第八話 『日々の始まり』
脳内にどでかい音が響く。不快な音だ。休んでいた脳を現実に引っ張り出すナイフのような、いうなれば目覚ましのような音だ。うるさい。
「・・・っさい!!」
だんだんと大きくなる音に苛立ち、ついには目を開く。
不快な音で強制的に叩き起こされるのはこんなにも苛立つものだったのか。久しぶりの感覚だ。しかしながら、目を開いたとたんにその音は消え去り、夢の中で目覚ましが鳴っていたのかと思わせるくらいだ。いったい、なんだったのだろう。
「ユウ君、起きましたか?今日の10時ほどに食堂でお待ちしてます!今日も魔術訓練です!」
唐突に部屋に流れる女の子の声に驚いて、意識も完全に覚醒する。周囲を見渡すが、しかしながらこの部屋には誰もいない。オリーもだ。いったいなんなんだ。すると、ふと、ポケットの中に水色の半透明な石が光っているのが見える。一緒に赤い石も入っている。これは確か、オリーが魔石と言っていたものだ。手に持った途端に光は消えてしまったが、一応そのままポケットに入れておこう。さっきの声が幻聴でなければ、10時と言っていた。時計が必要だ。オリーが昨日付けていたのは銀色のブレスレットで、オレンジ色の石がはめられたもので・・・。
「あった、これか。」
荷物を漁っていた手でつかみ、腕に着けてみる。するとその瞬間に「時計」の概念が体に刻まれた。どういう感覚かよくわからないが、現在の時間が正確にわかる気がする。現在は4月5日9時32分11秒ほどだろうか。なんだこれは。
推測をするに、今日の朝にアリアからの謎の魔術による連絡があり、10時に間に合うように勝手に、または誰かが目覚ましの魔術かなにかで叩き起こしたということだろうか。
「せっかくの睡眠を・・・、許せねぇ・・・、アリアをとっちめてやりてぇ・・・。」
どうせやったのはアリアだろう。というかそれ以外に浮かばない。会って二日目の男子相手にこんなことするのか。たしかに転入生仲間で、現在学園内には人が少ないのだが・・・。
あれ、レオナルドさんって今日はいるのだろうか。いないとアリアによるマンツーマン講義になってしまってとてもまずいのだが。別に可愛いからではない。教え方が絶望的に下手くそだからだ。ズバッと言えば、今日一日は無駄になるかもしれない。
とりあえず、寝る前に着替えた寝巻を脱ぎ、制服に着替え、ローブを羽織い、杖を持つ。鍵も忘れずに。これで準備は完了だが一応お手洗いにも行っておこう。
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お手洗いも完了し、長い階段を下る。324号室は5階にあるため、1階の食堂までまぁまぁ距離がある。この寮舎を移動するだけで体が鍛えられそうだ。うーむ、魔術でひとっとびしたい。
ユウが食堂に着いたときは9時45分くらいになっていた。周囲を見渡しても人の姿がない。少しだけだが動いたのでお腹も減った。とりあえず、食堂で何があるかだけでも見てみよう。そう思いカウンターの周りにおいてあるメニュー表を開く。人気順にらぁめん、かれい、カラ揚げ、フライさかな、エトセトラ。若干ながら文字が違うというか、名前が違うがよく知っている物たちだろう。好きなもの、カレーもどきを今日は頼もうかな。
「かれい、お願いします。」
「アタシも!!」
「あいよー。」
「うわあっ!」
すっ、と横にアリアが現れていた。メニューを見ていた時には気配すら感じなかったというのに、いつからいたのだろうか。この人やっぱり怖い。
「おはよう!」
「お、おはよう。」
他人の目覚まし勝手にセットしたのを忘れたかというくらいに、ぬるっと現れて普通に挨拶するじゃん怖い。そして距離近いよ危ないよ。
「今日はレオナルドさんの代わりに、ニーアさんが私と教えてくれます!」
「あー、ありがとう・・・。あれ?ニーアさんは・・・?」
そういったアリアは一人だ。確かニーアさんとは同級生で、多分部屋も近いんじゃないだろうか。
「寝坊・・・かな?朝弱いんだって。しょうがないね。」
僕もそこまで朝強くないんですけど。誰かさんが勝手に目覚ましかけやがって。重罪だぞ、裁かれてもおかしくないぞ。
