閑話 モブだったはずの少年
予定より早くかけました。
よろしくお願いします。
僕にはとても大切な友人がいた。
明るい亜麻色の髪に整った顔。その目には知的な光が灯り、常に冷静だった。
小学生の頃から彼女のことを知っているけど、当時から考え方も大人びていたように思う。当然それだけじゃなく、成績も優秀でだれも彼女に勝つことはできなかった。
そのせいか、クラスでは常に浮いていて友達と呼べる人はいなかったんじゃないかな。
きっと彼女にとって周囲の人間はレベルが低すぎて一緒に入れなかったのだろう。
僕はそんな彼女にあこがれた。
孤高という言葉が一番似合うそんな彼女に。
気が付いたら話しかけていた。
「放課後一緒に遊びにいこーよ!公園で遊ぶんだけどさ。」
その時、彼女は話しかけられているのが自分だとは思わなかったのか、読んでいた本から目を離そうともしていなかった。それだけ没頭していたのだろう。
それでも当時の僕はただ無視されたのだと思った。彼女までとはいかなくてもそれなりに成績もよく、友達も多かった僕はこれまで誰かに無視されたこともなかったから、話しかけて返答が返ってこなかったのは初めてだった。
「なあ、遊びにいこーよ。」
二回言った事で彼女はようやく自分が話しかけられているのだと気づいたみたいだ。少し目を見開きながら僕を見た。その瞳はただただ美しかった。僕のことをまっすぐ見ているその少女はすぐに視線を本に戻し、
「今日、習い事あるから。」
と短く答えた。
その時に実感した。最初に抱いていた予感は正しかったのだと。本当に僕達のことなんか彼女の目に入っていないのだと。
それがただただ悔しかった。彼女に僕のことを見てほしかった。他の誰でもない、僕のことを。
僕はその日から努力した。そう、彼女の視点が高くて僕の視点が低いならば、努力してその視点を上げればいいと思ったんだ。これまでほとんどしていなかった勉強を始めた。たくさんの本を読むようになった。運動も積極的に取り組むようになった。
その結果、放課後に友達と遊ぶことも少なくなって、僕に話しかけてくれる友達がどんどん少なくなっていった。
でも、それでもよかった。ただ、僕は彼女に見てほしかっただけだから。
だから、毎日のように彼女に話しかけていた。
朝の「おはよう」から、帰りの「さよなら」まで、ずっと。常に返ってくるのは生返事だったけど、それでも懲りなかった。同級生たちが僕達が好きあってる、なんて噂を流していたけど、僕にとってはそれでも嬉しかった。彼女は多分気にも留めていなかったんだろうな。
2月14日には彼女からチョコをもらえないかとか思ってソワソワしてたっけ。結局もらえなかったわけだけど。
学年と同時にクラスも変わって、彼女とクラスも分かれた。でも彼女のクラスに行って変わらず毎日のように話しかけてた。たまに見せてくれる反応が嬉しかった。
でもそんなる日、
「でさあ、最近こんな本読んでさ……。」
「あの。」
俺がいつものように一方的に話しかけていた時、初めて彼女の方から僕に話しかけてくれた。初めてのことに胸が高鳴りながら彼女の言葉を待った。でも彼女の口から放たれた言葉は僕の予想を違う意味で裏切るものだった。
「放っておいてもらえませんか?正直迷惑です。」
「えっ!?」
「迷惑だといっているんです。私は別にあなたと話したいとは思っていません。」
「なんでよ!?僕はただ仲良くなりたいだけなのに……。」
「言われなければ分かりませんか?あなたの話は非常に退屈です。聞いてるだけで嫌悪感で鳥肌が立ちそうです。あなたの自己満足に私を巻き込まないでください。それにそんなに本を読んだのなら分かるでしょう?無関心の人間から寄せられる好意ほど気味の悪いものはないんですよ?」
そんなことを怒りと嫌悪感が微かにこもった声で言われてしまった。それでも怒鳴り声を上げなかっただけ、彼女は大人だったのだろう。
