レベリング?
裏世界につくと、そこは相変わらずの殺風景だった。見渡す限りの荒野が広がり、そこには多少の高低差はあるものの建物はおろか植物も散見されない。
「メタトロン、どこにリクレッサーがいるかとか分かるか?」
「あー、それなら分かりますよ。……あっちに5体ほどいますね。」
南東の方を指さしながらメタトロンが教えてくれた。5体か……、加速なしで行ってみるか。多分苦戦はするかもしれんけど勝てるだろう。
「あ、ちなみにミカエルが言っていたように天使パワーを使えば使うほど体になじみますよ?」
「加速ありで行くか!」
行動加速と思考加速を対価1時間を払うことで自分にかけてから、南東に向かって小走りで移動を始めた。その間一人でいることが最近なかったから久しぶりにずっとメタトロンと話していた。
「準天災級とか天災級とかっていったい何なんだ?実際メールでしか見ないし。」
「それは現実世界でどれだけの規模かを伝えるためのものですね。別にリクレッサーが何体とか言っても大丈夫なんですが想像つきにくいじゃないですか。だからだいたいこれくらいですよっていう指標ですね。」
「俺としては具体的に何体って教えてもらえた方がいいんだけどな。」
「それはミカエルに言ってください。私にはどうすることもできませんし、これを考えたのもミカエルなんですから。」
「へえ。」
「結構苦労したそうですよ。誰に見られても大丈夫なように、でも確実に意味が伝わるような単語を準備するのが。」
まあそりゃそうか。
「でも実際天災と準天災しか知らないけど、他に何かあるの?」
「下から準天災、天災、準神災、神災という感じですね。これは具体的にどれくらいのリクレッサーが居るかではなく、どれくらいの労力がかかるかですね。準天災だと一人でも余裕、天災だと一人だと何とか、準神災だとタッグもしくはそれ以上の人数が必須、神災だとすぐ逃げろ、ですね。
ちなみに今だと、下位魔性が一体いるだけで神災扱いです。」
ふむ、つまり強くなればデーモンがいてもどんどんそのランクが下がっていくって感じね。
「あ、そろそろ接敵しますよ。」
え?何もいなくね?
そう思ったら地面から黒いもやが噴き出してきた。そしてそのもやは集まって固まって、気が付いたらそこには5体のリクレッサーが立っていた。
なるほどな、浅層がここで深淵はもっと深い所にあるんだもんな。そりゃ、深淵から漏れ出た力がさっきのもやなんだから地面から噴き出してくるのは当然だな。ってそんな考察してる暇ないじゃん。さっき走りづらいからってしまってた天装まだ出してないんだけど。
「メタトロン!」
「はいはい。まったく仕方ないですね。天法――シルフの逆鱗――。」
メタトロンが発動させた天法が現れたばかりのリクレッサーを地面にたたきつけた。その隙に天装を取り出した。
「あ、もう大丈夫ですね。」
準備が完了したと見るや否や、メタトロンはすぐに天法を止めた。
「ナイスタイミング!」
立ち上がりかけのリクレッサーと距離を詰める。体勢が崩れているおかげで相手から反撃を食らうこともない。さっと刀を振ってまず一番前の一体を切り倒す。そして一歩踏み込んで、返す刀でもう一体。2体倒したところで他の3体が起き上がったから一度距離を取る。
あと3体。ここで行動加速と思考加速を発動させる。感覚的には倍率はおよそ1.5倍。リクレッサーの動きが一瞬止まった瞬間にもう一度距離を一気に詰める。
「ふっ!」
大きく横薙ぎに刀を振り切った。確かな手ごたえが手に残り、倒したという確信と共に前を見ると既にもやになって消えていた。肺にためていた空気を吐きながら加速を解除する。今回は1秒も使ってないな。それだと特に違和感はなし、と。昨日は10秒使ったら血吐いちゃったからな。
