契約天使 メタトロン
「さあ、私の依り代になってください。」
目の前に浮いている天使が絹のような白髪をなびかせ、白翼をその背に背負い、きれいな空色の瞳で俺のことをまっすぐ見てくる。年齢は見た感じ14、5歳といったところで、まだその顔や仕草に幼げな所が残っている。でも、少し透き通ってるような気がする。
うん、普通にかわいい。
「はあ、まずこの状況について説明してもらっても?」
そう、この天使が現れてから世界の根本的な何かが変わったのだ。世界から色がなくなりモノクロ世界に変わった。それだけでなく、時間も止まっているようで空を飛んでいる鳥が不正全な恰好で止まっている。
そこを指摘すると、その天使は僕に向かって手を差し出した格好で固まって、パッと後ろを振り返って
「あ、あれ?おかしいな。話が違いますよ。
こんなかわいい天使様の頼みならだれでも二つ返事で聞いてくれるはずなんですが。」
とかぼそぼそとつぶやいていた。あ、翼も揺れるんだ。
いやめちゃくちゃ聞こえてるんだけど。しかも、自分で自分のことかわいいとか言っちゃうのかよ。
確かにかわいいけどさ。……いや別にロリコンとかではないけど。
しょうがないな。聞こえなかったふりしてあげるか。
「え?何だって?」
「あっと、なんでもないですよ。」
少し慌てたように、こちらを振り返る天使。あ、かわいい。
「こほん、では気を取り直して。
まずこの状況についてですね。
もう気づいているかもしれませんが、今世界の時間が止まっています。正確には、私が止めているんですが、そこは今は関係ありません。で、止めている理由ですが……」
そこで天使は言葉を区切ると、一度くるっと回ってこちらの方に手を差し出しながら
「依り代になってくれそうな人を探していたんです。そして私にとっての依り代があなただったんですよ!分かりましたか!?」
と、胸を張って自信満々に言い放った。うん、そんな天使もかわいい。
いやそれはいまどうでもよくて、
「うーん、全然わからん。つまり、天使様は依り代っていうのを探していて、それが何故だか知らんが俺だと。」
「そうです、そうです。私の依り代になってくれますよね!?」
おお、押しが強いな。それに近い近い。男子高生にそれはきついものがあります。
こんな暑かったっけ?顔だけが熱中症になりそう。
「わ、わかったよ。俺はあんたの依り代になって何すればいいんだ?」
そう天使に聞くと、天使は心底どうでも言いたげに
「あー、そうですね。なんでもいいんじゃないですか?
私は天使としての体をなくしちゃったので、人の体を依り代にしないと生きえることができないので依り代になってほしいですね。その対価に私は私の天使としての力をあなたに貸してあげます。それをどう使おうがあなたの自由です。
ただ――。
これから、そう遠くない内にこの世界に未曾有の危機が訪れます。言い換えるなら人類の危機ってやつです。そして私達の天使の力だけがそれに対抗できます。なので、あなたにもし守りたい人がいたら優先的に守れますよ?」
「なるほど……。条件的には悪くない、か。」
思わずそう答えてしまって、その直後しまったと思った。
「おおー!よかったです!
こんなにかわいい私の頼みに頷いてくれなかった時は、もしかして不感症か、とも思いましたがそんなことはありませんでした。あなたはやっぱり私の依り代です!
ではでは、儀式を始めちゃいましょう!」
俺の答えを聞いた天使が怒涛の勢いで話を進めていく。いやちょっと待て、不感症ってなんだ、不感症って。
「ちょっと待……。」
「待ちません!これ以上時間を止めているとエネルギー切れになっちゃうので!
話は儀式の後でお願いします!」
えー……。エネルギー切れってなんだよ……。
そんな風に俺が内心で突っ込んでいる間にも、天使は作業を進めているようだ。
地面にどこから取り出したのか、ペンのようなもので魔法陣みたいなものを描いて、これまたどこから取り出したのか、その魔法陣のところどころに何枚かの紙を置いて短剣でそれを突き刺して地面に固定し、そして最後に日本刀のようなものを取り出した。
「さあさあ、この魔法陣の上に乗ってください。儀式を始めますよ。」
「おう、すごい手際だな……。」
そう呟きながら魔法陣の上に乗る。
「凄いでしょう?これは何回も練習したんですよ!
――では始める。この刀を持て。」
天使の雰囲気ががらりと変わり、先ほどよりも幾分低い威厳を感じさせる声で話しかけながら、俺に向かって刀を差しだした。
その刀は俺が持つと白い光を放ち始めた。するとその白い光に呼応するように魔法陣も光り始めた。
「汝、九条守。汝は我、天使メタトロンの依り代になると誓うか?」
「あ、ああ、誓おう。」
「では、その刀で我のことを突き刺せ。
それをもって汝は天使メタトロンの依り代になり、儀式の成立とする。」
え?今突き刺せって言った?
ちょっと待てちょっと待て、それは大丈夫なのか?
