NTRの後は、ひねくれヒロインが身に沁みる。
さくっとお読みくださいませ。
「ごめんけど、そういうことなの」
放課後、非常階段の踊り場。僕の彼女、桜堂櫻子さんはそう言った。
いけ好かないイケメン、吉良爽士郎に抱き寄せられながら──
ムカつくことに絵になっていた。
髪も二人そろって金色で一緒。身長が高めなのも、顔が整っているのも一緒。
でもだからといって許せるわけがない。
僕の初めての彼女。まだ初デートもしてないのに奪われたのだから。
しかも、僕の目の前で濃厚なキスも見せられた。
僕なんて手すらつないだことないのに。
でも不思議と怒りの声が出てこない。
というか、僕みたいなモブが二人の仲を批難するのがおかしい、とすら感じてしまった。
これがカースト底辺の悲しい性。
「俺、キミのこと知らないんだ。もしかして同じ学年?」
「そうだよ。影は薄いかもしれないけど、これでも櫻子さんの彼氏だ!」
言ってやった。
でも、吉良は一笑に付すだけ。
「はは。キミが櫻子と? ああ、もしかして僕の提案した遊びの犠牲者だったか。陰キャを狙って、櫻子が告白する。で、櫻子はこう言うんだ。目立ちたくないから、付き合ってることは言わないでってね」
確かに櫻子さんはそう言っていた。
吉良の言う通りだ。
「あ~、確かにキミみたいなタイプはことを大きくしないだろうし、犠牲者にうってつけだね。もし誰かに言いふらしても信じてくれないだろうし」
鋭い指摘だった。
確かに僕は人望も人脈もない。
いるのはひねくれた女友達くらい。
「わたしとほんの少しだけ付き合えて嬉しかった? でも本当に男って単純なんだね。だってわたしに惚れない男はいないんだから。ね、爽士郎?」
「だな。俺も然りってことだ」
そして二人は熱い口づけをした。
僕は込み上げる怒りをぐっと抑え、その場を足早に去るのだった。
ああ、なんて愚かで、惨めなんだ。
今日呼び出される前に、もっと早く気付くべきだった。
でも、そんなの無理ゲーだ。
だってまだ付き合って一週間。
しかも明日は文化祭で、一緒に回る予定だった。
そんな幸せ真っただ中で気付ける慧眼など持ちあわせていない。
人気のない特別棟の廊下を歩くなか、ひとりの小柄な少女が壁にもたれかかっていた。
胸まで届くアッシュグレーの髪を、人差し指に巻きながら。
少し眠そうで、いつものけだるげな感じで。
ひねくれた女友達、日根紅葉だった。
「柊くん、どしたの。そんな泣きそうな顔してさ」
「別に泣いてなんかないし」
「泣きそうって言ってる。このそうは他者から見た様態を表してるのよ。義務教育で習うんだけど」
「いきなり国語の授業を始めないでください。泣きそうだったのに、難しいこと言われて脳がパニックだよ」
「ん、でも、わたしの前で泣きたくないでしょ? わたし、これでも可愛い女の子だし、男の意地として泣きたくないだろうからさ」
「それはそうだけど」
可愛いかはともかく。
でもありがたかった。
もし優しい言葉をかけられたら、泣いてしまう自信がある。
やはり半年間も隣の席とあって、僕の扱いをよく知っていた。
「ま、泣きそうな理由しってるんだけどね。あの学園のヒロインに弄ばれたってことくらい、わたしが知らないわけないよね」
「え、なんで」
僕は絶句した。
「付き合ってることもお見通しだよ。だってここ一週間、わかりやすいように桜堂さんの話するし。前まで名字で呼んでたのに、下の名前で呼び始めるし。執拗に恋バナしてくるし」
「げ。そんなわかりやすいかな、僕」
「とってもわかりやすいよ。なぜ柊くんがその話題を口にするのか、それを考えればす~ぐわかっちゃう」
「日根っていつもそんなことを考えて会話してるんだ……」
いちいち穿った見方をして疲れないのだろうか。
「でも、柊くんの時だけだから」
「え? なんで僕だけ──」
日根は一瞬だけ僕の目を見たが、すぐに逸らしてしまう。
「そりゃあ……単純で愚直で心が読みやすいからよ!」
「そこは素直といってもらえませんかね!」
いつもの日根とのやりとり。
でもこれが今の壊れそうな僕の心を支えてくれている。
「ありがとう」
「柊くん、わたしまだ何もしてないよ。まだな~んにも」
「充分だよ。でもなんで、櫻子さんが浮気してるってわかったの?」
日根は悪い笑みを浮かべながら、指パッチンをした。
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりだ。
