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第一話 『寝ている間に召喚されたらしい』


――現在時刻、午前1時34分。


――経過時間、26時間24分。


ついにラスボスに来た。そう思った30分前の自分を殴ってやりたい。なんだこのゲームは。確定負けイベだったじゃねぇか。


「あー。やめたやめた。なんだよ、くそ。」


そりゃそうだ。一昨日の夕暮れに届いた謎の段ボールに入っていたこのゲーム。その正体は単身赴任の親父がゲーム好きな俺のための誕生日プレゼントとしておくってくれたゲームだったのだ。全く聞いたこともないタイトルのゲームなのだが。3月26日、つまり今は冬休みなわけで。友達から直接祝われたことの無い誕生日を今年も迎え、ようやく16歳になりましたとさ。別に祝ってくれるような友達がいないわけではない。メールは2件も届いたからな。

冬休み、つまりは明日も休みだ。タイマーを止め、明日にしよう。一昨日からぶっ通しでさすがに疲れがたまっている。風呂は入ったしご飯は食べた。寝ていないだけなのだが。

スマホの目覚ましは特にいらないだろう。疲れたし。スマホを放り投げ、ベッドに転がり目を瞑る。

途端に広がる闇にすうっと意識が吸われていく。結構楽しいゲームだったが、明日にはさすがに攻略サイトでも見てサクッとエンディングを見よう。

全身の疲労が意識を剥がし、現実と乖離させ、思考は静かになった。


= = = = = = = = = = = =


「きゃ!!」


疲れた体、そして頭に響いたその叫び声で意識は覚醒に傾いた。

ぼんやりした頭で考える。俺は自室で寝た。そして聞こえたこの叫び声は女の子の声で、そして初めて聞く声だ。誰だ!?

ゆっくりと瞼を開ける。暴力的に光が目に飛び込んできて、周囲の状況を理解していく。

横たわっていたはずの身体はその足で直立している。そこはどこかで見たことあるような見知らぬ部屋だ。目の前には低い黒い机があり、その両脇にソファがある。そして机の向こう側には社長の机のようなものがあり、その奥に社長のような男性が座っている。後ろを振り向くと等間隔に男女が5人ほど座っていて、その皆がこちらを恐れるような目で見ている。一見したらおそらく社長室のようなところで面接を受けている最中だろうか。どういうことだ。


「これは一体どういうことになっているか、君は説明できるかな?」


挙動不審な自分に、社長のような人がこちらに優しく話しかけてくる。口調と雰囲気に優しさがあるのだが、その人物自体からかつてないほどの威圧を感じる。答えなければ。


「おれ・・・、僕は、ここがどこかわからないです・・・。それにどうなっているかも・・・。」


そう聞き、その人は指を鳴らした。その瞬間、周囲が闇に包まれ社長のような人以外が見えなくなった。一体何が起こっているのだ。あからさまな動揺にその男性は再び優しい雰囲気で口を開く。


「遮断の魔術の応用だよ。君の今に至るまでの行動を説明してもらおうか。あまり怖がらなくてもいいさ。怖いのは当然だがね。」


どうやら完全に不審者な自分に温情をくれているのだろうか。やはりとてもやさしいのではないだろうかこの方。恥ずかしながらも説明しよう。


「僕の名前は榎本裕、16歳です。昨日の夜まで徹夜でゲームをしていました。そのあと自室に戻って寝ました。そして起きたら今、ここにいます。僕にもわけがわかりません。」


喋るのが苦手な裕でも、この言葉はしっかりと口にできた。自分の行動を口に出して振り返ることで自分を客観的に見つめなおすといいと、どこかの誰かが口にしていたと思う。

そして、今この部屋にいて、害意がないと思われたのか、遮断の魔術を使って暗い部屋に。魔術?


「なるほど。どこかで誰かが未熟な召喚魔法を使ったと見える。そして、巻き込まれたようだ。」


ショウカンマホウ。つまりは自分は召喚されたのだ。この魔法やら魔術やらのあるここに。それってものすごくあれなのではないだろうか。


「異世界召喚ってやつですか!?」


社長のような彼は驚いた顔をした後、やはり怪しいやつだったか、と言いたげな目でこちらをみていた。


= = = = = = = = = = = = 


数分後、ようやく解放された。社長ではなく、おそらくあの人は校長だった。名前は、イアー・エルダ。そして本当に転入面接の最中だったらしい。そこにいきなり召喚?された俺。とても怪しい。しかし、これはいったい夢なのだろうか。現実なのだろうか。魔法があるらしいこの異世界(仮)。この異世界で魔王とか倒しちゃったりして、完全に人生の勝ち組に入れるかもしれない。そんなにやにやが抑えられない。

