第五話 『初級魔術師のススメ』
銀髪の髪を自然な風に整えた髪型の少年が近づいてきた。周りをきょろきょろと見回しているが、しっかりとまっすぐユウ達の方へと歩いてきている。ゲンが言った少年だろうとユウは気づく。
「えっと、君たちが高等部二年に転入する、アリアさんと、エノモト君で、あってるかな?」
「うわあっ!」
アリアの後ろから近付いてきた声に、アリアが変な声を出して、飛び跳ねる。
「そうですけど、誰ですか!!」
「俺はレオナルド・スキュートム。君たちの一つ上さ。ゲンさんに言われて魔術の基礎を教えてあげて、と頼まれたんだ。よろしくね。」
「じゃあアタシも教えてあげるから、二人がかりで教えてあげるってことになるのか!贅沢なことだね!」
「よろしくお願いします・・・?」
ユウは二人の勢いに気圧されそうになるが、頑張って受け止める。なにせ高等レベルの魔法とかまで頑張って覚えなければならないのだ。覚悟はしておかないといけない。
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「ゲンさんから記憶喪失レベルだと聞いたけど、とりあえず魔術用の杖持っているかい?」
コーヴァス寮から出たところでそんなことを言われた。杖、杖だ。魔法使いと言ったら杖だ。そりゃあ必要だ。でも、だ。
「持ってないです・・・。」
「あ、アタシもない!荷物の中にまだ入ってるかも!取りに行かなきゃ!行くよユウ君!レオナルドさん、少々お待ちをです!」
「ああ、走るのはいいけど気を付けてね!」
初対面の人を待たせるのはまずいので急いで受け取った荷物の中に多分ある杖を取ってくることにした。アリアが先に駆け出す。荷物を持って階段を上るだけで疲れるのに走らないでほしいのだけれどもそんなことは言えない。頑張ってついていかなければ。
今までもらった情報をまた整理する。一番気になったのは、魔法魔法だと考えていたが、誰もが口に出していたのは魔術という言葉だ。何か違うのだろうか。あとはラーメンと箸だが、食材に使っているものが違ったが味はそこまで大きくは変わっていなかった。元の世界とこの異世界がどこかで交わって、それぞれ独自の進化を遂げたように見える。ついでにいうとゲンさんやレオナルドさんには異世界人って気付かれていないような気がした。逆になんでアリアに気付かれたのも疑問だが、言われた記憶喪失のようなもの、が引っかかっている。しかしながら、そう考えるといい設定をもらってしまった。まぁ状態的には間違っていないはずだ。
そんなことをつらつら考えていたら案外早く、昨晩を過ごした部屋のある建物へとやってきた。ゲンさん曰くここは特別棟と呼ばれるらしい。三階から上は図書館もあるらしい。珍しくも切れていない息を整え階段を上り、荷物のある部屋の鍵を開ける。昨日、雑に置いたままの荷物がそのままの姿で散らかっている。ここから棒一本を探さなければならない。あれ?昨日より荷物が増えていないだろうか。
「あ!ユウ君のところに制服発見です!着てみてよ!」
「うわああっ!」
ひょこっと現れたアリアにびっくりする。そんなユウの反応を見てアリアはにっしっしと笑いユウの散らかった荷物の中から制服を取り出す。昨日まではなかったはずのものだ。いったいだれが届けたのだろうか。転送魔法とかだろうか。
「き、着るから閉めるから!ほらほら!」
ちぇーっといった顔をしたアリアを部屋の外に出し、部屋の扉を閉める。新しく届いた制服はいたって普通の高校の制服だ。異世界にまで来て制服着るのかよ、うげぇと思いつつもローブと服を脱ぎ、ワイシャツに袖を通す。まだ春休みのはずなので通したシャツは二枚あったうちの長袖の方。長袖のワイシャツがワイシャツの中で一番嫌いなのだが、このシャツはあまり息苦しさがない。これにも魔法や魔術が編み込まれているのだろうか。ズボンとそのベルトは普通のもので、完全に学生の姿になった。そして再びローブを羽織る。ほんとうにゲームやテレビでみたような、フィクションの魔法使いの学生だ。胸が高鳴り、一瞬、涙すら出そうになる。
着替え終わり扉を開けるとアリアの姿は見えなかった。きょろきょろとすると近くの壁にうずくまっていた。この世界の人は他の人の着替えを待てないのだろうか。開いた扉に気付きアリアがこちらを向き立ち上がる。
「おお!!さすっが男子!かっこいいね!!ポケットの杖持ってみればほら!ユウ君も魔術師だ!!」
そういわれおもむろにローブのポケットを探ると杖が入っていた。いつから入ってたのだろうか。それを取り出し構える。今にも魔法や魔術が飛び出そうな雰囲気だ。
「んじゃ!準備できたことだし行きますか!!」
「ん。そうだ、聞きたいことがあるんですが・・・。異世界人ってやっぱ気づかれないほうがいいのかな・・・?あと、魔法って何ですか?」
さっきの疑問を口にする。
「いい質問ですね、ユウ君!異世界人っていうか、君のいた世界のことはなるべく隠したほうがいいんだよ。」
やはり異世界もののお約束だ。あまり言いふらすと命が危ない―、みたいなことだろう。ちゃんと記憶喪失みたいな感じという役を演じきらなければ。
