罪性 ”嫉妬”
遅刻しました。
すいません。
……なんでだ?俺の刀は確かにレヴィアタンを攻撃したはず。間違っても自分にその攻撃が向くはずがない。
切断部分よりも少し上を左手で少し強めに掴んで心程度の止血をして、意識が飛んでしまうほどの痛みに歯を食いしばって耐えながら現状を整理する。頭の中ではメタトロンの泣きそうな声が痛いほど響く。
まず、俺が放った九三郎に教わった剣技は確かにレヴィアタンの右腕に当たった。その手ごたえもあったし、実際レヴィアタンの右腕もない。そしてその時レヴィアタンは反撃できるような体勢ではなかったし、拳での攻撃でこんな風に腕を切断されるはずもない。
「ふふ、やるな。まさかお前がそんな芸当をできるとはな。読めなかったぞ。
……だが、残念だったな。先に手を打ってあったあたしの勝ちだ。」
レヴィアタンが疲れたような声で俺に話しかけてくる。俺はあまりの激痛に身動きができないから、右腕を掴んでうずくまりながら視線をレヴィアタンに向けた。レヴィアタンは右腕から黒いもやを流しながら、疲労困憊といった様子で立っていた。
「あたしの罪性“嫉妬”にはな、受けた攻撃を相手にもそっくりそのまま返すというものもあるんだよ。だからお前があたしの右腕を斬り落としたことで、お前の右腕も落ちたっていうことだ。……はぁ、はぁ、危なかった。危うく結界が崩れてしまうところだった。」
レヴィアタンは切断された右腕を部分に緑色のオーラを集中させると、そこから漏れ出ていた黒いもやが止まった。そして俺に初めて憐憫のような感情を目に浮かべて話しかけてくる。
そうだ、結界がまだ壊れていない。っていうことはまだ足りなかったのか……。
「……ようやく終わりだな。もう動けないだろう。いや、もう動くな。確かにあたしたちが勝てば人類の大半が死に絶えることになるだろう。だが、今の人間たちがお前に何をしてくれたんだ?お前が今こんな苦しんでいる間にもあいつらはただのほほんと暮らしているだけだぞ?」
こちらに近づく足音と共に少し優し気な声音が俺の耳に入ってくる。
「いいか?お前達は被害者なんだよ。後ろで倒れてるあたしのコマもな。人間社会っていうクソみたいなもののな。そもそもそんなやつじゃねぇとあたしたち悪魔も天使共も依り代にできないんだよ。」
……。
「もういいじゃねぇか。もうしまえよ、その刀を。もう抵抗するな。お前に何もしてくれなかった人間社会なんてものにもう義理立てする必要はないだろう?」
……うるさい。
「あたしには見える。お前が人間社会でどんな目にあってきたのか。……正直同情に値するほどの仕打ちだ。天才と呼ばれたくもないのに呼ばれ、いつしかお前は名前ではなく天才と呼ばれるようになった。その名前から始まった排斥は加速していつしかお前はいじめられるようになった。その時にはもうお前の味方だった両親はいなくて、教師すら敵に回ってしまったお前は孤独になってしまった。」
……うるさい、うるさい。
「中学入学後にもそれが続いて、それどころかいじめはもっとエスカレートした。ありもしない嘘をでっちあげられ金銭を要求されたり、果てには……。
もういいだろう。今になってようやく我らが主がしたことが理解できた。言われたときには全く理解できなくて酷なことをするものだと思ったが、つまり主はあたしたちにお前達のような被害者を救えということを言いたかったのだな。」
「うるさいッ!」
その声は自分でも驚くほどしわがれていた。そしてその声で何かが俺の中で決定的に変わった。
「俺は天才だぞ?誰にも頼らないし、誰にも媚びない。俺以外のすべてが有象無象に過ぎない。だというのに俺がそんなのからの評価を気にするとでも?」
★★★★★★★
なんだ?目の前にうずくまっていた依り代の気配がいきなり変わった……?