「その分、ユウ君とアタシはちゃんと起きれて偉いのでした。」
「誰かさんのおかげでね。」
「照れるなぁ。」
とりあえずアリアに常識がないという事がよくわかった。身近な危険人物。
「かれい二人分できたわよー。」
おばちゃんの出すカレーが2つ乗ったプレートを持って近くのテーブルにつく。その反対側にアリアも座る。ぱっと見た感じは普通のカレーと同じだが、匂いが少し辛めだろうか。とても食欲をそそられる。スプーンをとり、手を合わせる。
「アリアって、いただきますのあれ、わかる・・・?」
「あー、あれーは、信仰?だから?気にしなくてもいいらしい・・・?」
そう聞き、いただきます、と、それだけ言って食べ始める。
なんともあやふやな回答だ。だいたいアリアの性格がわかってきた。大雑把で常識がなく、年頃なはずなのに無駄に距離が近くて危ない。バカっぽいが、昨日見た限りだと魔術は結構綺麗に使えていた。箸は使えないが、食べ物もおいしそうに、綺麗に食べる。というかなんだこのカレー辛っ!?急いでお水を飲む。とても美味しいが、辛い。ユウ自身にそこまで辛いもの耐性がないせいでもあるのだが、とりあえず、辛い。
「辛くないの・・・?」
「んー、辛いけど、美味しいからだいじょーぶ!」
まったく顔色を変えずに食べ続けるアリアを見て、こいつ舌までバカなのか・・・?辛いの行ける口なだけか・・・?と考えるユウ。今日も大変な一日になりそうだ。
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「バカみたいに辛かったぞ・・・。」
ようやく食べ終えたころはおよそ25分を回ったころだった。そして、そこから辛くないと言っているのに全然食べ終わらないアリアが食べ終わったのが30分ごろ。お皿を片し、外に出ることにはもう40分ごろであった。
「もうほとんどお昼だと思うんだけど・・・。」
「もうお昼食べたいんですか!だめですよ!練習を頑張ってからです!」
そういうことじゃないんだよ。
ふふふ、と鼻を鳴らすアリアはもう、先生モードに入っているらしい。そんなとこまでするならもっと教え方をどうにかしてほしいんだけれども。
「まずは昨日の復習からだね!じゃなくてからです!頑張って!」
言われた通りに昨日のうちにとりあえずできるようになった基礎魔術、物体浮遊で小さな石を縦に浮かせ、呼び寄せで横に動かす。集中すれば案外できるものだ。何回やっても不思議な感覚だが、自分が触らないでも思ったように動くのは面白い。そして問題だった属性魔術、ユウの場合は雷の魔術だ。昨日、アリアの前ではマナ切れで出せなかったが、果たして今はどうだろうか。目を瞑り、昨日の感覚を思い出し、雷を想像する。自分の身体の奥から杖に、そして杖から地面に流れるのを想像する。一瞬の電撃のような感覚が走り、目を開くと本当に杖から雷が出る。
「おおおおおお!!すごい!!ちゃんとできてる!!」
橙色の目を輝かさせてアリアが言う。無邪気とは偶に毒である。
「それで、今日は何を教えてくれるんでしょうか、アリア先生さん。」
だいぶアリアとの会話も慣れてきた。というより、扱いに慣れてきた。
「ふっふっふ。今日はこの世界についての座学を行います!異世界人のユウ君にはぴったりで、ここには他の人がいないのです!なんて好都合!」
実技においてアリアの教え方は絶望的で、ニーアさんのいない今は実技じゃない状況はとても嬉しい。加えてこの世界についての基礎知識だ。昨日、散々動き回ったが、やはり知らない世界だと感じる部分も少なくなかった。ありがたい。
「じゃあ、よろしくお願いします・・・。」
