依り代の力
メタトロンが告げるのと同時にカマエルが一誠たちに伝えたのか、二人がのっそりと立ち上がった。
「最初はあたしたちがやる。」
「みんなは見ていて。」
二人はそう告げると、俺たちの方を見向きもしないでリクレッサーの湧いた方向に足を向けた。その足取りはしっかりしたものだったが、背中からは相変わらず不気味な雰囲気が感じられる。言葉が少なかった分、余計に。
二人とリクレッサーとの距離が20メートル程になった時、
「行くよ。」
「やるよ。」
一誠がその手に盾を持って、突然前に飛び出した。同時に愛梨はその手に持った杖をリクレッサーに向ける。すると、その杖の先から雷のようなものが周囲に放たれる。
……まさかあれは天法か?いや、確かに可能性としてはあるか。俺にだってメタトロンとの契約次第でできるらしいし。でも雷か。見たことないな。
と考えている間に、一誠がリクレッサーと衝突した。リクレッサーめがけて盾を振り上げると、前を走っていたのが空中に吹き飛ばされる。そして後方に続いていたリクレッサーが一誠のもとに到着するころにはもう既に一誠は盾を構え直している。一誠は飛んでくる拳を手に持った盾で受け止め、跳ね返す。跳ね返されたリクレッサーはあまりの勢いに後ろに吹き飛ばされる。ちょうど、最初にリクレッサーが吹き飛ばされた場所辺りに。
それからもひたすら一誠は迫ってくる敵を少し離れたところに押し返し続けた。一体の敵すら倒さずに。
……なるほど。一誠は本当に攻撃を受けることだけを考えているのか。俺みたいに前で敵を抑えながら少しずつ倒そうとかって言うんじゃない。守備を自分がやる代わりに攻撃を全部愛梨に任せている。お互いを完全に信頼できる双子だからこそできる寸法だな。……天地がひっくり返っても俺にはできないな。
「天法――麒麟の撃墜――」
愛梨の言葉と同時に杖から鋭い雷のようなものが上空に打ち出された。それと同時に一誠が後ろに勢いよく飛んで――、直後そこに上空から大きな雷が落ちてきた。
その雷はすさまじい音を立てながら地面にぶつかり、リクレッサーをまとめて飲み込んだ。たっぷり5秒ほど轟音を立てながら空から雷が降り注ぎ続け、それが収まったときにはもやでさえなくなっていた。
……あれが同じ依り代か?
レヴィアタンと戦った時以上の衝撃を受けた。天使が使う天法ですらあれだけの威力のものは見たことがない。
でも、天使達は違うことを思ったようで、
「へえ、まさか中位の天法を使えるとは驚きですね。威力も申し分なさそうですし。まあ、あのリクレッサーに対してはそこまでの威力は必要ないですが。」
とメタトロンは過剰な攻撃だったという。
「そうですね。惜しむらくは発動までの時間が長すぎること、そして――。」
そこでウリエルは言葉を切ると、青い顔をして今にも倒れこみそうな愛梨を見て
「一発でガス欠になってしまう点でしょうか。」
と小さくこぼした。
そこまで聞いて俺にもわかってきた。未来にも言われていた通りでリクレッサーとの闘いは基本的に持久戦だ。その持久戦においてとても高い攻撃力があっても、一回しか攻撃できないと使い物にならない。なにせ、敵は数えきれないほどたくさんいるんだから。
「下位の天法でもいいのでもう少し短時間で、かつ天使パワーの消費を抑えられるといいですね。受けの方はうまくいっていたようですし。まあ本人次第ですが。
……さて、次はどちらが戦うんですか?ちょうど先ほどとは反対側から来てますが。」
総括のようなことをメタトロンが言っている。……え?今なんて?言われた方向を見てみると確かに黒い集団がこちらに迫ってきている。
「守君。次は私達がやりましょうか。」
希が弓を取り出しながらそう言ってくる。……やるか。
俺も刀を取り出す。そうだ、せっかくできるようになった斬撃を飛ばす奴をやってみたい。練習じゃ刀一本分くらいしか伸びなかったけど。
「そうだな。……よし、やるか!」
気合を入れるようにそう口に出して立ち上がった。
「では、作戦はいつも通りで。私が遠くの敵から倒していきますので、守君は近いほうからお願いします。」
「分かった。メタトロン、契約だ。加速だけ頼む。」
「分かりました。……できましたよ。」
よし、準備完了だな。ふっと前を見ると、リクレッサー達がそれなりに近い場所にまで来ている。数は15体ほど。……行けるな。頑張れば一人でも。思考加速も発動させておこう。
リクレッサー達に近づいていきながら刀を構える。そして少しづつ刀にデザイアを流し込んで――、刀身はまだギリギリ当たらないタイミングで振った。
「▲▲▲▲▲▲!?」
一番前を走っていたリクレッサーに空気の膜のような斬撃が飛び、当たった部分が抉れた。そして黒いもやを残して消える。……うん、練習通りにうまくいっている。あの感じだとやっぱり現在の射程は刀身の二倍か。この調子で行くぞー。
射程が伸びるだけでこんなに戦闘が楽になるとは……。俺がちょうど八体倒したところでリクレッサーの集団を全滅させることができた。まあ、つまりは七体を希が倒したってことなんだけど、その様子を見ることができるくらい余裕があった。何せそこまで近づかせないからね。希が放った矢は矢じりがついているだけじゃなかった。少しだけだったから見間違いかもしれないけど、軌道が若干途中で不自然に変わっていたような気もする。要はホーミング性能のようなものがついていた。……あれはすごいけど消費もでかそうだな。
まあとりあえず終わったからみんなの所に帰ろうか。
みんなの所に帰ると、ぐったりしている愛梨と一誠と希、少し呆然としている春と武に迎えられた。まあぐったりしている三人はしょうがないとしても、二人はどうしたんだろうか?
