1つ先のステージ
「ねえ、メタトロン?どうして?」
黒翼の天使の陰から、メタトロンが出てきて
「いや、私が知ってると思います?さっきまであなたたちを呼びに行ってたじゃないですか。」
と答えた。なんか親し気だな。初対面じゃないのか。
「そうだぞ、未来。想定外のことに驚くのは当然だが、焦りすぎはよくない。」
「……そうね。今はあれを殺すことだけを考える。」
なんだよ、メタトロンそんなとこいたのか。でも、助けを呼んできてくれたのか。
「そこで死にそうになってるのが例の子だろう?ほらメタトロン、回収して逃げてるといい。」
「そうさせてもらいます。守はいっつも無理ばっかりするので。」
「それを止めるのが私達天使の仕事じゃなかったか?」
「守は特別です。……では、二人とも頑張ってくださいね。」
「当然。」「ああ、大船に乗ったつもりで安心しているといい。」
メタトロンは会話を終えると俺の方に飛んできた。
「勝手に離れてすいません。他の3人の所で治療の続きをしますね。」
そういうと、メタトロンはパチン、と指を鳴らした。すると、俺の体が浮き上がってメタトロンの後ろをついていくように運ばれていった。
★★★★★★★
「行ったな。じゃあ、私達もやるか。」
「うん。」
私は両手に持った鎌を構える。少し違うところがあるとすれば、この鎌は鎖でつながれていて、その長さを私が調整できるっていう点。それ以外はいたって普通の鎌。
「▲▲▲▲▲▲▲ーー?」
相変わらず何言ってるのか分かんない。でも馬鹿にされているのは何となくわかる。
「ルシファー、アレの準備しておいて。」
「アレ?アレってのはアレなのか?まあ、構わんが使うほどの相手か?」
「いいから。」
「……そうか。わかった。」
中位魔性クラスと戦うのは久しぶり。少しは楽しめるといいけど。
★★★★★★★
……なんなんだ、こいつら。本当に同じ人間なのか?
俺は節制の天使ガブリエルの依り代になった本田武だ。今天辺中学の2年生だ。天辺中学って言っても成績よくないと高校に上がれないけどな。何せ、天辺高校といえば男子高校のトップなんだから。はぁー、運よく中学受かった俺は高校には上がれねえかもな……。しかも俺は喧嘩っ早くて、しょっちゅう喧嘩してんだから生活態度でもアウトだよな。
……現実逃避はよくないな。今目の前で左腕がない男が一人でとんでもない化け物と戦ってるんだから。おかしいだろ。なんで左腕がないのにあんな動けるんだよ。さすがに止血はしてるようだが、普通だったら片腕がなくなったらそれだけで恐怖で動けねえはずだ。あの化け物に俺と春はそろって一撃でやられたっていうのに。
それだけじゃねえ。俺たちの隣に横たわっている女もだ。なんで目から血流しながらも攻撃なんてできるんだよ?しかもあれって多分潰れてるよな?おかしいを通り越してこいつらバグってるのか?
……おいおい、もしかしてまだ攻撃するつもりか?もう動かない方がいいんじゃねえか?なんで銃なんて構えてるんだよ……。天使も心配そうにしてるじゃねえか。
しかもしっかり当てて見せやがった。そして男は男でその隙を見逃さずにとどめを刺した。
こいつら、本当に同じ人間か……?
生き残った喜びよりもその疑問の方が先に来た。
★★★★★★★
……すごい、この人たちはすごすぎる。
私こと裁定の天使の依り代、白石春華は目の前の死闘を見ながらも心の中で感動してしまっていた。だってあの人は一年生のテッペン、九条守先輩だったんだから。しかもそれだけじゃない。ここにいるのは同じく一年の一番星、新井希先輩なの。すごい。二人とも勉学だけじゃなくてこんな風に戦うこともできるなんて!
私じゃとてもじゃないけどできない。あの怪物から一撃もらっただけで意識失っちゃったんだもん。でも、今にして思えばその攻撃をもらったのもよかったのかもしれない。あの攻撃を食らったおかげで裁定の力を最大限に使って希先輩を助けることができたんだから。
あの刀捌きもすごい。素人目では本当にすごいのかわからないけど、でもあの怪物を圧倒しているんだからきっとすごいんだろうな。
……二人は付き合ってるのかな?
