修練場の成果
「▲▲▲▲▲▲▲ーー!!!」
俺との距離が十分に縮まった所で下位魔性がその手に持っている刃がボロボロの剣を頭上に振り上げた。その剣が振り下ろされる前に大きく踏み込んで上段から切りつけた。
……やっぱり浅い、か。
まだ、踏み込み切れてない。もっと距離を詰めないと攻撃が有効打にならない。右上から振り下ろされる剣を大きく右側に飛んで躱しながら対策を考える。……いや、思考加速ができれば大丈夫なんだ。そうすれば最小限の動きで回避して最小限の動きで攻撃もできるんだから。実際、修練場ではできた。
「「「▲▲▲▲▲▲▲-!!」」」
そうか、周りには普通のリクレッサーがいるんだった。俺めがけてその太い腕を振り下ろしてくるのを今度は後ろに飛んで回避した。
その直後、俺の後ろから5本の光の矢が飛んできた。それは俺の知っているものとは違って、その先にはしっかりと矢じりがついてた。そしてその矢がリクレッサーに当たって――貫通して地面に刺さった。その矢が当たったところは別に急所でもなかったはずだが、それでも一撃で葬っていた。
俺の目の前で5体のリクレッサーが、ほぼ同時に黒いもやにその姿を変えた様子を見ながら希の変化を実感した。……なるほど。一撃の威力を上げたっていうことか。確かにこれまでの希の攻撃は威力不足のせいで急所に当たらないと倒しきれていなかった。でも矢じりがついたことで攻撃の威力が上がってどこに有効範囲が広がったんだな。じゃあ、俺はデーモンの相手を集中してやればいいかな。
……ふう。一回肺の中にある空気を全部吐き出して、少し吸う。よし、これで準備完了!まあ、ルーティーンみたいなものさ。
よく見ろ。相手の体の細部まで。そして予測しろ。相手の動きを。
俺よりもいくらか大きい体の周りに黒いもやが蠢いている。まるで、螺旋を描くように手足の先まで体中を回っている。しかも普通のリクレッサーよりも大量のもやが。……うえ、きも。そしてあと数歩近づいて、奴の攻撃範囲に入る直前でその右手に持った剣を振り上げるだろう。それとも剣じゃなくてそのごつい拳を振るってくるか?いや、もしかしたらその丸太のような足で蹴りつけてくるかもしれないな。いやいや、ここは……。
視界が揺れた。いや、揺れたのは脳か?そう、あの時と同じ感覚だ。修練場で九三郎にとんでもない速さで動く戦闘人形をけしかけられた時と同じ。若干気持ち悪いけど、思考加速を発動できた。これならいける。
俺めがけて迫ってくるデーモンの動きがゆっくり見える。まあ、その分俺の体もゆっくりでしか動かないんだけど。でも、しっかり見える。この状態ならきっと相手の攻撃を最小限の動きで躱せる。
振り下ろされる剣の軌道を予測して、ギリギリ当たらない場所に刀を振り上げながらずれて回避する。一瞬視界がすべて剣で埋まった。よし躱しきった。あとは反撃を入れるだけ。そして振り上げた刀を振り下ろそうとしたとき、
「うおっ、と。」
足元から地震のような衝撃が襲い掛かってきた。そのせいで体勢が崩れて手首を狙っていたのに剣の背に刀が当たった。
キーン!
ヤバッ。今の一撃で手が痺れた。力が入らねえ。何とか刀を持てる程度の握力しかないけど、剣を持てる側に今いるから攻撃は来ないはず。刀を剣の上で滑らせて、逆袈裟に振れる位置まで持ち上げる。力は入らないけど、当てれば多少の効果はあるはず。位置的に首筋が狙えるから、そこめがけて刀を振るう。これは当たる!
「はっ!?」
当たると思った刀はデーモンの太い腕に阻まれた。さっきまで剣を握っていたはずの右腕に。そして、刀を受け止めたまま、その腕を大きく振るってきた。デーモンの腕と刀が密着していたせいで、その腕を振り切ったときの衝撃がそのまま俺に向かって流れてきた。
大きく後ろに吹き飛ばされたけど、九三郎に合気と一緒に教えてもらった受け身のおかげで頭を打つことなく、そのまま立ち上がることができた。思考加速しているおかげで地面に接触するタイミングも分かりやすかったし。まあ、でも腕はさっき以上に動かなそうなんだけど。多分折れてるんじゃない、これ?