「どうした?二人ともそんな顔をして。」
「いや、だって絶対刀当たってなかったのにリクレッサーが切れてたっていうか……。」
「そうっすよ。しかも全然疲れてないみたいっすし。」
あー、なるほどね。確かにそれはそうか。確かにデザイアの体内濃度が上がって戦える時間が増えたし、斬撃を飛ばすのを見せたのは今回が初めてだしな。でも、これを教えていいものかどうかわからない。
「まあ、それはな。なんていうか……。」
「それは時間と量の差でしょう。」
メタトロンが俺の言葉を遮るようにそう言った。
「守が修練場で過ごした時間は一番長いでしょうし、裏世界でこなした戦闘の数も未来を除けば一番多いですよ。それに加えレヴィアタンという強敵とも戦っていますし。」
メタトロンも隠そうとしてるのか……?だとしたらそれに倣うか。
「そうなんすか?」
恐る恐るといった感じで聞いてくる春に
「確かにそうだな。修練場には暇があったら行ってるし、裏世界にも自由に言ってもよくなってからは毎日のように行ってたし。でもまあ、そこらへんは自分の天使と相談した方がいいぞ。そこらへんのことはお前達の天使が一番知ってるからな。」
と少しだけヒントをちりばめて答えた。最後のは本音だ。俺からメタトロンに言わなかったら体内濃度を上げるなんてことをしてくれなかっただろうしな。
「なるほど……。」
「天才は違う、ということか……。」
……天才、か。まあいいけどさ。確かに傍から見たらそう見えるんだろうけどさ。それはやっぱり違うよな。俺はただ自分がやるべきことを考えてそれのために行動を起こしているに過ぎないんだから。
「ッ!?」
なんだ?一瞬心の奥がゾワッとしたぞ。心の奥から手が伸びてきたような、そんな不快感がした。でもこれに似たような感覚を俺は知っている……?少なくともこれが初めてじゃない。
「守?大丈夫ですか?」
はっと声がした方を見ると、メタトロンが不思議そうな顔をしながら俺の方を見ていた。
「……いや、なんでもない。大丈夫だ。」
「そうですか。ならいいんですが。……二人とも、先ほどと同じ方向から来ていますよ。」
メタトロンの声で驚いたように準備を始める春と武。……うーん、二人は天使としっかり話したりしてるのか?仲良くしておかないとダメだと思うんだけどな。
「武、私がリクレッサーを抑えます。その間に力を貯めておいてくださいな。」
「任せろ、春。俺がしっかり倒しきってやる。」
「……来て。天秤の守護者」
春は手に持った天秤から二つの重りを取ると、そう呟きながらリクレッサーめがけて投げつけた。その重りは空中で形を大きな盾を持った騎士のそれへと変える。そして騎士は大盾をリクレッサーに向けて構える。
騎士の持った盾にリクレッサーの攻撃がぶつかり始めてから、今度は武が動いた。その手に天装をまとわせながら騎士の後ろに回る。安全かと思われるその場所だが、別に全然安全ではない。騎士の盾はただリクレッサーの攻撃を押しとどめるだけで、押し返したりはしていない。だから、今は大丈夫でも崩れるのは時間の問題だろう。
すると案の定騎士が攻撃に耐えきれなくなり、その体勢を崩しかける。今は何とか体勢を整えたものの、次はないだろう。
その時、とうとう武が口を開いた。
「行くぞ!全てを我が血肉に!」
直後、武の体に燃え上がるような赤いオーラが立ち昇った。そして拳を構えて、騎士の脇を通り過ぎながら
「くたばれっ!!」
と、ものすごい暴言を吐きながら拳をリクレッサーめがけてたたきつけた。その拳を食らったリクレッサーは後方に勢いよく吹き飛ばされる。その途中で姿をもやに変えた。
それに目もくれずに、武は乱戦を繰り広げる。手当たり次第に拳を振るい、その雑に見える一撃は確実にリクレッサーを葬り去る。
10体ほどの小さい集団であったが、全滅するまで1分と持たなかった。
武は倒しきると、その赤いオーラを消して俺たちのいる方に向かって歩いてきた。その途中で膝をついている春に声をかける。
「春、大丈夫か?」
「……大丈夫。ただ疲れただけだから。」
ふむ。見た感じあの騎士を操っていたのが春なのか。だから攻撃は受けずとも大変だったと。それに対し、武は肩で息をしているが普通に歩いている。まああれだけ派手に暴れたら疲れるわな。
春が武に手を借りて立ち上がると、俺たちの方に歩いてくる。二人が俺たちの前につくと、
「ふう、皆互いの戦いが見れたね。」
「もうここにいる理由がないから、帰って話し合おうか。」
と愛梨と一誠が声を発した。
……うーん、やっぱりなんか気持ち悪いな。
一誠の天使、カマエルの開いた扉を通りながらそう感じた。
次話、24日投稿予定です。