「お疲れ様です。たった5体とはいえ、とてもよくできていましたよ。傍から見ていてもスムーズでしたし。」
「ありがとう。でももっと試したいことがあるから、次どこにいるか教えてもらってもいいか?」
「いいですよ。次は向こうの方ですね。」
今度は南西に向かって指をさしていた。
じゃあそっち行くか。
「ところで、さっきの戦闘で思った事が一つだけあるんですがいいですか?」
移動中にメタトロンが声をかけてきた。
「ん?なんだ?」
「もうちょっと天使パワーを使ってみた方がなじむと思いますよ。血を吐くまでとは言いませんが。」
「ああ、わかってるわかってる。だから今その調整中って感じだ。1秒だとセーフで10秒だと吐血みたいな。」
「ああ、なるほど。でもそれなら私が何となくわかりますよ?」
「え?」
「私一応あなたの依り代なので分かりますよ?今結べる契約数が二つですし、受け入れられる天使パワーの合計は加速だけだとだいたい上限が1分とか。」
「え?」
「まあ天使パワーに単位とかはないんで数値に起こすのは無理なんで私の感覚だよりなんですが。当分の間は鼻血が出始めたら危険信号と思ってください。」
「ちょっと待て。」
今めちゃくちゃ重要なことをサラッと言わなかったか?上限が一分?確かに昨日の感じからそれくらいだとは思ってたけどさ。え?今の感じからメタロトンは分かってたってことだよね?
「じゃあ、昨日あとどれくらいで血を吐くとかもわかってたりしてたのか?」
「分かっていましたよ?だからあとどれくらい動けるか逆算して、ギリギリ間に合うタイミングで未来達が間に合うように呼びに行ったんですから。」
「……教えてくれてもよかったんじゃ?」
「え?教えたら止まったんですか?」
……止まれなかっただろうな。実際あの時もし止まってたら皆殺しにされてただろうし。
「だから助っ人を呼びに行ったんですよ。あ、ちなみに1分は本当の上限ですからね。それ以上使ったら死にますのでそれ以上使いそうになったら無理やり止めますよ。」
「ああ……。」
メタトロンって結構俺が考えていることが分かるんだな。いや、でも俺の中に住んでるみたいなこと前言ってたからおかしいことじゃないのか?
「あ、見えてきましたよ。今度はもう出てきていますね。数は7体です。」
「了解。」
「ふう。これで全部倒しきったな。」
今回は2秒使った。特に体調に変化はなし。鼻血が出るとかもない。次は5秒使ってみるか。
「お疲れ様でした。いい調子ですね。次も探しますか?」
「ああ、頼む。」
それから合計で10回ほどリクレッサーの集団との戦闘を繰り返した。結果8秒使った時に鼻血が流れてきたから、7秒までなら自分の体を傷つけないで加速を使うことができるみたいだ。まあ実際は鼻血くらいだったら無視できちゃうから、やばい時は10秒を目安に考えればいいか。
「そういえば、加速の倍率を変えることってできるのか?」
「……えー、まあ、できますが。できるんですが、やらない方がいいと思いますよ。まだ今の倍率に慣れていませんし、倍率を上げたらその分対価も増えますし。」
「ちなみに今の倍率ってどれくらいなんだ?」
「1.5倍です。これでも結構高いほうなんですからね。」
体感通りって感じか。もっと高い倍率をかけられたらリクレッサーの集団をそれこそ瞬殺できそうなんだけどな。
「あと慣れるっていうのは?メタトロンからしたらまだ体がついていっていないように見えるのか?」
「体がついていっていない、というよりは思考が十分加速できていませんね。」
思考が加速できていない?どういうことだ?
