プロローグ
新作です。
よろしくお願いします。
何の変哲もない日常。
朝起きて、満員電車に揺られて学校に行く。
大して面白くもない授業を受けて、その後部活がある日は部活に行って、家に帰る。
そして、特に何も印象に残ることもないまま一日を終える。
なんだよ、もうちょっと楽しいことがあってもいいじゃないか?
別に彼女が欲しいとかは思わない。通ってるのが男子校ってことで察してほしいけど。
でもさ、ほらもっとあるじゃん?
なんかテロリストが学校の中に侵入してきました!みたいな。
……いや、それはそれで困るな。
そう。俺は対岸の火事を綺麗だなー、とか言いながら眺めていたい人なんだ。
授業中に眠っている隣の席の生徒にチョークが飛んで来たら、ふざけんなよ!って思うけど、隣の隣にチョークが飛んでいくのはいいぞ!もっとやれ!って感じ。
要は、自分の害がないところで他人の不幸を舐めていたい、っていうひどい性格ってことだね。
でも、口では言わなくても皆そう思ってるんじゃないかな?
……ああ、こういう穿った見方をしちゃうところもダメなんだろうな。
……はぁー。なんか面白いこと起こんないかなー。
そんな平凡を絵にかいたような普通の陰キャの日常は、特に何のわけもなく眺めていた空から降ってきた天使との邂逅を果たしてしまった時に終わりを迎えた。
★★★★★★★
「……から、鎌倉時代は執権という役職が置かれ、……。」
静かな教室に響く教師の声とチョークが黒板にぶつかる音が響く。
生徒は何か私語をするわけでもなくただ実直に授業を聞き、教科書の該当ページを読みながら時には何か書き込んでいる。
進学校の授業風景がそこにあった。
生徒は常に集中して何も聞き漏らすことがないように教師の声に耳を傾け、教師もまたそれに応えるように持ちうる重要な知識をすべて吐き出さんとしている。
そんな半ば張りつめた空間に
――ファンファンファンッ!時震です!時震です!――
という鳴るはずのない警報が鳴り響いた。
というのも、進学校というだけあって携帯の校内持ち込みは基本的に禁止されているからだ。
だが、地震という緊急事態を前に誰もそんな冷静なことを考えることはできず、頭を守るように机の下に生徒は全員もぐりこみ、来るであろう地震に備えていた。
そんな緊急事態の教室に響く場違いな落ち着いた声。
一人の男子生徒の声だ。
最も男子校だから男子生徒以外いないのだが。
「はあ、またか。
場所は、……少し遠いけど俺が一番近い、か。
……しょうがない。
―――メタトロン、行くぞ。」
その呼びかけと共に彼の側に現れる一人の天使。
2対4枚の白翼をその背に背負い、絹のような髪をなびかせ、後頭部の上あたりに複雑な幾何学模様をした光輪を浮かべながら天から降臨した。
それと同時に世界が色を失い、白黒で構成されたモノクロの世界に変貌した。
その世界では時間が止まっているようで、教室にいた生徒たちは全く動いていなかった。
「はいはい。また時震。最近多いわね。
それと、私ってば一応天使様なんだけど。
もっとふさわしい言葉使いがあるんじゃないのかしら?」
そう幼さが残る声で少し不貞腐れた口調で少年に返しながら、少年に白く輝く抜き身の刀のようなものを手渡す。
「その話はまた後でな。
規模は、……それなりに大きいな。準天災級か。
一応いつものしておくか。」
天使のぼやきを少年はいたって平坦な声で流した。
そして手に持った刀を軽く振り下ろす。
すると、何もなかった空間に光の穴が口を広げた。
そんな異常現象を前にしているのにもかかわらず、少年は特に感情をその表情に浮かべることもしないで、刀を持っていない右手を天使の方に差し出している。
「えー?本当に必要かしら?
契約なしでも守は十分強いと思うのだけど。」
天使は渋々その手を握る。
それに守と呼ばれた少年もまた、やれやれといわんばかりの態度で返す。
「だから一応、って言っただろ。
契約――思考加速、行動加速。
対価――俺の1時間。」
やれやれと首を振りながら天使は答える。
「まったく、しょうがないわね。
――契約の天使メタトロンの名のもとに契約の成立を宣言する。
はい。できたわよ。」
天使の宣言と同時に結ばれた手の間から眩い光が漏れた。
その光は少年の体に吸い込まれるようにして消えた。
「ああ、確認した。
行くぞ。手筈はいつも通りに。」
「はいはい。」
そして、二人が開かれた光の穴に入っていった。
そして約10分後、その光の穴から二人が戻ってきた。
少年はかなり激しい運動をしたのだろう、息をはあはあ、と荒げている。
よく見れば服にも先ほどまでなかった汚れがついている。
それに対し、天使の方は変化がほとんどない。
強いて挙げるとすれば、先ほどよりも眠たそうにしていることだろうか。
「お疲れ様。
私が直接手伝わなかったのに、あの規模で怪我無しで帰れたのは成長じゃないかしら?」
若干、ふわふわとした口調で少年に話しかける天使。
それに対し、額に浮かぶ汗を制服の袖で拭いながら少年は、そんな慰めはいらないと悔しそうに答える。
「はあはあ、いや。
俺以外の誰か、それこそ希とかだったらもっと早く潰せていただろう。
まだまだだ。」
「あはは、そりゃ仕方ないわよ。
他の依り代についている天使は私よりも力があるんだし。
ほら、確か希っていったら正義の天使ウリエルの依り代でしょ?
ウリエルは私よりも力があるから。
それに、まだ私の依り代になってそんなに経ってないでしょう?
数をこなせば何とかなるわよ。
ほら、勉強?とかもそうなんでしょ?」
天使は自嘲気味に少年を慰める。
「そう、だな。
その通りだ。ありがとう、メタトロン。」
「どういたしまして。
じゃあ、私はそろそろ帰るわね。」
天使はそう言い残すと、その体を光の粒子に分解させた。
そしてその粒子は少年の体の中に溶け込むようにして入っていった。
「ああ、ゆっくり休んでくれ。
俺の、天使様。」