救援任務 中
今更ですが、★の所で視点切り替えです。
……どうなっているんだ、これは?
まず、リクレッサーの数がおかしい。前回の30匹でも多すぎたのに今回は少なく見積もっても50匹くらいいる。敵意のこもった100以上の瞳が俺たちを見つめている。
そしてその集団中央付近で人が二人血だらけになって倒れている。その二人の後ろにいる天使達は力を使い果たしたのか、半分消えそうになっている。
そして、最後の問題としてリーダー格とみてわかるほどの強力な個体がその集団の中央付近――倒れている二人の側――に剣を持って立っていた。その目に敵意を覆い隠すようにじっくりとこちらを見ながら。
「……これは絶対絶命では?」
俺の考えていたことと同じことに気づいていたのだろう希からそんな声が漏れた。
ああ、俺もそう思う。そもそも50体のリクレッサーでも勝てるかどうかわからないのに、それに加えてただ戦っているところを見たことしかないリーダー格とか、不可能としか言いようがない。
「あー、ミカエル読み違えましたね。いくらこの二人が優秀でもまだ下位魔性クラスにはまだ勝てないでしょうに。」
「そうですね。でも私達はやるべきことをしますよ。今回は救援がメインなので、あの二人を助けたら取り合えず逃げましょう。そのために希にも守君と同じ契約をしてあげてください。私も前回そこまで使ってなかった神性の力を使います。」
「……やっぱり前回は使ってなかったんですね。まあ、今いいでしょう。
希さん、手を出してください。守は迎撃だけをウリエルとしてください。」
「はい。」「ああ。」
刀を作り出して、いつ攻撃が開始されても大丈夫なように備える。……いや、これまでそんなことしたことないぞ。どうしてかっていうと、ただリクレッサーは突撃してきただけだったから。っていうことはつまり、最悪にケースとしてはあの真ん中にいるのがあの集団を統率している。しかも、おそらくこちらを警戒するほどの知性も兼ねそろえている。これは、まずいな。そこまで思い立った時、
「▲▲▲▲▲▲▲ーー!!」
その真ん中の個体が叫び声をあげた。そしてそれを合図に5体ほどリクレッサーがこちらに向かって動き始めた。
「守君、来ますよ。私が弱体化させるので、そこまで力を入れずとも斬れるはずです。」
「了解です。」
「では行きます。正義を司る我が三宝が一つ、神性開放――正義を映す瞳――。」
そのウリエルの言葉が聞こえた直後、リクレッサーの動きに異常が起こった。ほとんどトップスピードになりつつあったのに、その動きが少しゆっくりになったのだ。
「これなら――。」
行動加速と思考加速を使って5体を一息に切り裂いた。……うん?なんか昨日よりも体が動くな。相手が少しゆっくりだからとはいえ、ここまでうまくいくか?怪我が治って超回復的な何かが起こったのか?
「▲▲▲▲▲▲▲ーー!!」
一息つく間もなく、リーダー格のリクレッサーの叫び声が聞こえてきた。すると今度は10体がこちらに向かって走り始め、残りのリクレッサーは何かを投げる構えをしている。
――まさか。
「「「▲▲▲▲▲▲▲ーーー!!」」」
走っているリクレッサーと俺たちとの距離がちょうど半分くらいになった時、残っていたほうが俺たちに向かって手に持っていた石を投げつけてきた。
やっぱりか!それに、俺たちの後ろにはまだ契約途中のメタトロンと希がいるからよけることはできない!