「いいですか?もとから守の場合だと思考の方が行動よりもはるかに早いんですよ。思考を10の速さだとしたら行動はよくて7とかです。加速を使っていない時だったら差は3ですよね?でもこれらを1.5倍にしたら……」
「差も1.5倍ってことか。」
そうか、確かにこれまで差が3だったら動けていた。でもそれは裏を返せば3でなければ動けない、ということか。つまりこれまでは無意識のうちに思考の倍率を落としていたていうことか。ってなると、これからするべきことはまず思考の倍率をしっかり1.5倍できるようになることか。
「なるほどな。リクレッサーが近づいてきたら教えてくれないか?それまで思考加速をしっかりできるよう訓練する。」
「了解です。頑張ってくださいね。」
さて、どうするべきか。思考を1.5倍になったかどうかを確認する方法をまず考えないとな。要は普段だったら15秒かかることを10秒でできたらいいんだろう。うーん。……計算とかか?いやそれだと問題によって変わってくるかもしれないし、知ってる問題だとだめだな。文章とかもダメ。読みやすいかどうかで変わってくるし。
「おや?こちらに近づいてくる集団が見えます。数は10体ですね。」
「……了解。」
ダメだ。なんも思いつかない。さっさと片づけるか。10体なら加速を4秒使えばさっき行けたから大丈夫。ああ、本当に10体だ。いやメタトロンを疑っていたとかじゃなくて、もう疲れてきたなって。今日だけで既に少なくとも50体は倒してるし。
よし、全部倒しきった。なんか倒しても特になんも思わなくなったな。初めての時はよっしゃー!とか叫んだ気がするけど。ってかそもそもこいつらは一体何なんだろうな?なんもしてないのに異常に俺たちに対して敵意を振りまいてくるし。
「10体でもあっという間ですか。なんというか慣れてきましたね。」
「ん?ああ、そうだな。だいたいどんな行動をとってくるのかが読めてきたからかな。」
最初は石を投げつけてくる。次に近づいてきてそのでかい腕を大きく振りかぶって振り下ろしてくる。振りかぶったときに隙が大きいからその時に距離を詰めれば大抵何とかなる。
「それよりメタトロン、普段だったら15秒ようなことってなんかあるか?」
「?」
「いや、思考加速がしっかりできているかどうか確認できる方法がないかって思ってさ。」
そんな風に首傾げないでほしい。なんか顔が熱くなりそうです。
「ああ、それなら15秒数えてみたらどうですか?しっかり思考加速できていたら10秒で終わるはずですよ。」
「!!」
そうじゃん。確かに15秒数えるのにはいつも15秒かかるじゃん。天才か?
「じゃ、ちょっと何秒かかったか数えてみてくれないか?俺は思考加速して15秒数えるから。」
「了解です。」
「今!」
「ダメです。12秒経ちました。」
「今!」
「遅いです。13秒です。」
「……今!」
「12秒。」
「……今!」
「12秒。」
「……今!」
「10体です。あっちから接近中です。」
「え?」
★★★★★★★
「……今日はもうやめてもいいのでは?明日も用事があるんでしょう?」
「いや、せっかく何かつかめそうなんだ。できるまでやる。」
私が止めてもまだ続けると鼻血を拭いながら言う守。まったく、なんでこんな風に頑張れるんでしょうかね。守の中から世界を見てきたからこそ分かることがあります。
皆が自分に甘いと。
特に何回か守に突っかかってきたあの眼鏡をかけた同級生は顕著ですね。彼は自分が学力じゃ守に勝てないとみるとそれを努力不足の自分のせいではなく、何とかして守のせいにしようとしてますし。まあ残念ながら周りの人もそれなりに優秀なようで、言いがかりのような彼の言い分など誰も聞き入れていないようですが。
以前守の心の奥に潜ったときには自分が好きで好きでしょうがない、みたいなことを感じたんですがこれは少し違うかもしれませんね。それともそこに至るまでに何か理由があるのか。今夜にでももう一度お邪魔してみましょうか。
「はーい。おしまいです。そろそろ限界です。」
「え?まだそこまで血も吐いてないからいけるよ?」
……口調も変わってしまってるじゃないですか。
「一気に使ったら派手に血も吐きますが、今回は少しづつ使ったので今はそこまででしょう。でもこれ以上使うと反動が一気に来ますよ?」
「そっか。じゃ、帰るよ。」
「はい。そうしましょう。」
実際にはまだ大丈夫なんですがね。加速を使っていない間に少しづつ回復はしているので。今の守はだいたい加速1秒分の自傷ダメージを10秒で回復していますし。
でも、そんなに無理しないでほしいです。
次回8日に更新予定です。