「そして魔法ですが!ヒトが一般に使うのは魔術という、既に原理が解明されているエーテル現象のことです!そしてその魔術にくらべ、原理が解明されていない奇跡を魔法というのです!えへん。」
アリアが自慢げに説明する。つまるところ高レアなのが魔法で普通なのが魔術というわけだ。わかりやすい。こんな説明なら魔法、ではなく魔術もちゃんと教えてくれそうだ。
「なるほど・・・、勉強になります先生。」
本当はなんでそんなに心の距離が近いのかも聞きたかったが、質問内容がキモすぎると自覚してさすがにやめた。
そんな話をしながら特別棟を出る。ユウは走って戻ろうとするのだが、アリアにローブをつかまれる。
「ユウ君よ!ここに杖があるじゃろ?ふふふ、こほん。」
アリアが杖を取り出し何か唱え始める。すると、足の裏に熱を感じた直後、足が重力の支えを無くしバランスを崩しそうになる。しかしアリアに支えられる。何気にボディタッチでドキドキするが、それよりも、自分がほんの少し浮いていることに意識が離せない。これはもしかして飛行魔術とかそんなものだろうか。そしてそのままアリアに腕を引かれて移動する。初、魔術体験だ。
驚きすぎて口が開いたままだったのはバカだった。大量の空気が口に次から次へと流れ込み、数秒後に到着するころには口内の水分は消え去っていた。
「ほみず・・・。」
「エノモト君、はいこれ、大丈夫かい?」
迎えてくれたレオナルドがユウに水を渡す。それを一気に飲み干してユウは生き返る。
「ほんとは、学内であまり飛行魔術は使ってはいけないんだよ。人が少ないといってもって危ないからね。」
「すみません・・・。急いだほうがいいと思って・・・。」
レオナルドはアリアをたしなめる。さすがに先輩のいう事だからか、アリアが俯く。
―全くその通りだ。こんな秒で移動できるがそんな速さはもっと人がいたら危なすぎる。特にすれ違う人の口とかそこらへんが。
「俺ならもう大丈夫なので、魔術を教えてくれませんか・・・?」
しょぼくれたアリアはその言を聞くや否や、元気を取り戻し、やろうやろうといわんばかりの目に変わった。
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それはある意味才能の一種であった。
「そこでずがーって気持ちをこめるの!!」
アリアの教え方は直感的で全くもってユウに伝わらず、結局レオナルドがほとんどを教えた形であった。
「あの威勢でこれかよ・・・。教えるほうも頑張ってほしいんだけど・・・。」
今のところユウは物体浮遊魔術と呼び寄せ魔術の二つを教わり、本当に頑張って会得し、造形魔術と言われるもの基礎の練習をしているところだ。
「うーん、もっと気持ちが足りないんだよ!アタシのを見ててね!」
そういってアリアが造形魔術を見せる。人には適正魔術と言われる、所謂、属性のようなものがあるらしい。それは火、水、風、雷、土の5つに分類されるらしく、アリアとレオナルドは火だ。なので、アリアの手にエーテルが使用者の意思を形にした火が現れる。全くコツがつかめない。この練習は適正を知るのも兼ねているらしく、どれを想像して力をこめればいいのかがわからない。
「火よ!水よ!風よ!雷よ!土よ!うーん・・・。」
逆に気が散りすぎて、何も出てない気がする。基礎だからと思って若干舐めてた数時間前の自分を殴りたい。異世界人は想像力に長けているのだろうか。年頃の男子高校生だから妄想想像が自称盛んなはずなのだが。
「なんでなんだ・・・。」
「うーん、ほとんど初めてだからエーテル切れかなぁ?ちょっと休憩しようか。」
MPが切れたようなことだろう。異世界にきたばかりのユウではごくわずかすぎる魔術でギブアップになってしまったようだ。
「ぐあああ!むりっだぁ・・・。」
ごろんと草の上に寝転がる。
お昼から数時間が経つが日は真上のままだ。というか日がうごいてる気がしない。これはきっと異世界ギャップだ。つまりレオナルドさんに聞いたら変な反応をされる。そう思いアリアに耳打ちする。
「俺の知ってるお日様って動くんだけど、違うの・・・?」
「はーぇ、あぁ!この世界には『星』ってのがないんだよ!だからあれは魔術による投影!らしい・・・?」
何で疑問系なのだ。なるほど、星がないのか。そう言えば前の世界で落ち着いて夜空を眺めたことがあっただろうか。もう戻れない世界だとする。そう思うと二度と見れないあの星空に寂しさを感じる気もする。
「君たちは本当に仲がいいんだね。なんていうか、安心したよ。」
こそこそと話していた二人にレオナルドが話しかける。レオナルドはアリアを見て笑う。アリアはそんな目線に気付き笑い返す。しかしどれにもユウは気づかない。
「そうだ、エノモト君、これを飲むと空気中のエーテルの吸収速度が上がってね!」
そういわれてなにかの飲み物を渡される。ボトルを開け、中に入ってる水色の透明な飲み物を確認する。そして目を瞑って一気に飲む。
すると体の内側からふわふわとするような感覚がこみあげてきて、まるで二日酔いのような気分になる。なったことはないが。
「なんだこ・・・!」
ふわふわしすぎて言葉もまともに発せられない。視界が回り、感覚がずれる。そして、意識が暗闇に溶けていった。