嫉妬の大悪魔 レヴィアタン
「守!契約です!」「希!早く弓を取ってください!」
魔法陣の真ん中あたりに浮かんでいたレヴィアタンが、貫手のようにまっすぐ伸ばした手を突き出しながら俺たちの方に飛んできた。そして途中からレヴィアタンの体から漏れ出した暗い緑色のオーラのようなものが貫手にまとわりついた。それを見たメタトロンとウリエルから鋭い中位の声が飛ぶ。
「ッ!!まずいっ!二人ともレヴィアタンの攻撃に当たってはいけませんよ!」
「必ず受けるときも攻撃するときも天装でしてください!」
何とか契約をして天装を取り出した時にはもう数秒後には俺たちに届くであろう所にレヴィアタンはいた。そしてその貫手の先には俺じゃなくて、希がいて……。
「させません。正義を司る三宝が一つ、神性開放――正義を示す王笏!」
「あなた相手ならこれも大丈夫でしょう。天法――サラマンダーの咆哮――!」
その貫手にウリエルが取り出した杖のようなものを突き刺し、動きが鈍くなったところにメタトロンの天法が当たった。天法に当たったレヴィアタンは後方に勢いよく吹き飛ばされた。そして炎の龍がそれを追うようにしてレヴィアタンに襲い掛かった。……アレ使ったらリクレッサーを一掃できそうじゃない?
「チッ!厄介な!……邪魔だ!」
レヴィアタンが緑色のオーラがまとった腕を大きく振り払うと、炎の龍はその腹を吹き飛ばされて消えてしまった。そして、腕に刺さっていた杖を無理やり引き抜いた。
「やはり、分が悪いですね。あの天法はほぼ全力だったんですが。」
「私の一番高い倍率の弱体化をできる王笏を使ったというのにあの程度ですか。まだ私達の出番ではない、ということでしょうか。」
メタトロン達の言い分からすると、まだ余裕はありそうだけどこれ以上はできないみたいな感じか?まだ出番じゃない、っていうのはよくわからないけど、つまりこれからは俺と希で何とかしなくちゃいけないって感じか。……ってメタトロンの体なんか透けてるんだけど?
「すいません、三人とも。さっきのでほぼガス欠です。あとは守の中からサポートするので、三人でお願いします。」
申し訳なさそうにそう言うと、メタトロンは俺の中に入ってきた。
『すいません。焦って一気に全力を出してしまいました……。』
『謝らなくて大丈夫。実際二人が動いてくれなければ、希が攻撃を食らってたかもしれないし。』
『まあ、そうなんですが……。いえ、来ますよ。多少の怪我ならすぐ治すので頑張ってください。』
メタトロンの警告が聞こえてきた時、ちょうどレヴィアタンが起き上がってこちらに向かってこようとしているときだった。
「俺が前に出るから援護よろしく。」
「任せて下さい。少し移動しますよ、ウリエル。」
「分かりました。」
俺めがけて飛んでくるレヴィアタンを見て、大きく息を吐く。思考加速を発動させるためにレヴィアタンの動きを注視しながら思考を回していく。
まずは勝利条件だな。未来たちかミカエルたちが来るまでの時間を稼ぐこと。それさえできれば俺たちの勝ち。たとえ瀕死であろうと、どちらかが間に合えば何とかしてくれるだろう。逆に俺たちのどちらかが死んでしまったら負け。だから、二組のどちらかが来るまでにかかるであろう10秒を稼ぎ切れば勝ち。……あれ?もう10秒なんて既に経ってないか?……まあいい、とにかくどちらかが来るまで耐える。
レヴィアタンは右手に先ほどの緑色のオーラをまとわせている。そして、俺に近づきながら空中でその細い体をひねりながら、右手を振りかぶっている。でもその体勢からだと足での攻撃はなさそう。他にあるとしたら頭突きとか。……まあ、さすがにその右腕で攻撃してくるだろう。その緑色の何かは少しづつ大きくなっていて、最初は拳の周りに少しまとっているくらいだったのが今じゃレヴィアタンの頭の大きさくらいにまで大きくなっている。……よけるとしたら右腕の方に大きくよけるしかなさそう。他には……。