『すぐ治療します!ただ、応急処置なので無茶な動きはしないでください!』
『ありがとう!』
いつの間にか俺の中に戻っていたメタトロンの言葉が頭に響いた瞬間痛みが引いた。でも、本調子じゃないのも何となくわかる。これからはもっと気を付けて攻撃していかないと。地面に刺さった剣を抜きながら俺の方を見ているデーモンを見ながら認識を改める。
動きは戦闘人形よりも遅かったから、もしかしたら思考加速が発動できた段階で無意識のうちに油断していたのかもしれない。今ので分かっただろう。こいつは決して油断できるような相手じゃない。だから、リスク度外視で行くしかないか。
「▲▲▲▲▲▲▲ーー!!」
今回の戦いで初めて自分からデーモンめがけて突進した。もちろんリスク度外視とはいえ、どこから攻撃されても多少は対処できるように四肢の動きに意識を割きながらだ。ただ、自分から向かっている以上避けられない攻撃もたくさんあるだろう。それはもうしょうがない。だって削られる前に削りきればいいんだから。
右腕に持っている剣を振り上げたデーモンとの距離をさっき以上に詰めて、振り下ろされる剣を横にずれて回避する。直後地面からととてつもない衝撃が走り、さっき以上に体勢が崩れる。でも、それは覚悟の上。若干空中に浮いた体を何とかコントロールして、今度こそ手首に刀を振り下ろすことができた。
スッ!
途中で少し手ごたえがあったものの、足元まで振り下ろした。よし、これで右腕は使えないはず。ただ、前回と同じように時間経過で自然回復されるかもしれないから決して楽観はできない。そのまま追い打ちをするように、地面すれすれの場所にある刀の向きを変えて今度は前に出ていた右足の足首をめがけて刀を振る。
スッ!
今度もうまく攻撃が入った。よし、右手と右足を奪った。じゃあ、右側にいる限りデーモンは俺のことを攻撃できないはず。今度こそ、首が狙える!
「……えっ?」
次の攻撃に体勢を入れ替えようとしたとき、目の前に無骨な拳が迫ってきていた。
なんでだ?もしかして、そんな速さで回復したのか?でも未来と戦っていたディアボロスでさえそこまで回復速度は早くなかったはず。いや、とにかくこの攻撃を何とかしてしのがないと……。
咄嗟に顔の前に刀を持ってきて、それで拳を受けた。
バキッという刀が折れる音共に再び後ろに吹き飛ばされた。今度はあまりの勢いに受け身を取ることもできなかった。そして、不幸なことは同時に起きるようで
「ゴホッゴホッ。……カハッ!」
勢いよく口から血を吐いてしまった。……時間切れだった。体が異常に重くなって、言うことを聞かなくなった。頭は頭でオーバーヒート気味でまったく働いてくれない。思えば、思考加速と行動加速をしっかり発動できる状態で何分持つかなんて試したことなかったな。……あー、力が入らねえし、頭も働かねえ。ただ俺の方に近づいてくる不規則な足音を聞くことしかできなかった。
「……上出来。でもまだ根本的なところでダメ。」
そんな声と共にデーモンの首に鎌が刺さって、その姿をもやに変えた。おかしいな。確かに右腕と右足はなかったんだけど、どうして攻撃を受けたんだろう?それにどうしてアイツが倒されてるんだっけ?……ああ、そうだった、未来がいたんだった。でも、ダメって。手厳しいな、ほんとに。
★★★★★★★
「まだ、…………とごうりゅ……ですか?」
「まだ。その…………ないから。…………ミングをま…………。」
「!?」
誰かが話す声が聞こえて目が覚めた。
「おや、起きましたか、守。よく眠れたようで何よりです。」
ゆっくり目を開けると、そこにはメタトロンと未来とルシファーの三人がいた。でもそこには希とウリエルはいなかった。
「……希達は?」
「希さんとウリエルは先に帰りました。現実世界の方が安全だからと。ただ、私には守を現実世界まで運ぶほどの力がないので、ここでのんびりおしゃべりをしながら起きるのを待ってたんですよ。」