「そんなの簡単。ああいう王道系ヒロインが気に入らなくて、ボロを見つけようと探った結果よ。案の定だったわけね」
「うわー動機が不純だし、すごい行動力だし、ツッコミどころがすごいなぁ。でもだったら、事前に教えてくれてもよかったんじゃ」
「柊くん」
「え、なに」
日根がもっともらしい真面目な顔をする。
僕は何か深遠な理由があるのかとつい邪推してしまった。
「わたし、柊くんにはたっぷり傷ついて欲しくて。これでああいう女はダメだって気付いたでしょ」
「うわぁ。とことん性格悪いなぁ。でも確かにトラウマだし、もう関わりたくない人種になったかな」
「そうそう。柊くんにはわたしみたいなヒロインが案外ぴったりなのよ」
「どこにこんなひねくれたヒロインがどこにいるんだ……」
何もかも穿った見方して、口が悪くて、それでもってドSなヒロイン。
どこに需要があるのか。
ヒロインとはもっと大衆に受ける存在であるはずだ。
日根は言いたいことは言い終わったのか、もたれかかった壁から離れる。
「柊くん、明日は文化祭よ。もっと元気出さなきゃ」
「うん、色々思うところはあるけど、そうだね。クラスの出し物もあるし」
僕のクラスはミスコンとミスターコンを運営する。
当然、僕や日根は司会ではないが、少々のアシスタントや演出を担当することになっている。
「あぁ、てことは吉良や櫻子さんも登壇するのか。ステージで二人を見るのはやだな……」
明日になっても、あの惨劇はフラッシュバックするだろう。
元気が出るどころか、気が落ち込むだけだ。
でも、その代わり、珍しく日根は意気込んでいた。
「明日が晴れの舞台。頑張らなきゃね」
「まぁ僕たちただの雑用だけどね」
それなのに、日根はまるで主役のような顔をしているのだった。
◇
文化祭当日。
僕は昨日の傷を忘れぬまま、さぞどんよりした表情でいたんだろう。
そんな僕に誰も関わろうとするはずがなく、文化祭ぼっちが決まっていた。
と思ったら、別のぼっちが関わってきた。
「柊くん、仕方ないから一緒にまわってあげようか」
「それはこっちのセリフ。日根はいつもぼっちだし」
「いつもは自ら進んでぼっちなだけ。今日は自ら進んで柊くんを誘ってるだけ」
日根にしては珍しい心がけだ。
おそらく傷心の僕を慰めてくれてるんだろう。
はぁ。僕はなんて惨めで格好悪い男なんだ。
でも、日根の殊勝な気遣いを無駄にするほど僕は腐ってない。
「……よし。まずはお化け屋敷だ!!!」
「え、ちょっとわたし、そういうの意外と苦手だからさ。や、でも、苦手といっても、お化けが怖いのではなくて、いきなり驚かされると、どうしても人間ってびくっとしちゃうじゃない? わたし、そのびくっが人より大きくて。ってねぇ聞いてる? いえ、それよりも驚いた素っ頓狂な声を他人に聞かせるのが苦痛で苦痛で──」
何かごちゃごちゃ言っていたけど、とりあえずお化け屋敷に入ってみる。
すると、日根はめちゃくちゃびびるし、俺にくっついてくるし、可愛い声あげるし、面白い一面が見れて大変満足だった。
「ねぇ、わたしの話聞いてた? 」
「これっぽっちも。でも、お化け屋敷にいたほうが可愛げあったよ」
「うっ。この屈辱、末代まで呪ってやるから! 次はわたしが行きたい場所ね!」
「どうぞどうぞ」
そう言って着いたのはゲーム屋敷なる場所だった。
どうやらカードゲームやボードゲームが体験できるようで、勝てば屋台の無料券が報酬として出るらしい。
ゲームの挑戦権が百円なので、ここで勝てば昼食代がかなり浮くことになる。
「わたしはここで王になる」
そう意気込んだ日根は大富豪に挑戦し、全戦全勝。
まさに女王の貫録でその教室を支配していた。
「凄いな。どうして運ゲーなのに勝てるんだ……」
「運? 大富豪は運を実力でカバーするものよ。手札が悪ければブラフでごまかせるし、脳内に勝ち筋を公式のごとく組み立てれば、思考を省略できる。そうすれば、相手の手札管理に脳のリソースを割ける。相手の手札を──」
何かごちゃごちゃ言っていたので、僕はおとなしくしようと、屋台エリアに連れてくことにした。
「それ、おいしそうだね」
僕が焼そばを食べ終わるなか、日根はレインボーなわたあめを食べていた。
「ただ甘いだけよ。七色っていうから味がついてるものかと思ってたのに。食べる? 」
そう言って日根はわたあめを差し出す。
これは間接キッスというえちえちなイベントでは!?