脳が揺れる感覚と同時に世界がゆっくりに見えるようになった。……ふう、思考加速を発動できた。これなら多少の時間稼ぎはできる。
レヴィアタンの右腕をできる限り引き付けて、引き付けて、ギリギリ緑色のオーラが当たらないような地点で大きくよけた。視界の端で大きく目を見開いているレヴィアタンが見えた。そりゃ、驚くだろう。さっきまで素人以下の動きしかできていなかったのにいきなり達人みたいな見極めされたら。それにうまく刀を上段に持ってくることができているぞ。このまま振り下ろせば、当たる。
「ふふっ、なめるな。」
刀を振り下ろそうとしたとき、右腕にまとわせていたはずの緑色のオーラがレヴィアタンの体を登って右肩あたりに集まって、それがレヴィアタンの体を離れて俺めがけて襲い掛かってきた。
「はっ!?」
慌てて刀を振り下ろして、飛んでくる緑色のオーラに合わせた。そしてギリギリ俺の体に当たる前に何とかその軌道上に刀を持ってくることができた。俺の刀がその緑色のオーラに当たって、
「えっ!?」
切り裂けなかった。いや、ただのオーラだったら、たとえ散らせなかったとしても刀が素通りするはずで。それなのに、俺の刀はそのオーラに当たるか当たらないかの所で止まってしまった。
気体(?)が固体を止めるという、異常事態に思考が一瞬停止する。
「戦闘中に動きを止めてもいいのか?」
リクレッサーでさえ見逃さなかったその一瞬の隙をレヴィアタンが逃すはずもなく、動きの止まった俺を嘲笑うように言葉を発しながら新たにオーラをまとわせた右腕を裏拳を打つようにして攻撃してきた。
いやいや、どんな体勢から攻撃してきてんだよ。体が前に倒れすぎていて攻撃を放てるような体勢じゃなかっただろ。でもそうか、こいつには翼があるんだった。翼のおかげで俺たちじゃできないような動きをできるのか。
……想定不足だった。オーラと切り結んでいる状態にある刀を滑らしてその拳を向かい打とうとした。それでもギリギリ間に合わなさそうだな。
トンッ!
若干諦めそうになっていた時俺に突き出された拳の甲に光の矢が突き刺さった。そのおかげで拳の勢いが少しだけ遅れて、俺の刀が間に合った。
ガキンッ!!
刀と拳が当たった時の音とは思えない音がして、同時に勢いよく後ろに吹き飛ばされた。……やっば、受け身取れなかった。めちゃくちゃ頭地面に打った。やばい、視界が揺れる。思考加速でゆっくり見えているせいか、視界が余計に波打つように見える。これじゃ、立てないかも……。
『守!あと3秒で完全に治ります!それまでに準備してください!それとルシファーの気配がするので本当にあと少しです!』
メタトロンの声と同時に俺の視界が少しづつ安定し始める。吹き飛ばされたときに体中をぶつけたのか、節々が痛む体に鞭を打って立ち上がる。
「な、なんで立ち上がれるの?アレには勝てないって分かるじゃん。逃げてよ!なあ!」
後ろから声がする。……ああ、そこにいたのか松下君。後ろを振り返ると、地面に尻もちをつきながら泣き顔で俺の方を見る松下君がいた。
でもさ、やるって決めちゃったんだよな。だから、もう止まれないんだ。もし止まったら、俺は……。
口の中が切れてうまく声が出なかったけど、俺の目を見た松下君がどこかあきらめたようにため息をついて、
「後悔するよ。」
と小さく呟いた。
何とか立ち上がって刀を再び構えると、それに気づいたレヴィアタンが俺のいる方向に歩いてきながら大声を上げた。
「ははは!まだ立ち上がるか!いいぞ、お前ら!こんなクソみてぇな世界にまだお前達のような奴らがいるとはな!