いや、天使が言うんだから大丈夫なのだろう。でも、抵抗感がすごい。
刺しても大丈夫だとしてもやっぱり気が引けてきてしまう。
「さあ、ためらうな。この儀式が始まってからこの体は崩れ始めている。
急がねば、手遅れになるぞ?」
言われて見てみると、確かに天使の体が少しずつ端の方から光の粒子を放ちながら削れていっている。……これは急いだほうがいいな。
「……分かった。じゃあ行くぞ。」
刀を天使の胸元あたりに添えて、一気に力を入れて突き刺した。
でも不思議と抵抗感はなく、すっと入っていった。
すると、突き刺した刀に天使の体が光の粒子に変わりながら吸い込まれていく。
そして刀を通じてその粒子が俺の体内に入っていき、心臓の上あたりでたまっていく。
「感謝するぞ、九条守。これで、全員の天使が依り代を得ることができた。」
そう少し微笑み言い残すと、天使はその体をすべて粒子に変えて俺の体の中に入っていった。そして役割を果たした刀も天使と同様に光の粒子に変わり俺の体の中に入ってきた。
それと同時に儀式に使われていた魔法陣が色を失い、端の方から灰になって風に巻き上げられて消えていった。
空が色を取り戻し、時間の流れが戻っていく。
……なんかあっという間だったっていうか、突然すぎて実感が持てないな。
ん?全員の天使が依り代を得られたって言った?ってことは、他にも天使がいるってことか?
まあ、それはともかく
「これでよかったのか?天使。……いや、確かメタトロン、だったか。」
ちょっと感傷的にそう呟くと、
「よかったですよ。本当にありがとうございます。」
と聞こえるはずのない声が聞こえてきた。最初の時みたいに頭の直接とかってわけでは無く、ただ普通に耳から聞こえた。
え?さっき俺の体の中に消えていかなかったか?なんで声が聞こえるんだ?
いや、それよりもしかしなくてもさっきの聞かれたか?
「それはあなたが私の依り代として儀式が成立したからですよ。
私はあなたの体の中にいるので、こちらの世界に出てくることができるようになったんですよ。」
また聞こえてきた。
後ろを振り返ると、先ほど刀で突き刺したはずの天使が浮かんでいた。でもその体は先ほどとは違いしっかりと実体を持ち、その頭上には薄灰色の光輪が浮かんでいる。
「さて、さっきは焦っていたので説明を少し省略しましたが、もう儀式も終わって安定しているのでゆっくり説明できます。最初に一通り説明しますね。
まず、先ほど話した人類の危機について話しましょうか。
ここで重要なのは世界の危機でもこの星の危機でもなく、人類の危機であるということですね。
これから数か月後、人類は裏世界というべきところから攻撃を受けます。
その対抗手段になりえるのが私達の天使の力です。なぜかというと、天使の力なしでは攻撃されていると気づくこともできないですからね。なので、もし戦うなら彼らの侵攻が始まる前に天使の力を使いこなせるように練習しておくことを勧めておきます。
次に、私達天使のことについて説明しましょう。私達といった通りに、天使は私一人だけではありません。合計で現在8人いて、それぞれの天使には神性があります。例えば、正義、慈愛、誠実とかですね。それぞれに合わせた能力をその依り代は使えるようになります。で、それを使えば彼らから人類を守れますよ。
……さて、これで私からの説明は以上です。あとは天使長に任せます。」
おいおい、またいきなり話始めたな。しかも間髪入れないで。
それにこの天使が言ってることが正しいとするとそこまで時間が残っていないってことになるんだけど。天使の力の使い方とかなんも知らない状態からたった数か月でどうにかなるものなのか?
「……そうか。よくわからん事が多いが、とりあえずよろしくな。
俺は九条守だ。好きなように呼んでくれ。」
「はいよろしくお願いしますね。ええと、では守?
私は契約の天使メタトロンです。メタちゃんでも、トロンちゃんでもいいですよ。」
メタちゃん?トロンちゃん?どっちも無理だな。そんな風に呼ぶとか羞恥心で死んでしまう。
「メタトロン……、でいいか?」
「しょうがないですね。それで構いませんよ。
私は普段あなたの中にいるので、私を呼びたいときはそう呼びかけてください。」
内心少しホッとする。もし、メタちゃんじゃないとだめとか言われたら、人前じゃ絶対呼べない。
「で、俺は具体的に何ができるようになったんだ?」
「え?……ああ、ギフトに話ですね。
それは文字通りの契約です。双方の合意なしには絶対に破棄できませんが。
例えば、私に何かくれたらあなたに力をどれくらい貸す、みたいな。
まあ、あなたは私の依り代なのでそんなことしなくても力は貸しますよ。」
……それって結構使い勝手がいいんじゃないか?
「……それは……。」
――全天使の儀式の完了を確認した。では、“集合”――
メタトロンに質問しようとしたとき、突然そんな少し高いが十分に威厳のある声が頭の中に響いた。儀式の途中でメタトロンから聞こえた声とまったく同じ威厳を感じた。
次の瞬間、視界が光に包まれた。