練習は本番のように
ちっこくです。すいませんね。
「こらー!何てこと言うんですか!?」
少し離れたところでふわふわ浮いていたメタトロンが九三郎に飛び蹴りを入れようとして、――きれいに躱された。
「あれ?言っちゃダメでしたか?」
「ダメに決まってるでしょう!それを知ったら自分で体に刀を入れかねないじゃないですか!」
「でも体内濃度を上げるにはそれが必要不可欠だったと思うんですが……。」
「必須ですよ!でも今の段階ではまだ傷を負うことに対してそれなりに抵抗感がなければならないんですよ!じゃないとあとで大変なことになるんです!」
ふむ。メタトロンの口ぶりから怪我する、もしくは血を流すことが体内濃度を上げるトリガーなのは間違いなさそうだな。それも特にリクレッサーからの攻撃じゃないとダメとかっていうわけでもないらしい。……やっちゃうか。
「だから……。ストップーー!何しようとしてるんですか!守!」
左腕の付け根に刀を添えて、斬り落とそうとしたところでメタトロンがこちらに飛んできた。
「いや、強くなれるんならやってみようかなって。それに左腕がない状態での体の動かし方も知っておきたいし。」
「だから、ダメだって言ってたのが聞こえなかったんですか!?」
「じゃあ何がダメなのか教えて。」
「そうですよ、特に害はないと思いますが。」
俺と九三郎に迫られてメタトロンも最初は迷っていたようだけど、肩をがっくりと落として
「……分かりました。説明しましょうか。」
と文字通り渋々といった感じで話し始めた。
「まず、ご存じの通り九三郎の時代と話が違います。今の依り代のゴールは人類滅亡の阻止ですが、その手段はリクレッサーの討滅ではないんです。今の依り代に課せられることになる手段は古の神の討伐、もしくは再封印なんです。なので長い人類とリクレッサーとの闘いの中で一番大きなものになります。だから今の段階で怪我を負うことに慣れてしまうといけないんです。消耗戦になり得る持久戦において重要なことはどれだけ手傷を追わずに成果を出すか、なんですから。」
なるほどね。その古の神っていうのが運命の女神フォルティアなのか。そうなると辻褄が合うな。
「ふむ、なるほど。確かに私の時代とは話が違うようですね。しかし、レヴィアタンでしたっけ?とかいうあまりに強い敵を前にして、できる限り強化をしておきたいという守の考えも正しいように思いますが。」
「それだけじゃないんですよ。天使パワーの濃度が上がるということは文字通り肉体が人のそれとはかけ離れていくんですよ。文字通り私達天使が世界に降り立つための依り代としての肉体に変わっていきます。……そうなると体を流れるあまりに強い天使パワーに元の肉体の意識はすり減らされていって、最後には消滅してしまいます。つまり残るのは意思のない器、ということです。
それを防ぐためには時間が必要です。少しづつ濃度を上げていくことで体と意識を天使パワーに適応させていくんです。わかってくれましたか?」
はあ。意識の消滅、か。前言っていたより冷酷に、残酷になるっていうのがそれにつながるのかな。
「分かった、今はしない。その代わりメタトロンが大丈夫そうだと判断したらすぐに教えてくれ。それが約束だ。」
「分かりました。言うまでもないことですが、その代わり守も絶対約束を守るんですよ。破ったら教えませんからね。」
うんうん。約束は守るよ。
ということで、腕を斬り落として意図的に体内濃度を上げるのはやめにして、その代わりに九三郎と模擬線をしてもらうことにした。前は攻撃することはおろか、避けることすら最後までできなかったし。でもその代わり斬撃は飛ばす距離を伸ばせることが分かった。これは収穫だな。
「で、今回なんだけどさ、できれば加速なしの俺よりも少し強いくらいに調整してくれないか?前みたいなのもいいんだけど、実戦想定で斬撃を飛ばすタイミグとかも考えておきたいんだ。」
依り代もリクレッサーも人型だし。悪魔は、……まあ今はいいか。あとで戦い方とかを考えたうえでもう一回頼もう。
「いいですよ。本番は練習のように、練習は本番のように、ですね。では私の方も実戦に近づけましょうか。」
お、まじ?本当にありがたいな。
とか思ったけど、直後にその考えが甘かったと思い知ることになった。
九三郎が木刀を俺に向けて構えるのと同時に、けして大柄とは言えないその体から威圧感のようなものが放たれた。自然と刀を握る腕に力が入り、筋肉が強張るのが手にとってわかる。
「では、参る。」
その少し低い言葉と共に九三郎が足を踏み出す。その動きは俺に合わせてくれているのだろう、俺よりも少し早い程度だ。その九三郎の動きに合わせて足を動かそうとしたとき、
「ッ!?」
足が思った速さで動いてくれなかった。動いてはいる。でもまるで重りが乗っかているかのようで、かなり違和感が残る速さだ。
心の中で焦りがつのる。構えた刀にも焦りが伝わったのか剣先が震えている。
「せいっ!」
いつの間に間合いに入ったのか、九三郎が木刀を上段から斬り下ろしてくる。その軌道上に何とか手に持った刀を滑り込ませる。でも余計な力が入っていたせいか
バキンッ!!
