2章 エピローグ
二章完結!!
「あまり離れすぎるなよ。そこらへんにいるのですら中位魔性くらい強いからな。」
「わ、分かりました。」
今俺はミカエルに連れられて深淵というところに来ている。
レヴィアタンとの戦闘の後、未来の家のリビングで目を覚ました俺は目の前に立っていたミカエルに追加任務を言い渡されて、休息を挟む時間もなしに深淵に連れていかれた。なんでも、浅層のどこかにある魔法陣から深淵に移動することができるらしい。その所在については残念ながら教えてくれなかったけれども。
ミカエルが作り出した魔法陣が光を放つと、次の瞬間には俺たちは漆黒の巨大な城の近くに立っていた。西洋風のその城は一際大きい本丸とでもいえるような背の高い建物が中心に立ち、周囲を見渡すとそれを囲うように七つの塔が屹立している。俺たちはその一番大きな城の前に立っている。
ミカエルとその依り代の少女はこちらを見向きもせずにスタスタと城に向かって歩き始めた。その後を慌てて俺とメタトロンは追いかける。
「追加任務の内容ってなんなんですか?」
目の前で歩く速度を変えずに大剣を振り回している少女とミカエルに声をかける。実際、俺たちは追加任務だってことだけを伝えられたから何をするのかは全く聞かされていない。
そんな俺の言葉にもミカエルはちらっとこちらを見て
「今ある場所に向かっている。そこに付いたら詳細を話そう。今はただついてきてくれ。」
と言うだけだった。
俺とメタトロンは結局何もわからないままただただついていくことしかできなかった。でも、ただついていくって言ってもそれなりに危機感があるんだけどね。今城に着くまでの庭を歩いているわけだけど、至る所から敵が飛び出してくるわけだし。通り道から出てくるのは当然として、背の丈ほどもある謎の植物をかき分けて突進してきたり、空からすさまじい勢いで落ちてきたりするんだよ?しかもそれらは見た目こそ小柄だけどミカエルの話だとディアボロスくらい強いっていうし。だから出てくるたびに口から悲鳴がこぼれちまうね。やつらの攻撃もそれを倒している依り代の少女の攻撃も見えないし。
俺はただひたすらビクビクしながら歩いてると、突然前を歩いていた二人が足を止めた。視線を上げるとそこには黒い城壁とそこについている大きな扉があった。
「ついたぞ。」
その大きな扉を少女とミカエルが押すと、ゆっくりと開かれていく。おお、とうとう城内に入るのか。よくあるファンタジーの魔王城みたいな感じなのかな?それとも本当の西洋式の様式なのかな?別に城に興味があるとかっていうわけでは無いけど、初めて来るところだからね、それなりに楽しみではある。
「入れ。中にはあいつらは入ってこないから安心しろ。」
ミカエルに案内されて城内に入ると、そこに光源はなく真っ暗だった。しかし、扉がゆっくりしまると同時に壁が発光して城内を照らす。壁には無数の光る点があって、それが絶えず動き回っている。でも、その光点は一定周期で黒く染まるから、部屋が明るくなったり暗くなったりを繰り返している。
そこは隠し部屋のような場所のようで、入ってきた扉以外に出入りができるようなものはなかった。そしてその部屋の中央には石碑のようなものが立っている。
「ここは……?」
「ここは私が私の神性で見つけた場所だ。リクレッサーすべてにつながり、観測できる場所だ。」
観測……?っていうことはもしかして……。
「そうだ。壁に走っている光点はすべてリクレッサーで、壁は裏世界の地図そのものだ。
そしてその中心にあるあの石碑こそが前に話した最上位魔性が解き放たれたと断言した時の証拠だ。まあ構造上、サタンと上位魔性の居場所は分からないのだがな。」
そこまで言うと、ミカエルは俺たちの方を振り返った。
「では、追加任務の詳細について話そう。まあ立ち話もなんだ、座れ。」
ミカエルが指を鳴らすと、どこからかあの浮く椅子が二脚現れた。そして片方に依り代の少女は当然のように座る。俺は多少戸惑いながら片方の椅子に座って、そんな俺の肩にメタトロンが腰を掛けた。
「任務の内容はそこまで難しいものじゃない。ただ、ここで話すことを忘れないで覚えておくこと。――そして、ここで知ったことを誰にも話してはならないということ。」
?つまりどういうことだ?ただ俺は知っておけばいいのか?でも必要な情報なら他の皆も知っておくべきなんじゃないか?