そうか、また戦いの途中で意識失っちゃったのか。あのデーモンが倒されてからの記憶がないし。しかもその時にはまだ他のリクレッサーも残ってたのにもうその気配がないってことは、俺が寝ている間に未来か希が倒してくれたってことだろうな。多分未来だけど。
「……今回あなたたちのタッグに入れてよかった。いろんな意味で。
……向こうであなたたちに話すことがあるからそれまで休んでおいて。」
「まったく、恐ろしいな。二人とも血まみれになりながら戦うんだから。別にそれは間違ってはいないが……。」
「黙って。帰るよ。」
未来はルシファーの言葉を遮るように現実世界に帰っていった。二人が帰っていったことで裏世界に残っているのは俺とメタトロンだけになった。
「……そういえば、俺の中からでも回復できたんだな。」
「そりゃそうですよ。触れていればできるんですから、守の中にいたら回復できますよ。ただ、一回中に入っちゃうと、出るときのタイミングが限られてくるのでできれば外に出たままがいいんですけどね。」
「そっか。……とりあえず帰ろっか。」
「そうですね。」
メタトロンに扉を開けてもらって、重い体を引きずりながらそこに歩いて向かって行った。そういえば、三つ目って解禁してくれるのかな?思考加速はしっかり発動できたんだけど。
扉の中に入ると、目を開けられないほどの強い光と少しの浮遊感を感じた。
「ほお、アイツらがそうか。近いうちにちょっかいかけてみるとしよう。ちょうどいいコマも手に入ったことだしな。」
無人の荒野に一人の声が静かに響いた。
★★★★★★★
目を開けると、そこは朝ごはんを食べたリビングだった。出発する前と同じようにみんなのんびりしていた。ただ違うことといえば、希がソファーで倒れていることくらいか。……やっぱり希も倒れたんだな。
「ん?帰ってきたの?お疲れー。」
俺が帰ってきたことに気づいた愛梨がスマホから視線を外して声をかけてきた。それで全員が気づいたようで、
「お疲れ様。刀には慣れてきた?」
と一誠が声をかけてきた。
「まあ、ぼちぼちですかね。時間制限付きでようやく思い通り体が動くって感じです。」
「そっかそっか。今日は大変だったかい?」
「大変、といえば大変でしたね。敵の数が想像以上に多かったので。でもまあ実戦での動きの確認ができたので、いい経験にはなりましたが。」
実際、だんだん考えなくても型が出るようになったし、最後の方が安定して型を出せてたと思う。これは実戦でしか得られないことだろう。まあ確かに死にそうになったけどそれは今回に限ったことではないし、思えばこれまでで本当に無傷で帰れたことなんて数えられるくらい……あるのか?ないような気もする。
すると、そこで少し声のトーンを落として
「そうなんだ。……ところで質問は変わるんだけどさ、僕と戦ったら勝てると思う?」
と聞いてきた。
ん?どうしていきなりそんなことを?別に俺が一誠よりも強かろうがどうでもよくないか?一対一がどれだけ強かろうが大抵の場面じゃ一対多になるわけだし。最上位魔性と遭遇した時用か?確かに強い人が残るべきだから知っておきたいけど、でも俺とはチームが違うわけだしその必要はないでしょ。もしくは単純にどっちが強いか知りたいとかっていう子供じみた考えか?でもそんなことを一誠がするとは思えないし。
……もしかして、何か疑ってる?
「さあ?でもそれはそこまで重要ですか?」
「……いや、重要じゃないな。忘れてくれ。
さて、じゃあ僕達も一回行ってみないかい?」
一誠の提案に他の3人も乗り気なようだ。だけど、……多分もうそんなにリクレッサーいないよね?だって結構は広範囲からリクレッサーを集めまくってそれを討伐したんでしょ?じゃあ、本当に残っていないんじゃない?
ま、安全だしそれはそれでいっか。
次回、24日までに投稿します。
今回の戦闘シーンは結構時間をかけたので、「~~がよかったぞ!」とか「~~がダメダメだ!」とか感想をいただけると嬉しいです。