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「この大陸、ウルディアはこの世界の中心の大陸。他にも大陸はあるんだけど省略!それでこのエルダ学園はこの大陸の王都の比較的、郊外部に位置します。この学園には世界各地から通う、様々な種族がいます。亜人とか獣人とか人間以外もです!あとはまぁ、貴族とかも多いらしいです。聖八十八家って言って、なんか、偉いらしいです。えーっと、貴族がいっぱいいるせいでなんか国の偉いとことつながっていて国家警察とか政治とかと関わってるらしいです。この学園は魔術だけでなく一般教養?と言われるものも教えていて、立派な大人になれるらしいです!でもほとんどが冒険職と言われる対魔族軍に行くらしいです。物騒な世界です。そう、現在、隣のスコール大陸は魔族の進行で壊滅状態で、本格的に戦争してるのです。じつはアタシ、そこらへんの出身なんだよ!遠かった!あとは、えっとー・・・。」
コーヴァス寮の出口のすぐ近くにあるベンチに座り、話を延々と聞かされる。何が座学でよかっただ。アリアの説明はちゃんと説明にはなっているが、話と話の繋がりがめちゃくちゃで、話の本筋を見失う。確かに大事な話で重要な情報なのかもしれないのだが、いかんせん頭に入ってこない。ニーアさん、早く来てくれないかな。
「違う違う違う!大事な話!この学園では部活が必須らしくて、でもでも、転入生も多いから勉強はある程度できたら途中からでも大丈夫?らしいよ!だからやっぱり基礎は大事なのです!あとはね、なんか色々な行事があって、スコール大陸への遠征擬きもあるらしいよ!これはアタシの一番の楽しみでね!えっと、友達と泊まるんだって!いっぱい仲良くなれるかな。あとあとー、」
「ちょっと待って。さすがに感想混ぜ始めたらもう聞けないんだけど・・・。」
アリアがはっ、とした顔をする。後ろを向き、いけないけない、ちゃんとしなきゃ、と小声でつぶやく。ほんとにしっかりしてくれ。そして振り返らず再び話し始める。
「えっと、大事なことをちゃんと話します。この国は現在、王政が安定しておらずかつ、魔族の進行を受けていて、それに対抗する手段の一つとして、対魔族軍および、大陸冒険者を増やすことです。魔族に対抗するには魔術や魔法の使用であり、それを育成する機関としてこの学園エルダがあります!この学園での学業は一般レベル、魔術は最高レベルの教育機関であり、さっき言った冒険職以外にも政治家や公務員に進むものも多いのです!そしてそんな学園であるため転入者が多く、寮ごとの趣向で歓迎され、アタシたちのコーヴァス寮では優しく包み込むがモットーとなっております。そしてですね、えっと、教師陣・・・はいらないでしょ・・・。そう、寮はコーヴァス寮、シグニス寮、フォエニス寮の三つです!えっと、行事は・・・。」
「アリアさん・・・?その読んでる資料をくれません?」
「よよよよよよんでないよ!というか、ユウ君もこれ貰ってるはずなんだけどね・・・。」
ユウの言葉にビクつきながらもアリアはユウに台本代わりにしていた学園資料を渡す。みたことあるような、ないような資料だ。パラパラパラ、とめくり、結構目につくページがある。今日は部屋に戻ったら確認しておこう。
「なんか、誰かさんのせいですごく眠い気がする・・・。」
「なんで欠伸してるの!ちゃんと聞いて!」
よく晴れたお昼前、寝不足で延々と話しを聞く。そりゃ欠伸も出ます。こいつなんでこんな元気なんだ。昨日は動きまくったし勉強みたいなこともしたんだし疲れたんだぞ。
「身体動かさないと眠すぎて辛いんですけど・・・。」
「えー。まだまだ説明することがあると思うんだけど・・・・。」
「全然説明進まないのにまだあるんですか・・・。」
あの説明が序の口だとするのならば、聞き終わるのは夜だろうか。そんなことよりも魔術が使いたい。あの非日常感を味わわせてくれ。
「あー、魔術が使いたいなぁ。アリア先生の、とってもすごーい魔術が、見たいなー!」
「えぇ?そんなこと言ってもなぁ。ふふふ。」
あからさまに上機嫌になった。扱いやすすぎか?こんな見え透いた機嫌取りに引っかかるなんて、やっぱりアホなのか?
アリアは後ろを向き、ポケットから今朝見た水色の魔石と同じものを取り出し、それに向かって話しかける。
「ニーアさん!アタシたちは魔術広場で練習してますね!」
喋り始めと同時に石が光り、喋り終わると石の光りは落ち着いた。携帯みたいな魔術なのだろうか。異世界でも便利である。
よし、と喋り終わったアリアはこちらを向き、にこっと笑う。
「さぁ!魔術の練習だよ!!びしばし?いくからね!!」