新しい日常
「ふうー。今日も大変だったな。」
未来が去った後、俺たちはまだ裏世界にとどまっていた。
「そうですね。確かにいきなり救助任務が始まりましたから。
……そういえば、そちらの二人と話すのは初めてですね。」
希の言葉で俺たち以外に人がいることを思い出した。
そうだった、今日は二人を助けに来たんだった。二人の方に視線を向けると、少年の方は少し気まずげに、少女は少し緊張したように立っていた。
「あー、なんていうか。今日は助けてくれてありがとう。
あんたたちがいなかったら俺たちは死んでいた。」
「私からもありがとうございましたっす!九条先輩に新井先輩!」
「あー、気にすんな。俺はやるべきことをやっただけだ。
それよりも俺たちってもう名前言っていたっけ?」
「お二人は有名っすよ?何せテッペンと一番星なんすから。少なくとも私の学校の生徒は皆知ってるはずっす。」
えー……。学校外でもそれ通じちゃうんだ。しかも知ってるんだ。なんかシンプルにいやだな。だったら主席を譲れって話なんだけど、手を抜くのは嫌だからな。それにしても一番星っていったら、確か星辺高校の首席のことだったような……え!?希がそうなのか!?
「希がそうだったのか?」
「そうですよ?なので文化祭の時はお願いしますね。」
「お、おう。」
あー、それはよかったかもしれん。文化祭とかただでさえ大変な行事に、その相手が合わない人だったら時間も労力も必要以上にかかるからな。希とだったら普通に話せるし、人柄とかもわかってるからやりやすいし。
「……マジかよ。この二人ってそんな頭よかったのか……。それに加えて強いとか、なんも勝てる要素がないじゃねーか。」
なんか少年がショックを受けている。いいことばかりじゃないんだがね。
「あ、私は白石春香っす。星辺中学の2年生で裁定の天使サリエルの依り代っす。」
「俺は本田武です。天辺中学の2年で節制の天使ガブリエルの依り代をやってます。」
「白石に本田、ね。覚えた。」
人の名前覚えるの苦手だけど、さすがに天使関連の人の名前は覚えないとね。
「まあ、知ってるみたいだけど、一応な。俺は九条守。天辺高校1年で契約の天使メタトロンの依り代だ。よろしく。」
「私は新井希です。星辺高校1年で正義の天使ウリエルの依り代です。」
簡単に自己紹介をしたものの、これから話すことが特になく黙ってしまう。……全員コミュ障かよ。なんか気まずいな。
「あー、今俺と希はさ、喫茶店にいるんだけど来るか?ここで話すのもなんだしな。」
とりあえず話せないのをコミュ障ではなく場所のせいにして切り出してみる。実際自分の血が流れた場所でのんびり話すってのもなんかおかしいしな。
「いいんですか!?」
「ああ。いいよな、希?」
「別にいいですよ。せっかくの機会ですし、いろんなことを話しましょうか。」
「本田も来るか?」
「はい、行きたいです。俺も聞きたいことがいくつかあるので。」
「よし、じゃあ学校近くの『あふたーぬーん。』ってとこに来てくれ。そこにいるから。」
「「分かりました!」」
さてさて、こちらの話は終わったけど天使達の話はどうなったかな。さっきまでメタトロンが天使パワーを使わないで貯めてたって話だったはず。
「……そもそもメタトロン、あなたは自分の依り代に事をもっと気をかけてあげなさい。さっきだって死にそうになってたじゃない。」
「そうよ。依り代は7人しかいないのよ。一人でも減ったら人類滅亡も秒読みになるのよ。」
「そもそも天使が7人しかいないっていうのもおかしいんですけどね。まあ、それはいいですけど。」
「あー、もう。私は守にはやりたいようにやってもらうんです。私から何か口出しするようなことはありません。私からしたらあなた達の方がおかしいですからね。あくまで私達は力を提供する側であってそれをどう使おうがそれは依り代次第なんですよ!」
メタトロンがキレたようにそう言い放つと、俺の方に飛んできた。なんかちょっと泣きそうじゃん。かわいそうに。
「帰りますよ、守。ここにはもう用事ないですからね。」
「おう、そうだな。
じゃ、また後でな。」
そう言い残してメタトロンが開けた穴を通った。
視界が一瞬白く塗りつぶされて、気が付くと喫茶店の椅子に座っていた。
「はー、戻ってきたー。
で、メタトロン。説明してくれる?希が帰ってくるまででいいから。」
「そうですね。守にはしっかりと説明しておきましょう。まあ、でもすぐに帰ってくると思うので、詳しくはまた夜にでもしますね。
一言で言うと、前からかけていた保険です。本当に最終手段として戦闘を始めた時から自分にしていた契約を使いました。」
「契約で?」
「そうです。使える天使パワー量を制限していたんです。上限自体を低くすることで、天使パワーを使いすぎても、もしもの時のために天使パワーを残せるように。」
なるほどね。まあメタトロンの判断は正しかったわけだし特に言うことはないけど。ああ、でも俺も同じことをすれば未来が言っていたことはできそうかな。自分の今使える物だけで戦うことができる。
「あとで相談したいことがあるから、よろしく。」
「分かりました。……っと、希さん達も戻ってきたようです。」
そう言われて向かいの席を見ると、希の肩がピクっと揺れた。
「……んっ。……ああ、戻ってきましたか。」
希も戻ってきたみたいだ。っていうことはあと少しで時間停止も解けるかな。ああ、誘っちまったけど、一体何話すんだろ?
