第三話 『陽だまりの横』
ユウは息を呑んだ。
今まで出会った誰よりも美しいその少女はこちらに気付くことなく桜の下のベンチで本を読んでいる。
「やあ!ニーアさんではないか!奇遇だね!!君も学園案内かい?」
先ほどまでユウに話しかけてた調子と同じようにゲンはその少女へと話しかける。
ニーアと呼ばれた少女は本を読むのをやめ、顔を上げてこちらを見る。一瞬めんどくさそうな顔をしたは気のせいだろう。
「こんにちは。ゲン先輩、と・・・?」
綺麗な声だ。そうとだけ強く思った。見た目が美しく、声も麗しい。そんな完璧美人と知り合いなのかこの先輩。どちらもイメージが強いから有名人なのだろうか。
詰まった言葉の変わりに完全に変質者を見る目で見られている気がする。印象が若干怖い完璧超人に更新された。
「彼はエノモト君さ!僕が担当を任された転入生だよ!!こんな変な人みたいな雰囲気だけどそこまで変な人じゃないから安心してくれ!!そして、彼女はニーア・パヴニスさんさ!君と同級生のはずだよ。」
「変な人みたな雰囲気じゃないです・・・。」
どもってたユウにかわりゲンが紹介してくれたのだが、最後に聞き捨てならないセリフに反応した。やっぱり変質者だ・・・、とでも言いたげな目線が刺さる。第一コンタクト失敗である。
「あー、俺、少しお手洗いに行ってきます・・・。」
そんな逃げ常習犯のセリフを吐きそそくさとその場を去る。また今度会ったらその時こそうまくやろう。速足で案外広い中庭から本校舎へと入る。後ろを振り向くとゲンさんと目が合ったが、ニコッとして再びニーアという少女と話していた。ただ逃げるためのお手洗いだったが行きたいのは事実である、がお手洗いはどこなのだろう。聞きそびれてしまった。誰か周りにいないだろうか。
本校舎に入ったところで左右を見回すが、全く人影がない。去年までの記憶を思い出す。トイレってどこらへんにあっただろうか。階段近くかどこかの教室の正面とかだろうか。とりあえず歩き回る。
「変質者がいる!?」
ちょうど角を曲がったところでさっきの少女とは違う女性の声が聞こえた。若干幼いような声だった。声の主はこちらをまっすぐに見て引いたような目をしている。その子は黒髪でほんの少しだけ赤のメッシュが入ったボブで、ニーアやゲンさんと同じ紫のローブをしていたが、リボンやネクタイはしていなかった。しっかりした女子の制服を着ていて、紺色のスカートをはいている。どちらかというとローブを着るというより、上から羽織っているため現代のおしゃれな女子高生っという感じがとても強い。この子はニーアという子に比べかわいらしさが引き立っている。
あれ、変質者って俺のことですか?
「変質者、じゃないんですが・・・。一応生徒になるらしいです・・・。」
その子はじー、っとユウをガン見する。少しした後、ふむふむと一人でうなずきこほんとした。
そんなに見られると陰の者は恥ずかしいのですけど。
「アタシは高等部2年に転入予定のアリア・ウルペクラです!えっと、見るからに同じ寮の生徒で、ここにいるってことは高等部の転入生ですか・・・?」
「榎本裕です。高等部のはずなんですけど何学年かはわからないです・・・。」
そこのところ何年なんだろう。昨日の校長が何学年か言っていた気がするがさすがに覚えてない。
アリア、といったこの子はとても社交的だ。というのが第一印象だ。さっきのニーアという子に比べたら俺のほうの印象はましではないだろうか。今度こそちゃんと自己紹介できたし。ところでこの顔、声も、どこかで聞いたことがあるような。それに何をもって変質者と言われたのだろうか。今までの異世界の記憶をたどる。
「ユウ君さん、だね。いやぁ、昨日の校長室でいきなり出てきたときはとってもびっくりしたんだよ!校長先生も何も教えてくれなかったしー!!」
目覚めた瞬間の校長室、そこにこいつ、アリアはいたのだ。叫んでたのはこいつだったのか。そんなことを思いつつも、実はナチュラルに名前呼びされたことに心が揺れているユウであった。しかし、そんな嬉しさをかき消す気持ちが思い出されていく。
「あの・・・。お手洗いってどこかわかりますか・・・ね・・・?」
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せっかくの初回エンカウントイベントをお手洗いで強制中断させてしまった。
そんなことを考えながらユウは手をしっかり洗った。女の子にまた会うかもしれないからである。手を拭き、今日の出来事を軽く振り返る。この無駄に大きな学園の中で実際に歩き回るところを見て回った。とても疲れた上に、この中庭と校舎で、とても印象深い二人の少女に出会った。異世界ものとしては合格だといえるだろう。いや、なんで異世界もののくせに学校来てるんだ。
しかめっ面になった後、トイレの扉を開けるとアリアが待っていた。
「おっそーい!男子のトイレってこんなに遅かったっけ?暇だったんたぞユウ君!!あれ?トイレなのにだけなのになんて顔してるの。」
しかめっ面を楽しそうなふくれっ面で迎えたアリアはどうやらユウを待っていたようだ。困惑するユウにつんつんとして反応を見る。なんだこの生き物。可愛すぎないだろうか。ユウは硬直する。
「あ、あれー?ユウ君さーん・・・?」
「はっ!!!」
昇天しかけた意識を身体に戻す。危ない危ない。危うく恋に落ちてダメ人間になるところだった。こういうナチュラルにこういうことをする奴は誰にでもするのだ。特別扱いというわけではないぞ。戒めろ。こんな可愛い女の子には彼氏という存在が衛星のように付きまとってるはずなのだ。偏見ではない。落ち着け。こほんこほん。
「なんで、待ってたんですか・・・?」
モテ丸モテ男からしたら野暮な質問なのかもしれないが、あいにくとモテ内モテナイ男なので。もしかしてもしかすると第一の友達になれちゃいます?