しかもわたあめは唾液がついた場所が固まっているので、生々しさがなんというかすごい。
「お言葉に甘えて」
「もらうのね。意外」
「そう? だっておいしそうだし」
「嫌がるかなって」
「全然。だって日根だし」
「…………それはどうも」
言葉に詰まる日根を見ると、顔を赤らめていた。
そんなに全部食べたかったなら、提案しなくてもよかったのに……。
僕たちは昼食を終えると、コンテストの準備に取りかかるのだった。
◇
目線の遠く先、ステージ上にあの二人はいた。
僕はステージの向かいにある照明室で、ひとり歯を噛みしめて眺める。
遠くからでも少女漫画の主人公とヒロインさながらに光り輝いているのがわかった。
他にエントリーした美男美女がかすむくらいに圧倒的だ。
あれほど下衆で愚劣なのに、自己紹介で聖人ぶっていてムカつく。
「それではみなさん、パフォーマンスタイムの時間です!」
僕は司会に合わせて照明を暗くし、すぐさま中央にスポットライトを当てる。
パフォーマンスタイムとは、立候補者に五分与えられる、得意なことを披露してもらう時間だ。
得意なスポーツ、歌、ダンス、早食い、となんでもありで、審査の対象になるとのこと。
また、パフォーマンス時はステージ奥の映画館並みの特大モニターに、紹介映像が流れる仕組みになっている。
確かこの映像は日根たちが担当してるんだっけな。
一人目はリフティングの披露で、奥の映像にはサッカーの得点シーンが流れ、そして二人、三人と続いていき、そして男子の大取、吉良爽士郎が登場する。
僕が嫌々ながら照明を調整し終わると、事件は起こった。
会場がどよめく。
最初は吉良のダンスによるものかと思ったが、どうやら奥のモニターに原因があるようだった。
画面に映っていたのは、吉良と櫻子さん。
しかも昨日の非常階段の様子で、上手く僕が映らない角度で階段わきから撮られていた。
僕の声には加工されており誰か判別できないが、二人の声は諸に実声のままで、昨日の悪逆非道がそのまま流される。
二人の醜悪な表情をアップに、僕を侮蔑した一部始終が上映されている。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! これは偽物だ! 俺なんかじゃない!!!」
吉良はダンスどころでなく、止まらない映像を身体で必死に隠そうとしていた。
わちゃわちゃと動く様子が、どこか不格好な踊りのようで憐れだ。
街灯にしがみつく害虫のようですらある。
「でも誰がこんなことを」
垂れ幕が降ろし終わる頃には、三人目の被害者まで流されており、会場のボルテージはとどまることを知らない。
舞台袖で慌てふためくスタッフ陣のかたわら、のんきに欠伸をする日根がいた。
彼女はそこから照明室の僕を見ると、ピースをキメる。
いや、ビクトリーサインというわけか。
「多分あいつだな。聞きに行くしかない」
僕はコンテストどころの騒ぎではなくなった現場に赴く。
そして、首謀者であろう日根を会場の端に連れていった。
「柊くん、どしたの。そんな驚いた顔してさ」
「とりあえず感謝を言いに来た」
「ちょっとまだ早いよ。ほら、壇上に元カノさんがいる。見なくていいのね?」
「……え!?」
ステージの上、そこには顔面蒼白の櫻子さんがいた。
マイク片手に何か言いたげだ。
「みなさん、待ってください!!! あれは爽士郎も言ったように、完全なでまかせで、誰かがわたしたちを陥れようと。う、うううう」
泣いて名女優っぷりを見せる櫻子さん。
でも、あそこまで精巧な映像技術を一介の高校生が持ち合わせているわけがない。
信じる者は誰もいなかった。