「お疲れさん。今回は結果的には怪我無しで終われてよかったな。」
「お疲れ様です。そうですね。今回ばかりはまずいと思ったんですが、大丈夫でしたね。それに得られるものもあったので収支的にはプラスですね。」
「ああ、やっぱりこれまでは天使の力を借りてごり押しっぽくできてたけど、これからは素の能力が必要になってくるだろうし。」
「その通りです。弓も銃も正しい使い方を知らないので、もっと無駄を減らせるはずですからね。そうすれば、あの化け物にも通用するようになるでしょうし。」
ちょうどその時、世界が色を取り戻し時間が流れ始めた。
「こちら季節の果物ティーになります。」
「あ、ありがとうございます。」
そうだった、紅茶を頼んでいたんだった。体感的には結構時間が経っていたから忘れてた。
「そうでしたね。さっき紅茶頼んでいましたもんね。私も忘れていました。」
希は自分で頼んでいた紅茶をティーカップに注ぎながらそう微笑んでいた。
「俺もだ。そういえば二人ってあとどれくらいで来るかとか言ってたか?」
メタトロンに連れてこられたからそこらへんの話をする時間もなく、帰ってきちゃったからな。
「ああ、確か今学校にいるといっていたのであと少しで来るんじゃないでしょうか。」
「へー、そんな近くにあるんだな、二人の学校って。」
「いやいや、隣にあるじゃないですか。二人の通っている中学校は私達の高校の隣に併設されてますよ。」
「え?そうなのか?道理で高校生っぽくない見た目の人が学校の近くにたくさんいたんだな。」
「さすがに興味なさすぎでは……?」
「いいのいいの。教室内にも名前知ってるの数人しかいないから。
ま、紅茶飲みながら待ってますか。」
紅茶の入ったポットを傾ける。するとポットから洩れた果物の香りが鼻をくすぐる。うーん。この感じがやっぱりいいね。味も濃すぎず薄すぎず、風味をしっかり際立てている。今度はホットで頼んでみるか。
「あと少しで夏休みですね。」
「そうだな。夏休みに入ったら今度は文化祭の準備が始まるみたいだからそれはそれで大変そうだけど。具体的に何するかとかって聞いてるか?」
「いえ、まだ聞いてませんね。ただ去年と同じように運営するのであれば、だいたいは分かりますが。」
「ちなみに去年どんな感じだったか聞いてもいいか?」
「いいですよ。私が聞いた話だと、互いの学校で選ばれた一つのクラスが共同で一つの出し物をするようです。一年生と三年生が星辺高校で、二年生が天辺高校で行います。もちろん当日は互いの高校に自由に出入りできますよ。ちなみに去年の一年生は喫茶店のようなものをやっていたようです。」
「喫茶店、かー。接客はできないからやるとしても軽食作るくらいか。」
ごはん作るくらいなら毎日してるからいける。お茶を入れるのはやったことないからわからんけど。
「ご飯作れるんですか?私はそこまで得意ではないのでうらやましいです。」
「自分で作るようになったら自然と作れるようになるさ。こういうのは習慣が重要だからな。」
カランカラン。
「あ、あそこに先輩たちがいますよ。お待たせしましたっすー!」
「春、もうちょい静かにしろ。ここ店の中だぞ。すいません、遅れました。」
二人が仲良さげに喋りながら店内に入ってきた。いや、別に待ってないんだけどね。それにしても春ね。二人だったらそんな感じに話してるんだな。
「いえいえ、こちらにどうぞ。何か飲みますか?」
希が隣の席に置いていた荷物をどかしながら白石にメニュー表を渡している。
俺も倣うか。俺も隣の席に置いていた自分の荷物をどかしながら座るように軽く席を叩く。
「ありがとうございます。」
本田が軽く頭を下げてからそこに座る。
「本田も何か飲むか?ここの紅茶は結構おいしいぞ。値段は気にしなくてもいいから好きなの頼め。」
「いいんですか!?」
「いいぞ。千円もしないからな。ああ、白石もな。」
「ありがとうございます!」
ふふ、先輩っぽいことできた。後輩に何かおごるってやっぱりあこがれるよな。合理的に考えたら損しかしてないわけだけど、ロマンってやつだからしょうがないよな。カッコよく見えたかな?
