事の顛末
ミカエルに私達はここに残るといわれ、俺たちだけ現実世界に帰らされた。気が付くと未来の家のリビングに立っていた。起きてすぐにミカエルに連れていかれたから気づかなかったけど、そこに未来と希がソファーで倒れていた。
希はまだしも、未来も倒れてる?もしかして未来がレヴィアタンを倒してくれたの?俺は途中で意識を失ったみたいで何も覚えていないんだよ。……ああ、メタトロンに聞けば分かるか。ちょうど今誰もいないし出てきてもらおう。
「メタトロン。出てきて。」
俺のつぶやきに呼応するように、光の粒子が俺の体から出ていって天使の形に固まった。
「さっきぶりですね、守。どうしたんですか?」
「いや、レヴィアタンとの闘いの最後を聞きたくてさ。俺途中から意識なかったみたいで覚えてないから。」
メタトロンは一瞬キョトンとした表情を見せたもののすぐに口を開いた。
「あー、それはですね。私もよく覚えていないんですよ。確か外部からの攻撃で結界が壊れると同時にレヴィアタンが依り代の彼を連れてどこかに転移したのはおぼろげながら覚えているんですが。」
「つまり結界は破壊されたけど、それが誰の攻撃かは分からない、と。」
「そうですね。守の中にいる間は守が知覚したことしか分かりませんからね。」
「あー、前にも言ってたな。じゃ未来が起きてきたら聞くか。」
それにしてもあの結界を壊したのか。直感でどうにもならないことが分かってたから壊そうとかはあんまり考えなかったけど、もし壊そうとしてたとしても俺が全力を出しても無理だっただろう。だからそれを壊せるって言ったらミカエルか未来だけ。起きるまで待ってみますか。
さて、その間にさっきミカエルから聞いた話を整理しておかないとな。斬られてまだ治らない右腕を眺めながら思考を巡らせる。
まず、このままいくと封印されている運命の女神フォルティアが敵であるということ。そしてもし封印が解けたら誰の手にも負えなくなるであろうこと。何せ度々仲たがいしていたとはいえ、最後は二柱の神は協力したはずだし、それでも封印しかできていない。しかも神自身は消滅したっていうし。
となるとレヴィアタンはまずその封印を解こうとするだろう。何せ封印を解いてしまえばそれだけでチェックメイト。人類は滅亡する。女神以外の封印でも厄介だろう。これからも俺たちも強くなって、次第に戦えるようになるとしても敵は少ないほうがいい。
……強くなる、か。どうすればいいんだろうな。
「メタトロン、強くなるにはどうすればいいんだ?」
多分初めてこんな漠然とした質問をした。これまでも自身の無力さを実感する経験はいくつかしてきたけど、こんな質問はしてこなかった。時間を探して裏世界に行って戦闘の経験を積んだり、はたまた今度は刀の使い方そのものを教わったりした。でも、それだけじゃもう足りない。そんな段階に来ているような気がする。契約の三枠目もそうだけど、もっとデザイアとか神性とかの使い方をしっかり知らないといけないと思う。
「強くなる、ですか。それは人としての運動機能や経験ではなく、依り代としてもっとたくさんの力を使えるようになりたい、ということですか?」
「そうだ。レヴィアタンと戦って分かった。確かにこれからも刀を振り続ければ強くなるだろう。実戦経験を積めば慣れてくるだろう。でも、それじゃ足りないんだ。絶対的な火力も、攻撃手段も。」
結界が張られる前のあの時、俺に向かって飛んできたオーラを切り裂くことができていれば即座に勝負がついていた。それに未来が前見せてくれたように斬撃を飛ばすことができれば攻撃を放てる範囲が増えるし、何より攻撃手段が増える。バレーボールみたいな一人時間差みたいな攻撃もできるかもしれない。
「……確かにそろそろいいかもしれませんね。分かりました、教えましょう。
そもそもとして守たち依り代は私達天使が右胸の神臓を通して供給する天使パワーを使って戦っています。その身体濃度はだいたい5%。これは守の体の5%が人では無くなっているということでもあります。