「っ!!天法――シルフの羽衣――!」
それに対し、焦ったように天法を展開するウリエル。俺たちの前に現れた風の膜によって、こちらに飛んできていた石がはじかれている。……メタトロンが自分よりも強いって言ってたのは本当なんだな。まあ、だからといってメタトロンを見限るようなことはないけど。
「ごめんなさい、守君!弱体化が解けています!」
「大丈夫です!」
なるほど、確かに少し動きが早くなったようにも見えるか。同時に二つのものを展開するのはできないっぽいかな。でも、これまで10体くらいなら一人で倒しきったことがある。だからきっと大丈夫。
まず、一番前を走っているのを上段からの一太刀で切り伏せ、少し後ろに下がりながら返しの太刀で次の一体を切り裂いた。そして大きく後ろに飛んで、次のリクレッサーを見る。すると、3体が横並びで突進してきていた。
「っ!はあっ!」
慌てて大きく横薙ぎに刀を振った。すると、何とか2体は倒しきれたものの、1体はかすめる程度で左腕を斬り落とすことしかできなかった。
まずいっ!
残った右腕を大きく振りかぶって殴りつけてきた。しかも刀を振り切った状態で戻すことができない!
バギッ!
「痛ぇー!」
咄嗟にその右腕を左腕で受けたものの、左腕が使い物にならなくなってしまった。その上、まだ契約途中のメタトロンと希の所まで飛ばされてしまった。
「はぁ、はぁ。落ち着け、あと6体だ。」
実際にはまだ大量に残っているわけだけど、そこは今の所無視でいい。何とか二人の契約が完了するまで時間を稼がなきゃ。
「神性開放――正義を映す瞳――。
守君、もう一度弱体化しました!」
「ありがとう!」
それはありがたい。俺たちの方に向かって走ってきている残りの6体の動きが少しだけゆっくりになった。……今が使いどころだな。思考加速と行動加速を一時的にではなく、連続で使用する。俺の中の時間が加速し、世界が少しゆっくり動いているように見える。大きく足を踏み出し、右手に持った刀を振るって2体に首を切った。その勢いのまま後ろに回り込み、もう二体の胴を切り裂いた。残った二体が慌ててこちらを振り返りながら、腕を振るってきた。それを難なく躱し、大きく袈裟に切った。
そして思考加速と行動加速を切ると、俺に切られたリクレッサーが黒いもやにその体を変えた。
「はぁ、はぁ。……ゴホゴホッ!」
喉に違和感を感じてせき込むと、そこには血が混じっていた。マジかよ、10秒も使ってないのに血吐くのかよ。
「▲▲▲▲▲▲▲ーー!!」
再びリーダー格の叫び声が聞こえてきた。
今度はなんだ?と思ってそちらを見てみると、再び石を構えているリクレッサーの姿が見えた。そして、その叫び声を合図に一斉に投げてきた。
「はあ!?さっき投げてたじゃねぇか!」
やばいやばいやばい。後ろの二人が逃げられないから俺たちがよけるわけにはいかないし、そもそもさっきの反動のせいか体が上手く動かない!それにウリエルの方を見たら、なんかただでさえ複雑な幾何学模様をしている白い光輪の上により複雑な魔法陣が浮かんでいる。っていうことは今天法を使える状況ではなさそうだし。
「言葉使いが荒いですよ、守。」
「行きますよ。3ダースほどまとめてくれてやります。」
そんな声と共に、俺の後ろから幾筋もの光の線が放射状に放たれた。そして、それらは黒いもやをまとっている石を空中で接触し、――すべて撃ち落とした。
「待たせましたね、守。ああ、また左腕を壊したんですか。それに体内も昨日ほどじゃないですがボロボロと。これは少し休憩が必要ですね。」
メタトロンが壊れた左腕をぺちぺちと触りながらそんなことを言っている。
「ではその間は私達で抑えましょう。行けますよね、ウリエル?」
「もちろんです。でも、弱体化はそこまで長くは持ちません。あと30秒ほどで一回切れます。」
「十分です。行きますよ。」
そう希は言って弓を構えた。その弦を引くと、そこにはいつの間にか光の矢がつがえられている。そしてその弦を離した。
トンッ!