とても息の合った攻撃であの怪物を倒しきった二人を見て、そんな場違いな感想を抱いてしまった。
どちらにせよ、二人と仲良くなりたいなー。
そんなことを私は考えていた。
★★★★★★★
目の前に突然現れた二人が私周りを囲んでいたリクレッサーを攻撃し始めました。少年はその屈強な肉体から繰り出される眩いほどの赤いオーラをまとったこぶしで、少女は二体の大きな若草色の鎧をまとった騎士に命令を出すことで攻撃を始めました。しかも二体の騎士のうち一体は私の側でまるで私のことを守ってくれているようでした。
……そう、守君はこの二人を助けていたんですね。……ああ、守君が私から離れていってしまうように感じます。せっかく同じ立場の友人が初めてできたと思ったのに。
……いえ、それはまた後にしなさい。まだ、守君が戦っているでしょう。タッグとして、その役割を全うします。
今回は一度も使っていなかった狙撃銃を出します。あの二人が一撃でやられたとなると、弓矢では役不足でしょう。
少し休憩したことで動くようになった体に鞭を打って狙撃銃を二人の戦場に向けて、機会をうかがいます。確実に当てられて、その上で守君が倒しやすそうなときにすぐに撃てるように。
そしてその機会はよくか悪くか、守君に限界が来た後でした。これなら油断している分確実に当てられますが、守君が攻撃を思いっきり受けてしまいました。でも、守君ならきっと大丈夫でしょう。
できるだけ、引き付けて、引き付けて、引き付けて……。
ここです。
守君に当たらないように、でも少し動くだけで攻撃ができるような距離にいるときに私は引き金を引きました。そして予想通り、守君はあのリーダー格を倒しきったようです。左目から涙が流れる感覚とともに私の意識は落ちていきました。
★★★★★★★
メタトロンが連れてきた少女とあのデカ物、――いや今見てみたら悪魔っぽいな。悪魔でいいか――改め悪魔が戦いを始めた。少女はその両手に持った鎌をブーメランのように悪魔に向かって投げつけて、その端についている鎖で軌道を修正しながら攻撃している。そして一度攻撃を終えるとその鎌を瞬時に手元に戻して再び投げつけている。その結果どうなっているかというと、悪魔は少女に近づくことができずに一方的に攻撃を受けるだけになっている。それでも受け切ることはできてないようで、攻撃を受けるたびにその大きな体に傷ができていきもやを霧吹きのように噴き出させている。
……すごいな。
しかもそこまで一方的に攻撃していながら、少女の天使は少女の後ろで何かの準備をしているようだった。つまり、天使の助力なしであの悪魔と対等以上に戦っているのだ。
「守、そして他の3人も今のうちに怪我を治しちゃいますね。」
パチン!とメタトロンが指を鳴らすと、俺たちの体の傷が消えていった。いや、これは巻き戻されていったって感じか……?俺の左腕もすっかり再生して動くようになった。
……ん?メタトロンってこんなことできたの?
そう思ってメタトロンの方を見ると、
「どういうことですか?なぜそれを早く使わなかったんですか?」
「そうよ。そうすれば、この子たちもデザイア関連の怪我をしなかったんじゃないの?」
「それはそうなんですが、こちらにも事情があるんですよ。……」
天使同士で何か話していた。これは今入っていかない方がいいな。
戦場に視線を戻すと、相変わらず少女が悪魔を圧倒していた。体にできている傷は明らかに増えていて、時間の問題だろうな。
そのことに悪魔も気づいていたのだろう、ダメージ度外視で距離を詰めていった。……こいつやっぱり頭よくね?こんなことされたらほぼゲームオーバーじゃん。俺だったらもう詰みだと思うんだけど。
だっていうのに、例の少女は鎌を手元に戻して特に動揺することもなく構えている。そして
――悪魔を普通に迎え撃った。
左手で持った鎌で剣を受け流すと、右手で持った鎌で腹部を切り裂いた。
「……すごいですね。あれは力が強いというよりは経験値が違うっていう感じでしょうか。」
隣で起き上がった希もそう独り言をこぼしながらも戦場から目を離していない。
戦場では、少女の攻撃を食らった悪魔が大きく後ろに下がって距離を取った。
「▲▲▲▲▲▲▲ーー!!」
切られた所を抑えながら怒りの叫び声をあげる悪魔を少女は淡々と追い詰めていく。投げる鎌は百発百中で近距離でも相手にならないとなると、もう悪魔に勝ち目はないように思えた。
そんな時、悪魔の口が不気味に歪んだ。それは見た人の背筋が凍り付くような明らかな悪意が込められていた。そして、俺達の方を見るとその赤い目をいいものを見つけたと言いたげに細めると少女のことを無視してこちらに向かってきた。
「っ!来るか!」
慌てて立ち上がって刀を取り出そうとした。
そう取り出そうとしたその時、悪魔の動きが不自然に止まり、俺たちの前に人が降ってきた。そんなことができるのはさっきまで悪魔と戦っていた少女以外いないだろう。予想通り少女が降ってきた。
「……だからあなたはこれに向いていないの。」
少女は俺の目を見てそうこぼすと、
「あなたたちに一つ先のステージというものを見せてあげる。しっかり見ていることね。」
悪魔の方に振り返りながら俺たち全員に言ってきた。
一つ先のステージ?何だそれ?
