザイアを流していたけど、今回は刀を体の一部だと考えて常に流し続ける。だから刀からもデザイアが帰ってくるから少し違和感がある。
準備が終わったときに集団の方に目を向けると投石攻撃可能な距離まで近づいていた。それを確認すると同時に俺も走り始める。
それをみたもう一体のデーモンが慌てたように雄たけびを上げるが、その時には俺はもう加速をどちらも発動させて結構な速さで距離を詰めていっている。それでもリクレッサーが投げた石は野球の玉のようにまっすぐ飛んでくる。実は上から振ってくる石よりも前から飛んでくる石の方が捌きやすいんだよね。思考加速のおかげで多少速くてもそこまで関係ないから相手の姿を見たまま攻撃を捌けるから。
俺に当たりそうな石を刀を振って斬り落とす。刀を振れば斬撃を飛ばせるから足止めにすらならない。そして石を投げてしまったリクレッサーはもう攻撃手段がその肉体による近接攻撃しかないから、斬撃を飛ばせる俺にとってはもう敵ではない。足を止めずに一撃で確実に致命傷を与えられるように意識しながら斬撃を飛ばす。
すると、奥の方に立っていたデーモンの前に着くころにはすべてのリクレッサーを倒しきることができていた。そしてそのまま足を止めずにデーモンに攻撃を仕掛ける。まずは視界を潰すために目をめがけて斬撃を飛ばす。
デーモンはその斬撃に対して剣を振り下ろした。
よけられるかと思ったけど、まさか馬鹿正直に受けられるとは……。
途中で金属同士がぶつかる鋭い音がしたが、そのままデーモンの剣は地面にまで振り下ろされた。その時デーモンの動きが硬直する。その隙に俺は右肩に斬撃を飛ばし、同時に左肩を刀で直接攻撃する。そうして敵の攻撃手段を奪い、後ろに周りながら足の腱を切る。先ほどのデーモンと同じように体勢を崩し、首を直接俺でも狙えるようになった。
腕にデザイアを流してそのまま首めがけて振り下ろす。確かな手ごたえと共に首が切り離された。
「……ふう。倒しきったな。」
「そうですね。もう周囲にリクレッサーの気配はありません。お疲れ様です。」
「……で、俺は合格か?」
「……合格です。それも文句なしの。なんでたった一週間でここまで成長するんでしょうかね。それだけ努力をしたということなんですが。……いえ、おめでとうございます。そうと決まったら帰ったらすぐに体内濃度を上げますよ。」
「分かった。」
長らく感じてこなかった達成感というものを感じながら、メタトロンが開けてくれた扉を通ってリビングに帰った。
そして帰ってすぐにソファーに座らされた。窓から見える空は少し明るくなってきている。
「さて、ではやりますよ。まあ20%くらいにまで上げておきましょうかね。最初は慣れないでしょうが、頑張ってください。強くなるためには必要なことです。」
メタトロンが右胸に手を当てながらそう言ってくる。すると右胸の神臓から体中に何か暖かいものが流れていくのを感じる。そしてそれにつられて体全体が熱くなっていく。……なるほど、前回はこれが一気に起こって倒れたのか。
あまりの熱さに意識が朦朧としてきた時、メタトロンが右手を放して
「はい、できましたよ。前回同様、今回も体の構造が少し変わるので意識が落ちます。その間はゆっくり休んでいてください。……やはり、もう20%まで耐えられますか。まったくどうしてそこまで頑張れるのやら。嬉しいような、悲しいような。」
といった。最後の方はよく聞き取れなかったな。メタトロンが俺の中に消えていく様子をおぼろげに観察しながら眠りについた。
ぺちぺちという微かな衝撃で意識が浮上した。ゆっくり目を開けると前に未来が立っていた。
「おはよう。……随分強くなったみたいだね。」
「ん、ああ。さっきメタトロンに頼んでデザイアの身体濃度を20%に上げてもらったんだよ。未来はどれくらいの濃度なんだ?」
「50%。まずは30%を目指して。そうすれば天界再演を使える。あれさえ使えれば、最上位魔性がどれだけ力を取り戻してもある程度は戦えるから。」
それだけ言うと、未来は自分の部屋に帰っていった。……一体何だったんだ?30%で使えるようになるものっていうのは何とな予想がついていたからわざわざメタトロンに聞かなかったけど、やっぱりそうだったんだ。でもそれが確定になったんなら少しだけ聞いてみようかな。
『メタトロン、起きてるか?』
『んあ?……起きてましゅよ。』
うん、メタトロンも完全に寝てたな。まあいいんだけどね。
『メタトロンが使える天界再演ってどんなのなんだ?』
『えぇー、それを知ってどうするんですかぁ?』
『いや、気になるじゃん。未来も九三郎も体内濃度が30%以上になったら使えるって言ってたんだから。』
『んー、いいですよぉ。でも、まだそれなりに先のことですからね。
そもそも天界再演っていうのはですねぇ、…………。』
『……なるほど。で、それをサタンも使ってくると?』
『そーですねぇ。確か名称は違いますが、効果は同じだったと思いますよ。ちなみに上位魔性にも使える個体はいたようですよ。』
おおう。マジか。だったら使えないと負け確じゃん。しかもさっきの話だとレヴィアタンに張られたあの結界は天界再演とは全く違う。もしやられてたら今俺は生きていないだろうし。……っていうことは、まだ使えるほど力が戻っていないっていうことか?