「今日、案内してくれてる人がなんか誰かと話してるっぽいので暇なんですよー。」
あれ、もしかして俺と同じ状態ではないだろうか。といかニーアという子とゲンさんのことじゃないだろうか。これはやはり仲良くなるチャンス・・・とみせかけてただの暇つぶしに使われてる気もする。
「あー。た、多分、相手のほうは俺の案内係の人ですよ。い、一緒に行きますか・・・?」
異世界ものとしては堂々としてないと寄ってくる幸運も逃してしまう。そんな気がしてユウは聞いたつもりだが、若干おどおどしているのに自覚はなかった。
「やっぱりか!いいよ!!というかそのために待ってたんだしね!」
アリアはうきうきとしたそのオレンジ色の瞳を輝かせて答える。なんですかその笑顔の破壊力。異世界補正なのか恋愛経験のないからなのかちょっと大ダメージすぎる。ユウは顔が熱くなるのを感じて目線を逸らした。ユウにとってこんな些細な出来事でも大きな衝撃を与えるもので、この子はなんでこんなにも社交的なのだろうか、生まれた星が違うのではないかとすら思う。生まれた世界は違うだろうが。
二人は歩き出す。いつまでも照れているユウは顔をずっと逸らしていてアリアの表情を測れない。
「そういえば、ユウ君さんって別の世界からきたんですか?」
ぶっこまれた。さっきとは別の意味で胸が高鳴る。異世界ものでその質問ってありなんですか!?
「ええ、ええっとー。言っていいのかわからないけど、まぁ、そう・・・です。」
異世界ものの禁忌の一つである、別世界から来たという告白。今度こそユウはちゃんとアリアの方へと向くと、またしても輝いたような笑みで笑っている。
「えへへ、やっぱりそうだったのか!そうじゃないかなぁって思ってたんだ!ってことはアタシよりも常識知らずってことかな・・・?」
本当に楽しそうに笑っているアリアにユウは、するっと常識知らずといわれたことが流れそうになる。初対面のはずなのにさっきからずばずば聞いてくる女の子だ。絶対アリアの方が常識知らずだとユウは思う。
「魔術とかも使えないってことでしょ!ふっふっふっ!アタシってば魔術はすごいから教えてあげようか!!そうしようか!!」
うきうきとして魔法教室の約束が勝手に結ばれたらしい。こういうのは実際に教えてもらおうとすると、え?本気だったの?なんて言われるからホントに女子って怖い。
そんなほぼ一方的な会話をしていると中庭すぐに到着した。未だに桜のような木の下で二人は仲よさそうに話をしている。ふと、ニーアという少女がこちらに気付く。
「ニーアさん!見てください!友達出来ましたよ!!」
この子は誰に対してもやはり元気に会話するのだろうと思った。大きな声だったのでしっかりと二人にも届き、ゲンもこちらを向く。そしてユウは友達と言われて少し照れる。
「おお!エノモト君!おかえり!ニーアさんの担当の子とお友達になれたんだね!さすがだね!!」
アリアがニーアとゲンの元へ駆けていく。その横でユウは、友達になれたのだ、と思ってにやついてしまう。そんな顔を見てニーアが引いた顔をし、ゲンが笑う。
なんだか陽だまりのようだとふと思った。光景が完成されたその陽だまりのすぐ隣に、ユウはいる。眩しいそこへはすごく距離を感じた気がした。とてもじゃないが、この三人の横には立てないと、直感で判断してしまった。どんなに優しく寄り添ってくれる人間でも、こうなってしまえば高嶺の花になってしまうのだ。ゲンさんも、アリアも。どうしてそんなに初対面の相手とこんなすぐに笑いあえるのだろうか。自分の場違い感が胸に強く刺さり、ひどく寂しく思えてきた。
この異世界に来たからと言って、無条件に主人公になれるわけでもない。そんな気が強く、した。