さっきまであたしの動きを細部までも見逃さんとしていたその目に今は過剰なまでの自信の色が浮かんでいる。
それに自分のことを天才と呼んだだと?その言葉は禁句のはずだ。少なくとも主に貸していただいた目にはにはそう映っていた。天才と呼ばれたせいで誰も周りにいなくて孤独に苦しんでいたと。
「随分と雰囲気が変わったな。だが自分のことを天才か。あまりにも尊大だな。」
そのあたしの言葉に依り代は右腕の怪我のことなど忘れたかのように立ち上がる。当然止血は終わってないからボタボタと血が流れるが、そんなことを歯牙にもかけず口を開く。そして、
「実際なんでもできるからしょうがないだろう?俺ならお前をこの場で殺すことだってできる。」
と言い放って見せた。
ふふ、あたしを殺すか。もしそれができるなら興味深いな。思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ、あたしを殺すか。お前は面白いな。なら是非ともやってみてもらおうか。もっとも、そんなことができるならの話だがな。」
口ではそんなことを言ったが本心ではそんなことはできないと踏んでいた。実際あたしたち悪魔であろうとやつら天使共だろうと、殺すことなんてできないのだから。
「ああ、行くぞ。メタトロン、三つ目の契約だ。内容は俺の感情をエネルギーとして引き出せ。さっきあの欠陥品がやっていたようにだ。対価はいくらでももってけ。」
その直後、依り代の持つ刀に異常なまでの力が集まっていくのを感じた。その刀からは様々な負の感情が周囲に発せられていて、主から目を借り受けているあたしにはその内訳が分かりすぎるほどわかってしまった。
自分のことをいじめてきた同級生に対する身を焦がす程の怒りと憎悪、それを見逃すどころか助長させた大人たちに対する絶望と怨嗟、自分を置いて逝ってしまった両親に対する悲哀と哀惜の念。そして“普通”の生活に対する一際強い羨望と嫉妬の念だ。
……そうか、ようやく分かった。お前はやっぱり被害者だよ。今すぐにでも手を差し伸べたい。もう楽にしていいんだと。苦しまなくてもいいんだと。介錯してやりたい。
でも今はまだ無理だ。その刀が振るわれたら最後、きっと結界は壊れ外の天使があたしと再封印しようとするだろうからな。
だからちょっと待ってろよ。必ず、お前だけはあたしが救ってやる。
急いで依り代を掴んで深淵までの転移魔法が発動したとき、結界が外から壊される音がした。
★★★★★★★
私は守君から一度離れて援護攻撃をしていました。とはいえ、最初の一発以外不意打ちにならないのでほとんど役に立たなかったみたいですが。でも、守君が吹き飛ばされてからあのレヴィアタンとかいう悪魔の注意を引き付けることができたので十分でしょう。
そう思って移動をしていた時のことです。突然空にあった魔法陣が起動して、守君を取り込むように結界が出来上がったんです。大慌てで突っ込もうとしましたがギリギリの所で間に合わず、私がついたときにはその結界は閉じ切ってしまっていました。
「ウリエル、これは一体……!?」
「これは結界ですね。しかもかなり高位の。……あまり近づきすぎないでください。おそらく近づくだけで攻撃されますから。」
ウリエルの言葉通り、あの結界には至る所からスパークのようなものが発せられている。アレに振れたら普通にダメージを受けるでしょうね。でも、あの中に守君がいることは確かです。……それにあの男も。あれは甘く見てはいけません。きっと何かやらかします。
それを防ぐためにもあの結界を壊したいんですが。
「私にあの結界壊せますかね?」
「無理ですね。少なくとも今の希には火力が足りませんから。命中精度と手数を増やすことを中心に修練場でやっていたんですから仕方ないですが。……心配しなくても大丈夫ですよ。守君にはメタトロンがついていますから。それに……。」
ウリエルが後ろを振り向く。
「助っ人が二人も来てくれたようですからね。」
それにつられて私も振り向くとそこには鎌を背負った未来さんと若干怯えているルシファーの二人が立っていました。
「今どういう状況?手短に教えて。」
「悪魔レヴィアタンと名乗る最上位魔性に襲撃をかけられ戦闘になりました。そしてそのさなかに悪魔が結界を発動させ、私と守君は分断されてしまいました。」
「じゃあ、あの中に守とレヴィアタンがいるの?」
「はい、そうなります。」
そこまで話すと、未来さんは一人で考え込むような仕草を見せて、
「ルシファー、あれ壊す。力貸して。」