結構離れたところにいた俺にもその音は不思議と明瞭に聞こえた。そして当たった個体がもやになって消えていく。
「▲▲▲▲▲▲▲ーー!!」
それに慌てたように、リーダー格のリクレッサーが大声を上げた。すると、残ったリクレッサーが俺たちを囲むように移動を始めた。
なるほどね、多方面から攻めれば確かに弓じゃ対抗できないだろう。でも、それっていうことは
「ダメですよ。まだ動いちゃ。今治してる最中なんですから。」
「あっ、そうなの?」
「そうですよ。だからダメです。」
「でもさ、今しかこんなチャンス無くない?」
かくかくしかじか。
「……むう。しょうがないですね。では、治療は私が触れていればいいので私が守の肩に乗っておきましょう。」
「おう。」
★★★★★★★
「契約っていうことは何らかの対価が必要なんですよね?」
私は守君を依り代にしている天使メタトロンに問いかけます。
「そうですよ。大きなものを程対価は大きくなるので気を付けて下さいね。」
まあ、それが道理でしょうね。
「ええとウリエルは確か守と同じのをとか言ってましたっけ?だったら思考加速と行動加速ですね。まずできるかどうかを確認しないと。」
「確認、ですか?」
「そうですね。人によってできる契約の数とか対価も変わってくるので、それの計算に急いでもだいたい合計で二分くらいかかります。」
「二分も、ですか。」
戦闘中の一分は大きい。大きすぎる。それだけの時間を守君一人に押し付けるのか。しかもこの異常事態の一分を。
「はい。なので急ぎますよ。手をどちらでもいいので貸してください。その間はできるだけ動かないでください。」
当然ですが、メタトロンの声にも焦りの色があります。なら少しでも急がないと。そしてその間にできる限りの情報を集めておきましょう。
リクレッサーの集団の中でも一際大きな個体が大声を上げ、それを合図に他のリクレッサーが何体か動き始めました。やはりあの大きいのが指揮個体でしたか。しかも一斉攻撃とかではなく、こちらを探るような采配。それなりに知性があると見た方がいいでしょう。
ウリエルの様子が少しおかしいですね。光輪の上に魔法陣のような何かを作っています。しかも大きい。天法を使う時のそれとは段違いの大きさと複雑さです。私も初めて見ますね。そしてその魔法陣が完成した途端、リクレッサーの動きが少し鈍くなりましたね。
「計測完了です。希さんは二つ契約できますね。守と同じでいいですか?」
おや、まだそこまで時間かかってないですが。
「思考加速と行動加速、でしたか。今回はそれでお願いします。」
「はい。では次に対価の計算をします。」
あ、まだそっちがありましたか。……あっ、危ない!守君が私達の方に思いっきり吹っ飛ばされました。あれは左腕がとんでもない角度に折れてますね。でも、私はまだ動けません。……いや、なんで動けてるんですか?痛いでしょう?おかしいですよ?なんで何事もなかったみたいな感じで刀構えてるんですか?それに普通にとんでもない速度で刀振ってるし。ああ、あの動きはつい昨日見たばっかですね。っていうことは体の負担が結構大きいんじゃないでしょうか?
「できました。対価は2時間ですね。いいですか?」
「もちろんです。さ、契約を!」
「契約――思考加速、行動加速。
対価――希さんの2時間。」
その言葉と共に私の体に何か暖かいものがメタトロンのつないでいる手を通じて入ってきました。
「はい契約完了です。行きますよ。」
ちょうどその時、再びリクレッサーの投げた石が雨のように私達の方に飛んできていました。
「はあ!?さっき投げてたじゃねぇか!」
「言葉使いが荒いですよ、守。」
そんな悪態をつく守君の言葉に少し笑いそうになりながら、弓の弦に手をかけました。
「行きますよ。3ダースほどまとめてくれてやります。」
そして、意識を集中させて思考加速と行動加速を発動させて、飛んでくる石めがけて弦をギターを弾くように素早くたくさん引きました。この矢は大きく弦を引けば威力の高い矢が撃てますが、今回のように少しだけ引いて連続で弾けば弱い矢を大量に放つことができるんですよ。思考加速のおかげで全部の意思を撃ち落とすことができました。
勝負はここからですよ?