この濃度を上げればすべての能力が向上します。当然攻撃力も、移動速度も。それこそこの濃度を上げれば斬撃も飛ばせるようになるでしょう。」
「じゃあ、早くそれを!」
「ただし!当然デメリットもあります。
レヴィアタンの依り代になった彼のことを思い出してください。いきなり大量のエネルギーを体に受け入れてしまうと、体がそれにのまれてしまい変形します。彼は悪魔のような見た目になったでしょう?おそらく守の場合は天使のような見た目になるでしょうね。そして外見だけではなく、性格にも影響が出てきます。冷酷に、残忍に、冷徹に。ただひたすら人類の敵であるリクレッサーを殺戮しまくる化け物になります。」
「……。」
脳裏に嫉妬に憑りつかれた松下君の顔が浮かぶ。その額に角が生え、常に苦しそうな顔をしていた松下君が。
……でも、
「頼む。やってくれ。次戦う時にはもっと強くなっている。今度こそ太刀打ちできなくなってしまう。」
「そうですよねー。まあ、分かりました。パパッとやっちゃいますか。」
聞く前から答えを知っていたかのようにメタトロンはおざなりに返事をしてくる。そして俺の右胸に手のひらを当てた。
「神臓を少しだけ大きくします。そうすれば天使パワーの身体濃度が上がります。まあ5%から10%に上げておきます。それがおそらく今の限界です。」
メタトロンの言葉の後に体が突然熱くなり、意識が朦朧としてきた。多分体温計を差せば40度を軽く超えるだろう。勢いよく壁に背中をぶつけた。
「はーい、少し休んでくださいね。体の構造が今変わっている最中なので寝ていたほうがいいです。当然私も寝ます。ではおやすみなさい。」
そんな声と共に俺の中に戻ってくるメタトロンをボーっと眺めながら眠りについた。
気が付くと、俺はどこかに立っていた。目は見えないし、耳も聞こえない。でも確かに立っているという感覚がある。
そんな感覚に恐怖を感じて、声を出してみた。
「―――。――?」
声が出ない……?どういうことだ?ますますどういうことかわからない。そ、そうだ。とりあえずメタトロンに声をかけよう。メタトロンなら俺の中にいるし、何か知ってるかもしれない。
『メタトロン、いるか?』
返事はない。ただ、俺の頭の中で自分の声が響くだけだった。絶対にいるはずのメタトロンもいないという初めてのことに頭が混乱する。
落ち着け。こういう時こそ冷静に現状の把握をしなければ。
まず俺はメタトロンにデザイアの体内濃度を上げるために神臓を大きくしてもらった。そうしたら体が熱くなって、強烈な眠気にも襲われて、そのまま眠りについた。そうここまではいい。
で、今立っている場所はあまりに特殊すぎる環境だ。光もなければ空気もない。だって声が出せなかったからね。それなのに意識ははっきりとしている。こんな環境を現代の科学技術で作れない。仮に真空状態の部屋を作れたとしてもその中に入れられた瞬間俺は死ぬだろう。となると、やはりこれも天使関連だろう。
……唯一感覚のある足だけでも動かしてみようか。そうじゃないとらちが明かないし。
恐る恐る一歩前に踏み出してみる。すると、その一歩で世界が変わった。目の中に光が飛び込み、今いる場所の情報を伝えてくれる。
部屋の中心に一つの机と二脚の椅子があって、その机の上にはアフタヌーンティーセットみたいなお菓子と紅茶のポットが置かれている。そして天井に電球の類のものはないが、なぜか発行している。
――おや、起きたようですね。――
周囲を観察していると、不意に頭の中に声が響いた。後ろを振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。おそらく20代前半くらいの清楚っぽい女性が。
――どうぞ椅子に座ってください。あなたにお話ししなければならないことがあります。――
次の瞬間には俺は椅子に座っていて、向かいの椅子にはその女性が座っていた。
え?移動した記憶がないんだけど。
――私は予言の巫女をしております、カグヤと申します。どうぞお見知りおきを、依り代の九条守さん。――
ええ?名前も言ったっけ?言ってないのになんで知ってるんだ?