同じ疑問を抱いたのか、メタトロンが口を開く。
「ちょっと待ってください。それは私達天使にもですか?」
「ああ、だからメタトロン。お前も誰にも話してはいけないぞ。」
「つまり、あなたは私達でさえ知りえないことを知っているということですか?だとしたらどうやってそれを知ったんですか?私達天使の知識は共通のはずですが。たとえ更新されたとしても、知ろうと思えば知ることができるはずです。」
「まあ、落ち着け。そこらへんもしっかり説明してやる。
まず、お前達二人に私のギフトについて話さねばならないな。私のギフトは名を“叡智”という。様々なことを知れる能力だと思ってくれて構わない。
だが、私は天使長だ。お前達の上に立つものだ。だから多少の制限をしようと思えばできるのだ。」
なるほど、確かに天使長であれば普通の天使よりも力が強いことは想像に難くない。だとしても今度はまた別の疑問が出てくるけど。
「さて、前提も話したところで本題だ。ここから先は誰にも知られてはならない。
まず、この石碑だ。見た感じでいい、どんなことがわかる?」
え、見た感じで?だとしたら俺の握りこぶしくらいの大きさがある宝石があって、その下にそれよりも小さい中ぐらいの宝石が七つ、そしてその中ぐらいの宝石の下にも小さい宝石がそれぞれ三つずつある、っていう感じか?
ん?宝石の数は中ぐらいのが七つで、小さいのが二十一個あるってことで、その数は……。
「……中ぐらいの宝石の数が最上位魔性と、小さい宝石の数が上位魔性の数と一致しますね。……もっとも、ミカエルが知り得る情報のすべてをまだ話していなかったら違うでしょうが。」
「まあ、そう不貞腐れるな。知っていいことと知ってはいけないことがあるのは分かるだろう?
さて、そうだな。数としてはサタンのデヴィルの数と一致する。……正解だ。加えると一つを除いてその周囲に魔法陣があるが、それがあれば封印されているということだ。それ以外には?」
ああ、じゃああの一つが指し示しているのがレヴィアタンってことか。
……一番上の宝石は中まで透き通っていて、片時も黒く染まらないけど、それ以外の宝石は程度の差こそあれ必ず定期的に黒くなることか?……いや、まずそもそも一番上の宝石はなんだ?サタンが一番上じゃなかったのか?
「一番上の宝石は何を表しているのかが不明、とかですか?」
「その通り。私の以前の話だと、サタンが人類滅亡の主犯格のように聞こえただろう?……だが、実際はそうではないのだ。この一番上で光り輝いている宝石が示す存在こそが人類滅亡を主導しているのだ。
では、一体この宝石が何を表しているのか?……古き神のうちの一柱にして運命を司る女神。その名をフォルティア様という。」
……え?運命の女神様が敵?あの老人の話を聞いたときから何となく想像していたけど、やっぱり今の人間は、俺は生きることを神様に望まれていない?……でもそれでもいいか。別に死ぬ理由がないから死んでいなかったけど、同じくらい生きる理由もないし。父さんと母さんとの約束は自分でやることを決めろ、そして決めたことは最後までやりきれ、だったからな。……あれ?おかしいな。だとしたら俺ってもしかして……。
「ミカエル待って。突然そんなこと言われてもわからない。しっかり神話から説明してあげて。」
俺が呆然としている理由を勘違いした依り代の少女がミカエルに向かって話しかけた。まあ実際ほとんど知らないから教えてくれるならありがたいんだけどね。
「ん?ああ、そうか。まだそこを話していなかったな。
では、昔話をするとしよう。これは人が生まれる前、この世界が創られたときの話だ。いわゆる創成期だな。