と軽く言いました。
「あれをか?まだできないんじゃないか?」
「うるさい。力貸して。別に多少の代償払えばできなくもない。」
「うーん。正直気は乗らないが仕方ない。いいだろう。だが、二分くらい時間がかかるぞ?」
「いいから。それくらいなら守は稼げる。」
渋るルシファーをひたすら急かす未来さんというなんというか微笑ましい光景が目の前で広がりますが、ここは普通に危険な戦場なんですよね。
若干緩みかけた気を引き締め直そうと頬をパンパンと軽く叩いた所で未来さんと目が合います。
「これから集中する。だからその間私を守って。」
「あ、分かりました。でもリクレッサー見なかったんですがいるんですかね?」
「確実にいる。気配がそこら中にあるから。大変だと思うけど、危なかったら逃げていいから。」
そう言うと、未来さんは両手に持った鎌を胸の前で交差させるように持って目を閉じました。その直後ルシファーが前に見たことがあるような魔法陣を作り出します。
「神臓拡張――天界再演 絶望満ちる母なる大地」
そしてそれは結界のある部分以外に広がっていきます。
「クソッ。やはりあれはこれもはじくか。」
「大丈夫。それも計算のうち。このフィールドが必要なだけだから。」
そう言うと未来さんに周囲から何かが吸い込まれていくのが見えました。そしてそれは未来さんの体を通してその手にある鎌に流れていっています。そしてその鎌は内側から闇色に光を放ち始めました。
その闇色は見ていると不思議と心が落ち着きました。その様子に魅入っていた私はウリエルの警告で引き戻されました。
「ッ!希!来てます!ほぼ全方面から計三十体!」
「えっ!?……矢を出せるだけ出してください!すぐに近いのから倒していきます!」
「もう出してます!近いのは順番に結界の反対側、結界から見て右側、その次に左側です!それぞれ十体ほどの集団!」
十体の集団が三つかですか。私一人じゃ荷が重いですね。……ですがやるしかないですもんね。
ふう、と一息ついてから弓の弦を引きます。すると、遠くの景色がとても明瞭に見えるようになると同時に、弓にウリエルが作った矢が浮かび上がり、――弦を離すと同時に矢が放たれます。
ドサッ!
遠くでリクレッサーがもやに変わる様子が見えます。よし、感覚はつかめました。これからは同時に行きます。
弓の弦を短いテンポで連続で引くと、矢が連続で放たれます。その放たれた矢は修練場での成果もあってすべてがリクレッサーに当たって、倒しきりました。矢じりを付けたことで急所に当たらなくても倒しきれるようになったのは僥倖でしたね。
でも、その分使える矢の量も減っているわけなので油断はできませんが。……三十体だと昼前に戦った分も考えるとギリギリですかね。
「希、次来ますが大丈夫ですか?」
「大丈夫です。行きますよ。」
次は右側ですか。……先ほどよりも近い位置まで近づいてきていますね。急がないと最後が間に合わなさそうなので、出し惜しみはなしですね。
矢の連射で左方面にいた十体を倒しきりました。でも余分に撃ちすぎたせいか、鼻血が出てきました。守君とは違って、私の場合は少しづつデザイアを使っているので鼻血は危険サインなんですよね。
それを意識してしまうと、視界がぶれ始めました。……ああ、今回は朝の戦闘が思った以上に重かったみたいですね。
「希!?大丈夫ですか!?」
「だいじょうぶ、です。……銃に変えますよ。もう一体一体に照準を合わせる余裕はありませんから。」
「でもその分負担が……。」
「いいですから。ね?二人とも頑張ってるんですよ?なのに私だけ倒れていたらダメでしょう?」
「……。」
ウリエルの無言を肯定ととらえて、弓から狙撃銃に持ち替えます。
……これが最後ですね。しっかり決めます。引き金を引くと、銃口から光の弾丸が放たれて、リクレッサーの集団に突き刺さりました。
でも、経験上これで倒しきれたことはないんですよね。
……ほら、まだ二、三体残ってるじゃないですか。でも、
カハッ!
もう限界みたいなんですよね。
あー、まだ頑張るんですか。いやですね。もう寝てしまいたいです。
でも頑張らなくて、あとになって後悔する方が嫌ですね。
今頑張ればあとですっきり過ごせるなら、今頑張るしかないですよね?
「ウリエル、矢、お願いします。」
その自分でも驚くほどのかすれた声に対して、
「すまない、遅くなった。それとあとは任せろ。」
とミカエルが答えました。
その瞬間、安心して私は意識を手放しました。
次話、五日に投稿します。