空から黒翼の天使が俺たちの方に降りてきた。
「ルシファー、準備できた?」
「ああ、もちろん。やるんだな?」
「うん。」
「では、神臓拡張――天界再演 絶望満ちる母なる大地」
ルシファーの頭上に浮かぶ光輪が急激に大きくなっていく。俺たちも当然として少し離れたところにいる悪魔も巻き込んで、それでもまだ膨張していく。そしてそれが止まったときにはどこまで広がっているのかがわからないほどであった。
「これでいいか、未来?」
「うん。十分。終わりにするよ。」
その少女――未来は手に持った鎌を軽く構える。すると、その鎌に闇色のオーラがまとわりついた。その鎌からは先ほどとは違い、本能的な恐怖を呼び起こすような異質な雰囲気をまとっていた。
しかし、不思議とその恐怖感が薄れていき、冷静に様子を観察できるようになった。
「▲▲▲▲▲▲▲ーー!?」
その鎌に恐怖感を持ったのは悪魔も同じようで少しづつ後退しながら、でも変わらず雄たけびを上げていた。
「じゃ、おしまい。絶望内包する凶鎌。」
その雄たけびを無視して、未来は悪魔に向けて鎌を振り下ろした。
次の瞬間、闇色の斬撃がその振り下ろされた方向に向かって走った。いや、斬撃というには少し太かった。その斬撃は悪魔の体を丸々飲み込み、そして斬撃が消えた後には何も残っていなかった。
「ルシファー、終わったよ。」
「む、そうか。ならもうこれはいらないな。」
「うん。」
「では、もう帰るか?」
「うん。ミカエルには一応言っておいて。中位魔性クラスが出たって。」
「ああ、任せろ。」
ルシファーは未来と会話しながら、その広げた光輪を縮めている。あと少しで元の大きさに戻るだろう。そうすれば、きっとそのまま帰ってしまう。その前に聞きたいことが……。
「あの……。」
「強くなりたいの?」
未来に話しかけようとしたら、先手を取られた。
「ああ。強くなりたいな。次こそあの悪魔に勝てるように。」
「あなたは向いてないって言ったと思うんだけど。」
「だとしても、メタトロンの依り代になったんだ。ならやるべきことはやらないとな。」
「そう……。今回、あなたが下位魔性クラスの時に倒しきれていればよかったんだけど、そこわかってる?中位魔性に進化させたのはあなたの怠慢なんだよ?」
……確かにそうだ。しっかり倒しきれていれば、今回はそれでおしまいだった。未来が出てくる必要もなかった。
「……ああ、わかっている。」
「あなたは自分の限界を知っているはず。なのにそれを普通に超えようとするのは間違っている。限界は超える物じゃない。少しづつその上限を増やしていくことが重要。……いいね?」
なるほど。これまでやってたことはおかしかったのか。確かに戦った後にすぐ倒れるようじゃ、ダメダメだな。最近どんどん数が多くなってきてるんだから、連戦もあり得るわけで。
「……つまり、身の程を知れ、と。」
「そう。」
「……次から気をつけよう。」
「うん。……ここに行くといいよ。西園寺未来。この名前を出せばわかってくれるはず。強くなりたい人は何人でも。」
未来から一枚の紙を渡された。それには地図が書いてあって、中心に星マークがついていた。
「じゃ、私帰る。」
そう言って次の瞬間未来とルシファーの姿は無くなっていた。