という悲鳴を上げて、俺の刀が半分に折れた。それと同時に体から力が抜けて、膝をついてしまった。
「はぁっ、はぁっ。」
「……どうしました?練習だからと高を括っていませんでしたか?さっき言いましたよね。練習は本番のように、と。リクレッサーと戦う時、あなたは何を考えて刀を振りますか?殺意とまではいかなくても必ず倒すといった決意は持っているはずですよね。意思がないと攻撃だけでなく、行動すべてが中途半端になります。なので、まずは守君が私と戦ってどうしたいのかを考えてください。それ以外のことはそれができてからです。」
九三郎が少しだけ威圧を弱めて警告してくる。それに必死に頷きながら震える足腰に鞭を打って立ち上がる。その様子に少し驚いたような表情をしていた九三郎だったが、すぐにそれを収め、
「……続きをしましょうか?」
と低い声で聞いてくる。
「お願いします。」
そうだ、忘れてた。九三郎は友達かもしれないけど、その前に俺に刀を教えてくれた師匠だ。だから、せめて稽古の最中だけでも俺は弟子としての態度であるべきだな。つまり、前で木刀を構えている少年は俺に快く胸を貸してくれている師匠様だ。なら、弟子として目指すのは一つだ。
折れた刀にデザイアを流し込み、折れた部分を修復させながら自分の中の考えを改める。
「……では、参る。」
九三郎が再び威圧感のようなものを放ちながら、木刀を手に近づいてくる。その速さは先ほどと同じ。俺も同じく、足を動かそうとする。でも、やはり足に重りがついているような感覚がして思い通りに動かなくなった。その間にも九三郎は一定の速度で近づいてきている。
心の中で焦りが再び顔をのぞかせる中、同時に俺は目標を自分の中で立てた。
――俺は弟子として、師匠に追いつきたい。そして出来ることなら追い越したい。
そう、心の中で強く思うとさっきまでの重かったからだが嘘のように軽くなり、思い通りに動くようになった。九三郎は表情を緩めることはしなかったが、目元が少しだけ優しく笑っているように見える。
「せいっ!」
「はあっ!」
九三郎の木刀と俺の刀が空中でぶつかり、激しい音を立てる。刀から流れ込んでくる衝撃を後ろに少し飛ぶことで受け流し、再び刀を構えると九三郎は既に距離を詰めてきている。そして再び
「せいっ!」
という声と共に振ってくる。それに俺も同じく
「はあっ!」
と気合と共に刀を振り抜く。またあの音がするのかと備えていると、今度はカッ!という乾いた音とほぼ空振りのような手ごたえが伝わってくる。
え?何事?
来るはずの衝撃がこないという想定外のことに呆然としていると、九三郎の逆手に持った木刀が俺の視界を覆った。
★★★★★★★
場所は変わって深淵。七つある塔のうちのどれかの最上階で怪しげな魔法陣が緑色に発光している。
「……はあ、ようやく封印が解けた。力がまだほとんど戻っていないとはいえ、こんなに時間がかかるなんてね。」
黒翼を背負った女性は暗闇の中でそう呟く。その後ろでは少年が横になっている。
「出てきなさい、我が眷属。コンプレックス、リヴィア、メイア。」
その言葉と共にその女性の背後に三つの複雑な魔法陣が出来上がり、発動する。すると、それぞれの魔法陣から一人づつ悪魔が出てくる。
「あー、お久しぶりですね。我が主よ。」
「本当に久しぶりです。といってもその間寝てただけなんですけど。」
「ほんとにね。あれからどれくらい時間経ったのかしら?まだ戦争が続いていると暴れられるんだけど。」
「落ち着け。まずはそこから説明してやる。」
好き勝手に話し始める三人を止めるように女性が声を上げる。
「お願いしますね。主は説明が下手ですから心配ですけど。」
「こらっ!コンプレックス、本当のこと行っちゃだめでしょ!失礼だよ!」
「リヴィア、お前もかなり失礼よ?」
「ええい、黙れ!ただでさえ封印の開放なんていう専門外のことをさせられて疲れているんだ!」
やっぱり好き勝手に話す三人を女性がその美しい顔に青筋を立てながら怒鳴りつけている。
「いいか?お前達はすぐに封印されたから知らんだろうが、まず戦争は終わった。」
「え?」
「なんでですか?」
「おかしいわよ。主はさておき主の主が負けるなんて想像がつかないわ。」
「お前は一言余計だぞ、メイア。私だって最後まで戦ってたんだから。……いや、この話はいい。でだ、今お前達に私が封印から解放されたときに主より賜った任務について説明する。一回しかしないからよく聞いておけよ。」
それから十分間ほど女性の声がその暗闇に響いた。
次話28日までに投稿します。