……だが、もう終いだ。先ほど、少し厄介な気配がここに来たのを感じた。ソレにはまだあたしじゃ勝てない。だから、今回はお前だけで手打ちにしてやろう。」
そう言うと、レヴィアタンは上空に浮かべていた魔法陣を起動させた。すると、光輪ほどの大きさだった魔法陣は大きさを広げていき、剣道場くらいの大きさになると拡大を止めた。そしてその魔法陣の円周上から地面に向かって緑色の鎖が4本ほど下りていった。それが地面に突き刺さると、それぞれの鎖を結ぶように緑色の結界のようなものが張られ、その結界からは断続的に緑色のスパークのようなものが走っている。
「この結界は今のあたしが使える最上級のものだ。とはいってもあたし自信が弱いから大したもんじゃないけどな、少なくともミカエルのクソ野郎でもない限り破ることはできないだろうさ。」
……ふう、まずいな。メタトロンのおかげで何とか体の状態も動ける程度には回復している。でもこれからレヴィアタンと戦うのは無理筋だな。となったら逃げるしかないんだけど。
「おっと、どこを見ているんだ?そこに出口はないぞ?まあ、あきらめろよ。もうお前は助からない。それにお前が死ねば人類救済に近づくんだからまあ、意味のある死だ。よかったな。」
……ばれたか。さーてどうしようかな。時間稼ぎしたらミカエルが来てくれるかな。それに期待して時間稼ぎと情報収集でもしておきますか。
「……人類救済って?俺たちは人類滅亡を防ぐために戦っていた。お前の言っていることは天使の言っていることとかけ離れている。」
「ははは。そりゃそうだろうさ。そもそも考えが同じだったら殺し合いなんてしないだろう?」
……正論だな。いつの時代であったとしても互いに考えが同じだったら戦争は起きないわけだし。
「お前達に任せたら人類は救済されるのか?」
「まあ、お前たちの理想とは少し違う形になるだろうがな。少なくとも人類という種は存続する。よかったな。お前の死は無駄にはならん。
……さて、そろそろいいか?外も騒がしくなってきたしな。」
時間稼ぎ失敗だな。それに大した情報は得られなかった。悪魔側にも何か考えがあって、その目的は天使達と同じで人類を滅亡させないこと。救いなのは俺たちが負けても大丈夫ってことくらいか。
まあ、覚悟を決めるか。全快とまではいかなくてもそれなりには動いてくれるだろう。
「ふふ、そんな覚悟を決めた顔してあたしを睨んでいるが、お前の相手は私じゃない。」
そう言うと、レヴィアタンは俺の後ろを指さして
「さあ、あたしのコマ。お前には以前からあたしが個人的に稽古をつけてやっていたよな?その成果を今出してもらうぞ。」
といった。つまり、俺が戦うのはレヴィアタンではなく、松下君だと。……いや、きっともしもの時はレヴィアタンが介入してくるだろう。だから、レヴィアタンとも戦うことを想定する必要がある。つまりは長期戦になる。……どれくらい思考加速できるかによるな。さっき使ったからもうほとんど使えないだろうな。
『メタトロン、あとどれくらいできそうだ?』
『5秒、ですかね。それくらい使うとおそらく血を吐くことになります。』
5秒、か。使いどころをしっかり考えておかないとな。
「む、無理だ!確かに長い期間稽古をつけてもらった!魔装も使えるようになった!でも、生身の人間とは戦えない!そもそもお前は俺に人類の敵を殺すためだって言ってたじゃないか!」
「だから、お前の前に立っている男がそうだといっている。誰が人間じゃないなんて言った?」
「そんなこと聞いていない!誰が人類の敵が人類だなんて思うんだ!?……僕には人を殺すことなんてできない。
ましてや、彼は友人だ……!」
その叫びはあまりに悲痛だった。俺と松下君が友人かどうかはわからないけど、確かに誰かを殺すために戦えっていうのは厳しいだろう。俺もできればやりたくないし。
でも、レヴィアタンはそんな松下君の様子を心底くだらないものを見るかのように見下し
「……使えない奴め。せっかく時間をかけてやったというのに、お前には失望したよ。だったらせめてコマとしてじゃなくて、コマとして私のために働け。
魔法――嫉妬の亡者。」
手のひらに新しく魔法陣を浮かべ、それを発動させた。
次の瞬間、松下君の右胸あたりから緑色のオーラが噴き出して、松下君の体を覆って行った。
「う、うわああぁぁぁ!!なんだこれ!?だれか、助け……!」
自分の体にまとわりつくそのオーラを両手で必死に払おうとしているが、無情にも効果は全くなかった。それを察したのか、最後には俺の方に助けを求めるように手を差し出してきた。
咄嗟にその手を掴もうとしたけど、俺の手が届く寸前に松下君の体をオーラが覆いつくしてしまった。そして、それと同時にレヴィアタンが開いていた手をグッ、と握りしめた。それを合図に緑色のオーラが松下君の体の中に吸い込まれるようにそのオーラが入っていった。
変化は目に見えて現れた。瞳の色が先ほどよりも明らかに赤くなり、その額から一本の緑色の角が生えてきた。その目からは意思の光が失われ、代わりに狂気の色が宿った。右胸にはウロボロスの蛇のような自分の尾を噛んでいる蛇の紋様が浮かび上がっている。そして手の爪が異常に伸び、その手には先に剣の刃のようなものがついた鞭が握られていた。
「さあ、行け。あたしのコマ。そいつを殺して我らの野望を叶えるのだ。」
その声と共に松下君がその手に持っていた鞭を俺めがけて振り下ろしてきた。
次回、3月2日までに投稿します。
よろしくお願いします。