第二話 『学園案内』
眠れない。
慣れない世界でも慣れた個室では案外リラックスできるものだ。そう考え、ベッドに寝転がり、珍しく動かしたからだを休ませる。
今日のうちに得た情報をまとめる。とりあえず、魔術とか魔法がある世界に召喚されたらしい。そして元の世界には転送魔法を使うことで帰れるらしい。そしてこの『言霊のペンダント』のように魔術が編み込まれたものもあるようだ。さすが異世界思い描いたようなファンタジーだ。
召喚されたのは今日の昼頃、この神聖魔術学園エルダの校長室で、転入の面接の最中のことだった。いきなり現れた変質者に逆に興味を持ち、この学園の生徒にさせた、と。うーん、おかしい。異世界もののはずなのにいまだに美少女に会っていない。そもそも召喚してくれた人どこなんだ。いや、まだまだ一日目だ。きっと明日から大量の美少女に囲まれるのだろう。とても楽しみだ。
ふと思う。校長室にもこの部屋にも時計がなかった。いったい今は何時だろうか。窓の外を見ると外を歩いていた時に真上で月が煌めいている。そう言えばいつの間に日が沈んだろうか。夕陽を見なかった。異世界は時間が経つのも早いのか・・・?
活動時間に比べ今日はなぜか疲れた。魔法世界の空気にきっと体が慣れていないのだろう。そう思い、少しずつ光を遮断していく。瞼の裏には少しずつ昨日までの世界が映し出されていく。親が、妹が、数少ない友達が、浮かんでいく。今まで生きてきて、こんなに心躍るシチュエーションってあったのだろうか。軽く、無難に過ごしてきた青くさび付いた春を過ごしてきたと思っている。たくさん浮かんでくるのは思い出したくないことばっかりだ。顔だけで許してやるから沈んでいってくれ。
せわしない思考も少しずつ鋭さを失い、夜に滲んでいく。
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「エノモト君?ここの部屋だろう?起きているかい?エノモト君ーー??起きてるなら開けてくれるかい!!」
突然の声に目が覚める。足音も聞こえなかったと思う。いや寝てたからじゃないです。というか校長の声じゃないんですが。今度こそ美少女ですか。バカ元気な男の声でしたが。とりあえず返事返事。
「あぁ、榎本です・・・生きてます・・・。ちょっと待ってください・・・。」
寝ぼけた感じではないです。ちゃんと元気いっぱいに応えたつもりです。元気さにあてられて目をしっかりと覚ます。ふぁあああ。起きてます起きてます。顔を叩き完全に意識を現実に引っ張る。目をこすり向き合いたくない現実に向き合う。いや、それはついこの間までの話だ。異世界に来ているのだ。目が覚める。顔を、笑顔を作る。
「榎本です。朝早くからどちら様ですか、っと。」
扉を開けながらその向こうの男声の美少女(仮)に声をかける。目の前に現れたのはものすごく美形な、男性だ。軽く自然に伸ばした水色の髪や綺麗な髪飾りがより一層美形を際立てている。わかっていましたよ。美少女フラグはもう少し後ってことですね。それで誰なんだこのイケメンは。
「おお!君がエノモト君か!僕はここ数日に君に色々教えてあげてくれとイアー校長に頼まれた、ゲン・キルキヌスだ!よろしくね!!」
ゲン・キルキヌス。よく見ると紫のローブを身体にまとい、橙のネクタイのようなものを付けている。まるでさも魔法使いのような恰好をしている。いやここ魔術学園だから正真正銘の魔法使いだ。はえ~。
「イアー校長からエノモト君のための制服とか色々を預かってるからとりあえず、着替えよう!そのあとはこの学園を案内してくれとのことだ!」
あの校長先生、俺のこと気に入りすぎだろう。出会って二日目で制服を完全に用意するとかどういうことだってばよ。それはともかく、しっかりと案内人がついてくれるのはいいことだ。見る感じめっちゃ元気で少し背が高いが、悪い人ではなさそうだ。ありがたくお願いしよう。
「お願いします・・・。ちょっと着替えますね・・・。」
「あぁ!頼むよ!!それでね!僕はこれでも魔導部の1年なのさ!君の二つくらい上ってことになるけどゲン君とかでいいからね!それでそれでね!」
ぴしゃり。着替えるので扉を閉めさせていただいた。なるほど、イケメンで優しくておしゃべりというわけだ。俺とは全くの正反対だ。そう頭の中で思い浮かべながらユウは、受け取った紫のローブを慣れない手つきで身に着ける。え?これ現代知識で身に着けられるものなんですか??全く見たことない形なんですけど?ゲンさんの来てるような恰好いいのになるのこれ??あ、ここに袖を通して・・・?