表舞台に出たばかりに、悪質なヤジが飛んでくる。
「あの濃厚なキス、もう一度今見せて下さい!!!」
「寝取った気持ちおしえてください!!!」
「さっきのってそういうプレイなんすか!?!?」
どうやら日根以外にも二人を嫌う者は少なくないようで、擁護の声は全くなく、ひたすらヤジと陰口が会場を包む。
「うううううう」
泣き崩れる櫻子さん。
そのヒロインを助けに来たがごとく、吉良がさっそうと現れる。
「櫻子、こんなやつらの悪口なんて無視していいから、一緒に静かなとこまで行こう」
さっと手を出す吉良は本当に主人公然としていたが──
「非常階段ルートきたぞ!!!!」
ヤジで一気に感動的雰囲気が消え去る。
ちなみに、日根はツボに入ったのかやけに笑っていた。
「ふふふ。あの非常階段、どうやら聖地になったようね」
「僕にとってはトラウマの地だけどね……」
二人が立ち去ったところで、なぜか日根がステージに上がっていった。
「はいっ。ここまでが男子の部、パフォーマンスタイムと言うことで、お客様方に審査してもらおうと思います」
混乱のなか、うまく日根が場を収める。
ちなみに、結果は吉良の圧勝だった。
観客もノリがわかっているらしい。
なんとか男子の部は終わらせられたものの、女子の部は混乱につき中止。
コンテストの余韻は大きく、終わった後もいたるところで噂がささやかれていた。
いくらファンが多い二人といえど、ここまで大事になったらイメージの修復は不可能だろう。
「反響が凄いようね」
教師陣から呼び出されていた日根が誰もいない教室に戻ってくる。
「お咎めなしだったって聞いたけど」
「学校としてはああいった派手なパフォーマンスということにして終わらせたいみたいね。わたしが上手く収めた結果よ。褒めて」
「褒めるも何も自作自演じゃないか」
「褒めて」
「す、すごいです」
「それでいいのよ」
「あと、ありがとう。僕のためにここまでしてくれて」
僕はさきほど途中だった感謝をしっかり伝える。
でも、きっといつもの日根ならこう言うんだろう。
桜堂さんを陥れたかっただけ、ってね。
日根はそういう人間だ。
でも僕の予想は外れた。
「そうよ。わたしは自分の身を危険にさらしてまで、柊くんに前を向いて欲しかった。昨日の件から立ち直って欲しくて」
やけに素直で、僕は言葉が出なかった。
いつもは迂遠で皮肉な言い方をするのに今回に限って。
「日根ってそんないいやつだっけ。僕のために身を犠牲にする覚悟なんてしてさ。まるで僕のことが好きみたいだ」
いつもの日根ならここで、と予想をしようとして辞めた。
だって、顔を赤くして、いつもは鋭い目が妙にくりっくりで──
緊張が、胸の鼓動が、その空気感をもって伝わってきたのだから。
「……好きよ。好きに決まってるじゃない」
日根の声にしては、震えて、小さくて、そして、乙女だった。
続いて、何とか声を紡ぎ出す。
「正直、桜堂さんと付き合ってるのを知って幻滅した。なんでわたしがいながら、あんなのを選んだのか理解できなかった」
日根は少しだけ時間をおいて僕を見つめた。
「──柊くん、わたしじゃだめなの?」
思えば、日根と過ごす高校生活は楽しい。
七色には輝いてないかもしれない。
けれど、日根は僕の無色な世界をいつだって色づけてくれている。
ちょっと黒々とした色というか、なんならどす黒いけど。
でも、僕はそんな日根のことを、きっと知らないうちに、気付いてないだけで、もう既に──
「これからよろしく、紅葉」
僕は初めて彼女のことを名前で呼ぶのだった。
少しでもいいなと思っていただけたら、評価☆☆☆☆☆のほどよろしくお願いいたします~!