二人が頼むものを決めた時にタイミングよく店員さんが注文を取りに来てくれた。
「あ、じゃあ私はアップルティーでお願いします。」
「俺はピーチティーで。」
お、二人とも良いの頼むじゃないか。両方とも俺が結構好きな奴だぞ。なんか話すことないかと探していると、本田が口を開いてくれた。
「お二人って主席なんですよね?しかもあの高校で。」
「そうだな。」「そうですね。」
「勉強するときのコツとかってあったりしますか?俺今のままじゃ高校上がれそうになくて。」
あー、なるほど。勉強のコツか……。俺そこまで勉強とか意識してしたことなかったからアドバイスとか思いつかないんだけど。でもあるとしたら
「どうしたらこうなるのかを常に考えるといいと思う。例えば、日本史だって少し考えれば意味が分かってくる。戦いの動機はたいていが嫉妬や恨みみたいな人間的感情だからな。あの領地が肥えているからそこが欲しい、とか身内を殺されたからその仕返しに、とかな。加えて言うと、別にそれが正しくなくてもいい。まずは自分がどれだけ納得できるかを優先したらいいと思う。」
「私も似たような感じでしょうか。勉強したくない、というのは割と当然でそれをどうすればできるようになるかを考えるんです。例えば将来自分がやりたいこと、とかこの人みたいになりたい、とかですかね。そうすれば勉強に対する抵抗感が減って取り組みやすくなると思いますよ。」
「な、なるほど。」
思ったよりもしっかりアドバイスみたいなことをしてしまったな。まあ俺はそこまでしっかり勉強したことないけどな。授業聞けばたいていわかるし。でもきっと何事においても考え続けることは重要なことなんだとは思う。だから間違った事は言ってない、はず。
「あー、なんかしんみりしちゃったっすね。そういえば、お二人って付き合ってるっすか?」
「「「え?」」」
白石が突然何か言い出した。唐突すぎるだろ。ってか希はまだしも本田も驚いてるのかよ。
「だってさっきあんなに息ぴったりだったじゃないっすか。」
「「「あー、なるほど。」」」
攻撃の息がぴったりだったからってことね。はいはい。
「息ぴったりだったのは多分考えてることが似てるからじゃないか?」
「そうですね。あの時考えられるベストっていうのが、守君と私とでたまたま合致したんだと思いますよ。」
「なんだー。そうなんすね。」
うん、この話は変えた方がよさげだな。いきなり付き合ってるだの言われても混乱してしまうからな。軽く希に目配せすると頷いたから、きっとそう望んでるだろう。
「それより、部活とか何やってるんだ?」
それから小一時間ほど互いの学校生活についての話をしていた。放課後に圭介以外と一緒に時間を過ごすのはほとんど経験がなかったけど、それなりに楽しめた。特に本田が喧嘩ばっかりしてる話はよかったね。だから躊躇いなくリクレッサーのことを殴っていたんだろう。
「――じゃそろそろ帰るか。」
「「はい。」」「そうですね。」
皆の同意をとれたところで、店員さんに会計をお願いした。
店から出ると、日がもう落ちかけていた。
「今日はいろんなことがあったけど、まあ楽しかったな。」
「そうですね。またこんな機会を設けるのもいいかもしれません。」
「賛成っす。是非またやりましょー!」
「俺も、またやりたいです。先輩たちと話すのめっちゃ楽しかったです。」
おお、概ね好評だな。
「なんかあったらいつでも連絡くれ。天使関連でもいいしそれ以外でもいい。」
「勉強の質問だったらいつでも答えられますからね、本田君。もちろん白石さんもですが。」
うーん、先輩してるわ。……え?なんか白石が不服そう。
「春って呼んでくださいっす。で、こっちは武でお願いしたいっす。」
……えー。まあいいけど。
「武はそれでいいのか?」
「え!?……ま、まあいいですけど。」
「そうか。」
これで嫌がってるからって言い訳は使えないな。しょうがないなー。
「分かったよ。また今度な。春、武。」
「今日はお疲れ様でした。春ちゃん、武君。」
「「はい。お疲れ様でした!」」
……ああ、これが普通、か。
★★★★★★★
「な、なんでアイツがあんな楽しそうに……。しかも希まで。ゆ、許さない。許さないぞ。そこはお前が立っていい場所じゃない……!」
これで1章完!です。
2章もよろしくお願いします。
今日中に始める予定です。