『はぁー、使われたら負け確ってことには変わりないよな?』
『そうですね。守が使えないのに相手に使われたら、まあ勝ち目がないでしょうね。』
だよなー。その特性上、こっちの攻撃がほぼ確実に封殺されるから時間の問題になりそうだな。
『それよりも今のことを決めましょうよ。契約の枠が20%に上がったおかげで契約可能な数が4つに増えましたよ。』
え?マジで?まだ3つ目の枠すら決めてなかったのに、もう4枠目が解放されたの?じゃあやっぱり天法を使いたいかな。
『天法を使えるようになりたいんだが、それはできるか?』
『できますよ。下位のものに限られますが。じゃあ、一つ目はそれですね。』
『ああ、頼む。それと別になるんだけど、加速の倍率も上げたい。』
確か今が1.5倍だったから2倍くらいには上げてみたい。
『いいですよ。じゃあ、2倍まで倍率を上げられるようにしますね。』
お、じゃあ今の所はこれでいいかもしれん。これ以上増やすとやることが分からなくなるかもしれないし。
『4枠目は今のところはいいや。またいつか決めるよ。』
『分かりましたー。おやすみー。』
俺の話を聞かずに寝てしまった。久しぶりにたくさん話を聞いちゃったから休んでもらおうか。メタトロンと話している内に目を閉じていたようで、ゆっくり目を開けた。
「おはようございます、守君。」
するとL字ソファーのもう一辺の方に希が座っていて、声をかけてきた。メタトロンと話していたとはいえ、全然気づかなかったな。
「ああ、おはよう。」
「昨日はどうしたんですか?いきなり修練場に向かって行ったようですけど。」
……あー、そういえばそんなこともあったな。一週間も前だから正直どうでもいいけど。
「ただ未来が知っていることを聞き出そうとしているくせに、心のどこかで下に見てそうで嫌だった。ししかもそれが昔の嫌いな知り合いに似ていたんだよ。」
少しだけ声に嫌悪感が乗ってしまったように思える。それに対し希は
「……あー、確かにそうですね。私もそこはどうかと思いました。でも怒るようなことでもないかなとも思いましたね。」
と賛成を示しながらも、そこまでではなかったといった。まあ、人によって意見は違うから何とも。
その時後ろから誰かが近づいてくる気配がした。
「そうか、それは悪かったね。申し訳ない。」
その気配の主は最悪なことに一誠だった。
「でも、効率的に強くなる方法があるのならば知りたいと思うのが普通じゃないかい?」
そして再びそんなふざけたことを抜かしてきた。
「は?それくらい自分で探すべきですよ。じゃないと何も意味がありません。」
「へー。じゃあ守君は自分で探し出したんだ?」
探るような視線でそんなことを聞いてくる。
「それに答える必要性を感じませんね。……で、モデルの手伝いの件ですが予定が決まり次第教えてくださいね。俺にも都合があるので。
じゃ、俺は朝ごはんを買いに行きます。」
「ちょっと待とうよ。僕達の影響力ってそれなりに大きいんだよ?なにせ国内でも最高峰の進学校に通いながらモデルをやってるんだから。
そのうえでさっきの質問に答えてほしい。」
嫌な笑みを浮かべながら一誠が聞いてくる。……本当にこいつは最悪だな。聞いても答えてくれないってなったら脅迫か。はぁー、少しでも関わりを持ったのが間違いだった。
「答えは変割りません。やりたければやればいいじゃないですか。ただ、最後に一つだけ。
脅迫なんて手段に真っ先に訴えるようじゃ、程度が知れますよ。」
そう言い残して、俺は未来の家を一旦後にした。
次話、2日投稿です。よろしくお願いします。