ちょっと着替えるつもりがしばらくかかってしまった。
「すみません、慣れないので着るのに手間取ってしまいまし・・・た・・・うわあっ!?」
扉を開けると自分より上にゲンさんの顔はなく、どこに行ったのだろうと周囲を見渡すと扉の横の壁の前でうずくまっていた。なんでこんなとこにうずくまってるんだ!?
するとゲンさんは今にも泣きそうだった目を輝かせていきなり立ち上がる。この人喜怒哀楽も激しいのか。
「よかっっっっったあああ!!イアー校長から若干引きこもりの気配を感じたって聞いてたから。なんだこいつ、頭のおかしい馬鹿うるさいやつだな!こんな奴いらないからとりあえず引きこもってよう。なんて思われたのかと思ったさ!!!ほんっとうによかった!」
まるで泣きそうになりながら、かつとてもうれしそうに、若干の早口で喋る。途中物まねが入った気がするが気のせいだろう。似てなさすぎるからな。
ゲンは舐めるように上から下に、下から上にと一往復ユウの恰好を眺める。
「とってもよく似合っているよ。これで今日から君も立派な魔術師だね!」
再び顔を煌めかせていったその言葉にユウは少し恥ずかしくなる。服が似合っている、なんて言われたのはいつぶりだろう。小学校だろうか。親にも全然言われなてなかったのを思い出す。
「あ、ありがとうございます・・・。それで、今日はどこへ・・・?」
ユウは照れた顔を隠すように顔をそむける。気恥ずかしさと自分の発言の気持ち悪さゆえだ。そんなユウを気にしないようにゲンは言葉をつなぐ。
「そうそう!とりあえずは何も持たずについてきたまえ!やっぱり学内地図くらいは持ってた方がいいのかな・・・?ささ!学園探検さ!」
ゲンはそのまま歩き出し、慌ててユウも言われた通り、学内地図をもち追いかける。学校探検なんて小学校ぶりではないか。そのわくわくが異世界ものだからか、久しぶりの明るい学校だからかなのかは、わからない。
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とりあえず連れられた先は階段を下りた場所にあるカフェのようなところだった。昨日通りすぎたこの木造のおしゃれな空間は、案外広く、カフェと呼ぶにはいささか席が多すぎるのではないか・・・?
「ここは食堂さ!とっても広いだろう?ここは一般食堂で、寮生徒以外はここで朝ごはんから夜ご飯を食べることができるのさ!便利だろう?」
まさかの食堂らしい。こんな広くておしゃれなカフェみたいな食堂は初めて見た。今まで様々な創作物に触れてきたが、アニメでもこんな素晴らしい食堂はなかった。驚きだ。
「すごい・・・ですね・・・。こんな食堂初めて見ました・・・。」
「あはははは!いい反応だね!!でも、さっさと次へ次へと行かないと日が月になっちゃうよ!次に行こうか!」
驚きすぎてきょどるユウの反応に満足なゲンは満足しつつも次へ急かす。
そうして長い長い学園探索が始まった。
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やはりスタミナが問題らしい。学園内をかなり歩き回ったのだが、ゲンさんには疲れる様子はない。足がそろそろ限界だが、なんというか言い出せない。
食堂から始まり、高等部校舎、図書館、校庭、そして寮などなど。たくさん回ったがやはり感想は一つだけ。
「広すぎる・・・!!」
どこもかしこも馬鹿みたいに広すぎる。どこかの魔法学校にも負けず劣らずのすごい装飾だったが、その規模がどこも大きすぎる。設計図からやり直してほしいほどだ。ここで毎日暮らすのはトレーニングに等しいのではないだろうか。
「あはははは!そうだね!歩いて回るには少し広すぎるのではと僕も思うよ!!すこし休憩しようか!ほら、ここが中庭さ!」
この学園は中央に教師陣校舎、東西南北の四方でそれぞれ初等部から魔導部まで分かれていて、それらを分かつ道が斜め四方向に伸びている。そしてその先に共通の施設があるといった形だ。今日は高等部の周りを回った。
中庭には中央に桜のような大きな木が生えていて、その周りはベンチとなっている。しかしながら誰か座っているようだ。その先客は、本を読んでいた。長いオレンジ色の髪を無造作におろしている美しい少女だ。紫のローブを身に着け、胸に水色のリボンを付けている。きれいな背筋でベンチに座り本を読む彼女は、まるで美しい世界の一部のように見えた。これぞ異世界。
その少女を前に、ユウの胸は高まっていった。