そんなことをふらふらと校舎内を歩いていたら後ろからあの声がした。


「えーと、エノモト君でしたかね。少しこちらへ来てください。」


そして不審人物は再び校長室へ連れ戻された。

その扉を開くとさっきの部屋があるのだが、よく見たら魔法の存在をほのめかすようなものがちらほらと見える。魔法陣の描かれたタペストリーが何個もある。きっと校章か何かだろう。


「エノモト君、ここは神聖魔術学園エルダ。君は魔術知識の欠如を考えてみると、恐らく星の世界から来た異邦人だろう。君の世界では魔術や三世界に関することはあまり知られていない知識のはずだからね。知らなくても無理はないだろう。君をもとの世界に戻すための転移魔法なのだがね・・・。」


校長はそこまで言って口を噤んだ。神聖魔術学園エルダ、星の世界。色々なんかぶっ飛びワードが出てきたが今そこは関係ない。元の世界に戻すといわれたのだ。この将来の勇者路線を叩き切って再びつまらない日常生活に戻されることになるのだ。それは、あぶない。こんな魔法世界に来れたのにそんなことはバカでもしないだろう。止めなければ。


「い、いやぁ。そこまで急に戻るなんて別に大丈夫ですよ。ほら、きっと大変ですし。」


自分でも情けないと思うほどうっすい説得だ。これで説得されるわけがないだろう。


「そうだな。別に今すぐじゃなくてもいいね。例えば、君がこの学校を卒業して、自分で戻ることもできるのだから!」


説得できたようだ。なぜだろう。というより・・・、


「この学校を卒業して、ですか・・・?」


異世界の人は思考がぶっ飛んでるのか、この人だけかわからない。この学校の生徒になれってことだろう。神聖魔術学園らしいが、魔法の一つも使えない身からしたら嬉しいのやら肩身の狭いのやらだ。


「そうとも。さっきの面接の結果、君は合格にしようと思うのだ。どうだい?この学園は寮もあり、学食もある。君の年齢だとおそらく、高等部に入れるだろう。こちらで生活の費用は出そう。正直、君のような人物に興味があってね。悪い話ではないと思うのだが・・・、どうだろうか。」


衣食住に困らないかつ、学校で魔法が学べる、と。そのあとに転移魔法で送り返されるかもしれないがそれはその時考えるとして。これはなんとも絶好のチャンスであると第六感が叫んでいる。


「よろしくお願いしてもよろしいでしょうか・・・!」


そんな軽い返事で、神聖魔術学園エルダの生徒の一人になることが決まった。


= = = = = = = = = = = = 


やはり、どこの世界でも校長先生の話は長いものらしい。それでも無益というわけではなかった。現在は春休み期間中でほとんどの生徒は実家に帰っていて、学園に残っているのはごくわずか。また小学校や中学校、そして高校、大学までのようにおおざっぱに区分があるらしく、それぞれ初等部、中等部、高等部、魔導部と呼ばれているらしい。まぁ高校と変わらないと考えれば楽だろう。そのようなとても大きい規模の学園であるため、この王都ウルディアで最も有名かつ高貴な学園らしい。なんでそんなところの校長に興味を持たれてしまったのか。異世界人は辛いですなぁ。

そして一番重要だったのだもらったこの『言霊のペンダント』である。ペンダント部分に緑の宝石のようなものがあしらわれたこのアイテムは、つけた者の言語間の問題を無くしてくれる魔術が編み込まれているらしい。量産品だが、大切にするようにと言われた。たしかに、校長は日本語を喋っているわけでもないのに、頭の中で日本語に変換され、理解できていた。誰とでも話せる便利アイテムというわけだ。異世界って素晴らしい。

またふらふら歩いていたが、今回は誰にも声をかけられずにしっかりと目的地にたどりつけた。はたから見たら変な人なので声をかけられても困るのだが。

とりあえず案内されたのは学園内にあるネットカフェのようなところだった。中世のような建築で建てられたそれは、一見すると宿屋が思い浮かばれるが、実際に中はおしゃれな木造のカフェであった。二階に生徒以外が寝泊まりできるスペースがあるらしく、そこで受け取った校長カードを見せれば通してくれるとのことだ。校長室から出る前に貰った大量の資料が重く、普段そこまで運動をしない身体に鞭を打ってくる。なぜ二階なのだ。

ようやく階段を登り切り、受付らしき人に変な目で見られつつも寝室スペースに到着することができた。大量の資料の入った段ボールを置き、一息つく。服装は昨晩のままで、すれ違う人はみんな魔法使いのような恰好をしていた。そりゃあ奇々怪々なものとしてあんな目で見られるわけである。まぁ、明日にはもう制服が届くらしいのでおそらく大丈夫だろう。校長の気合の入りっぷりがとくと窺える。

気付いたら窓の外の日は月に変わっていた。異世界でも月や日は平然とあるらしい。そう思いながら明日からの生活に弾む胸をおさえ、眠りについた。



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