――さて、今日お呼び立てしたのは他でもなく、あなたたちに脅威が迫っているからです。私には4つの黒い星があなたたちに襲い掛かる様子が見えました。おそらく4人の使徒があなたたちの前に立ちふさがるでしょう。気を付けることです。――
4人の敵?まさか4人も最上位魔性が復活するっていうことか?だとしたら本格的にまずいことになる。対等に戦えるのが二人しかいない。……いや、俺だって戦える。そのためにさっきメタトロンに神臓を大きくしてもらったんだから。って言ってもまだわからないから、これから修練場にでも行こうかな。
――さて、お伝えすることはしました。あとはお茶でも飲んでいってください。――
コポコポとカップに注がれていく紅茶は虹色という飲み物にしては若干飲みたくなくなるような色をしていたが、とても匂いがよく俺の目はそのカップにくぎ付けになった。
――さあ、どうぞ。――
俺の目の前にそっと音もなく置かれたカップを言われるがままに持ち上げ、口に運んだ。
その虹色の液体は表現できないような味だった。甘い、苦い、辛いとかっていう概念ではなく、ただ口の中では幸福感が広がる。そしてそのまま意識も呑まれていき……。
――また、いつか会えることを楽しみにしていますね。――
最後にそんな声が聞こえた気がする。
「……て。……きて。…………起きて!」
そんな声と頬に走る衝撃で再び意識が浮上した。目の前には未来が立っていて、俺の頬を連続でビンタしてきていたようだ。
「起きた?」
「……ああ、起きた。」
「なんで立ったまま寝てるの?」
「え?立ったまま?」
そこで自分の状態をようやく把握した。そうじゃん、俺壁に寄りかかったまま意識失っちゃったんだ。
「……そんなに疲れてたの?」
未来の心配そうな声が俺の耳に届いた。
「いや、そんなことはないんだが……。そう言えば、未来があの結界を壊してくれたのか?」
そうそう、未来が起きてきたら聞こうと思ってたんだ。あの時未来が結界を壊してくれていたのであれば、どうやって壊したのかを聞きたいし。それに戦い方とかについても聞きたい。
「一応そう。私がその結界を壊したのは確か。」
「そうなのか!」
「でも、私だけじゃダメだった。希が時間を稼いでくれなかったら力がたまらなかったし、ミカエルが居なかったら結界を壊したところで意識を失っていた私達は近くにわいたリクレッサーに殺されるところだったし。」
未来の顔には大きな後悔のようなものが浮かんでいて、お礼を言えるような雰囲気ではなかった。
「もっと強くならないと。……修練場に行ってくる。」
そう言うと踵を返して修練場に向かう魔法陣に向かって歩いて行く。あまりに自然な行動に一瞬思考が固まったものの、すぐにその小さな背中に声をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。」
「……何?時間が惜しいんだけど。」
こちらを振り返った未来の瞳をまっすぐに見つめて、頭を下げながら
「俺に、戦い方を教えてくれないか?どうやれば未来みたいに天使の力を使えるようになるのか、教えてください。」
と頼んだ。
未来が驚いている気配がする。
「もっと強くならないといけないんだ。じゃないとこれからも戦いのたびに血を吐いて意識を失うことになる。それにもうレヴィアタンなんて化け物まで出てきているんだ。なのに俺はレヴィアタンに手も足も出なかった。もう負けるわけにはいかない。……だから、俺に戦い方を教えてください。」
次話11日の予定です。お願いします。