その日から失意のどん底で学校生活を送るようになった。彼女と一緒にいることにすべての時間を使っていたせいで友達なんてもうどこにもいなかったから。それに周囲の声がとても攻撃的に聞こえるようにもなった。何気ない話をしているんだろうけど、不意に聞こえる笑い声が僕のことを笑ってるんだと錯覚するようになった。
そう、僕は彼女に近づこうとしたばっかりに人のことが怖くなってしまったんだ。そのことがより一層僕を人から遠ざけ、勉強や読書といった自分でできることにのめりこませた。
いつからか、彼女が中学受験で女子校の中でも最難関の中学校を受験することが噂で流れるようになった。それを聞いたときはそりゃそうだよな、と納得したものだ。でも、さすがにもう近づこうとも思えなかった。
やはり、とでもいうべきか彼女は最難関の女子校である星辺中学に合格を果たしたようだ。それで僕も彼女に追いつくためとはいえ、勉強を必死にしてきていたから何とか同じく最難関の天辺中学に合格することができた。皮肉なことだよね。天才の少女に振り向いてもらうために必死に勉強したのに、結果振り向いたのは彼女じゃなくて学校だったんだから。
中学校に上がっても特に小学校の頃とは変わらず過ごしていた。でも、最難関校ってだけはあって僕の成績は良くて半分くらいだった。天才もたくさんいたしね。これまで通りの勉強じゃ、これ以上の順位を取ることはできないだろうことは火を見るよりも明らかだった。
でもそれでいいかと思っていた。あることを知る前までは。
――天辺高校と星辺高校が合同で学園祭をして、両校の首席同士が協力して一つの出し物をするらしい。
これを聞いたとき、頭に電流が走ったような感覚がした。これは、合法的に彼女に会えるチャンスかもしれない、と。そうすれば、もしかしたら僕のことを見てくれるかもしれない、と。
そう思い立ってしまってからはもう止まれなかった。これまで以上に勉強にのめりこんだ。ただでさえ早い授業進度に追いつくだけでも大変だったけど、そんな授業の予習をする勢いで勉強していた。当然部活には入らず、友達も作らず、ただひたすら首席になるためだけに勉強した。
その結果、本当にゆっくりだったけど、確実に成績が上がっていった。これまで天才で追いつけないと思っていた同級生をどんどん追い抜いていった。彼女に比べたら天才などではなかった。だって、僕が追いつけたんだから。
中三の三月、かれこれ一年以上首席を維持していた僕は天辺高校に進学を決めていた。成績が悪いと上がれないようだけど、僕は主席だったから問題なかった。
今度こそ、彼女に見てもらえるかもしれない。そんな期待に胸を膨らませながら毎日を過ごしていた。
――なんて話そう?最初わざと気づいていないふりをしてみようか?初対面みたいな感じで行けば彼女ともう一度最初からやり直せるかな?いや、でも彼女のことだから僕のことを覚えているかもしれない。そうだったらどうしよう。知り合いだから、もしかしたら予想以上に距離が縮まったりして。
でも、そんな期待はひと月もしない内に打ち砕かれた。
天辺高校の入学式で、僕は異質な雰囲気をまとう同級生を見つけた。それは彼女から感じたものと同じだった。なんというのか、一人だけ次元が違うというか、見ている世界が違うというか。一瞬目線があった時、その直感は確信に変わった。好きな人から向けられた視線と同じだった。しっかりと認識しておきながら、まるで存在しないかのように視線を動かさない。ただ、その他大勢としてしか認識していない。まるで遥か高みから俯瞰しているかのように。
そして、やはりその同級生が首席として挨拶を行った。
事前に伝えられていなかったからおかしいと思ったんだけど、やっぱりか。くそっ!でも絶対ぬすぐに追いついてやる。次の試験で主席になれば大丈夫。いや、絶対に主席にならなければ!あの同級生と彼女はきっと根本の所で同類だ。そんな二人が出会ってしまえば、もう僕が付け入る隙など無くなってしまう!