この世界は三柱の神によって作られた。全能の女神ヘスティア様、全知の女神ミネルヴァ様、そして運命の女神フォルティア様だ。この三柱の神はこの世界を作ると同時に必要な物をすべて作り出した。ミネルヴァ様が知恵を出し、ヘスティア様がそれを実行し、フォルティア様がその状態が維持されるように運命を定めた。その結果この世界はすべての生命体にとって優しい世界となった。時間は生物が活動する昼と休息する夜に分けられ、空には常に雲一つなく、それなのに定期的に雨が降った。絶えず植物は実を付け、人を含め動物はそれを享受していた。誰もが幸福に満ち満ちていた、文字通りの理想郷。私もその監視者として世界を見回ったものだ。笑顔の絶えない人の姿、命の危機を感じることなくのびのびと暮らす動物たち、美味しい実を揺らす植物の様子を。現に老衰以外の死因がなかったのだからな。神々を含め誰もが永遠に続いてほしいと願っていたし、実際そうなるはずだった。……あの時までは。」
そこまで話すとミカエルは一旦話を切った。そして一度大きく息を吐くとその口を開いた。
「運命の女神であるフォルティア様が突然現状に異を唱えたのだ。このままではダメだと、優しいことと甘いことは違うと。もっと厳しい環境にするべきだと。それを聞いたヘスティア様とミネルヴァ様は驚いたものの理解も示した。確かにいつ私達がいなくなるかわからないのだから、少しくらい厳しくしてもいいだろうと。二柱の神様はフォルティア様に現状の変更を任せた。
フォルティア様は現状維持に固定していた運命を解いた。昼夜の時間が日によって変わるようになり、空にも雲が現れるようになった。当然天気も不規則になった。しかし、フォルティア様はそれでもまだ甘すぎるとして、今度は少しずつ悪くなるように運命を変更した。日を追うごとに過酷になっていく環境に当時の理想郷の住人はついていけなかった。毎日のように三柱の住居である神殿に通い救いを求めたが、三柱はお前達のためだとして聞き入れなかった。
その結果、ヘスティア様とミネルヴァ様が気づいたときにはもう手遅れになっていた。世界に異形の生物が跋扈するようになり、彼らはこの世界に住む動植物を食い荒らしていた。人は生き残るのに必死で、草木の幹や根を食べて飢えをしのぎ、武器とも思えない木の棒を男が握りしめ異形の生物の戦っていた。当然二柱の神様は即座にやめるようにフォルティア様に迫った。だが、フォルティア様はこれでもまだダメだといい、運命をもっと悪化する方向に変えた。そして二柱の女神に告げたのだ。
――どうにかしたければ私を倒して見せろ、と。そうすれば運命を元通りに戻してやると。
こうして神話の時代の最初で最後の大戦争、開闢戦争が始まった。
神々はそれぞれが七人の配下を持っていた。神々は自身は当然としてその配下も戦闘に加わりこの世界は地獄と化した。神々が腕を振るえば地が裂け、蹴りを放てば山が崩れ空が割れた。だが、神々からあふれ出た大量の力が世界に影響を及ぼし、破壊されるそばから修復されていった。
当初こそ、ヘスティア様とミネルヴァ様は手を組み戦争を優勢に進めていた。だが、フォルティア様は運命の女神だ。運命を操り、何度も仲たがいをさせた。その結果、すぐ終わるはずであった戦争はとてつもなく長引き、人類を含めすべての生命体が絶滅の危機に陥った。それに気づいた神々の配下計二十一人のうち七人がこの世界に生きる生命体を助けるために動き始めた。
それでももう無理だと限界を感じさじを投げそうになった時、戦争が唐突に終わった。二柱の神様の消滅と一柱の神の封印、七人の配下の死亡と七人の配下の封印という大量のものを失ってな。その時人が感じたことは一体何だっただろう。戦争なんてものを始めた神々への怒りかもしれんし、虚しさかもしれん。だが、共通して確信した。これからは神々の力なしで生きていかねばならぬと。
こんな感じか。
……こんな話聞かせられないだろう?お前達人類のためを思って戦った神様が敵だったなんて。」
ミカエルの声が寂しげに響いた。
次話から3章です。3章の主役は小野寺兄妹の予定です。
八日までに投稿します。よろしくお願いします。