高校が始まってからすぐに僕は勉強を始めた。それこそ文字通り寝る間も惜しんで。彼女と再会するためだったから、まったく苦じゃなかった。それ以上にイライラしたのは例の同級生だ。主席でありながら授業も話半分に聞いてるみたいだし、教科書も全部学校に置いて帰っている。それに加えて僕にはいない友達までいるときた。しかもかなり親し気な。つまりは、僕が持っていなかったのを全部持っている。才能も友達も。
嫉妬でどうかしそうだった。なんでこんな恵まれているやつがいるんだと。僕には何もなかったから努力で積み上げるしかなかったのに。もう、絶対に勝って見せる。じゃないと、これまで死ぬ気でやってきた勉強がバカみたいじゃないか……。
結果、僕は勝てなかった。あの同級生は全教科で満点を取った。それなのに、特に喜ぶこともなく。それどころか、例の友達にもっと点とれただろ、とか言ってどやしてる。僕の結果は全教科平均92点だった。惨敗だ。
でも、あきらめきれなかった。学校がアイツを首席にふさわしいと判断しなければ、僕が星辺高校との交渉の席に座れるかもしれない。そうすれば、彼女と……。
何度も絡んだ。スマホを鳴らした時も、たまたまアイツが彼女といた時も。それ以外の時もアイツを貶めるような噂を流した。
アイツの耳にも入っているはずなのに全然様子が変わらない。それは僕が恋し、あこがれていた少女とまったく同じで余計に嫉妬心が膨らんだ。
そんな気分で過ごしていたある日、アイツの友達に話しかけられた。
「くだらないことをするのはやめろ。守はそんなことされても関心を示さないし、やるだけ無駄だぞ。」
「……なんで君にそんなことを言われなきゃいけないのかな?別に君に関係ないだろう。」
「守は俺の大事な友達なんだよ。いいか?守はそんなことされても気づきもしない。他人からの評価など気にしないからな。そして守がそうなったのは俺たち凡人のせいでもあるんだ。だから、……もし次やったら覚えとけよ?もう容赦はしない。」
ドスの利いた声でそう言われては頷くしかなかった。……なんだよ、そんなところでも僕はあいつに勝てないのか。この学校内で僕のために動いてくれる人なんていないだろうし。
……なんか本当に疲れちゃったな。そうだよ、アイツの友達が言ってたじゃん。僕は凡人なんだ。なんで天才と張り合おうとか考えちゃったんだろう。勝てる要素なんて一つもなかったのに。気分転換にどっか出かけよっかな。
初めて勉強しないで外出した。
でも、それを死ぬほど後悔した。
なんで、なんで、またアイツがいるんだよ!?しかも人数が増えてるし!それだけじゃない!あの中にモデルの人もいるじゃねえか!
なんでだよ!?何がそんなに違うんだよ!?
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?
あ゛ー!!!おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!!僕がそこに立っていてもおかしくなかったはずなのに!!
絶対にあの野郎だけは許さない!絶対に!!
その時だった、不意に背後から声がしたのは。
「ほお、なかなかいい嫉妬心を持ってるじゃねえか。気に入った。この世界の楔としてあたしの依り代にしてやろう。」
振り返ると、そこには黒翼を背中に背負った何かがいた。その額には角が生えていて、肌は浅黒い。瞳は妖しく赤く光り、その顔は恐ろしいほど整っている。背の丈はそこまで高くなかったが、その頭上に黒いもやのかかった光輪を浮かべている。
「お前に拒否権はない。なに死なないから安心しろ。」
その言葉と共に僕の右胸に鋭い左腕の貫手が突き刺さった。
次回18日投稿予定です。




