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第4話 シュバルツ


 ひと抱えあるボールハウスを取り出して扉を開けてやると、シュバルツは躊躇ためらいなくぴょこんと飛び出てきた。


 まったく、おまえはウサギのわりには冒険好きだな。黒くて丸くて小さくて、可愛い可愛いシュバルツ。


 手のひらにペレットを乗せてその鼻先に差し出してやると、ひくひくと鼻を動かし、餌を見つけてぽりぽりと食べ始めた。ずいぶん腹を空かせていたらしい。

 なかなか素敵な名前だと思う。なあ、シュバルツ。だが、ただの色だ。これだけではウサギですらない。あたしが死ねば無くなる名前だ。誰も呼ばなくなれば名前は死ぬ、言葉は死ぬんだ。それは、くそみたいな真実で。アリアもアリエッタも、区別する必要がなくなれば消える。名前とは、ただの区別なんだ。そうだろう、アリア?


 シュバルツは妹の代わり、アリアの代わりだ。くだに繋がれた妹から連れて行ってあげてと託された。バイクの荷台はシュバルツ専用の場所で、どれだけ揺れても水平に保ち快適な空間を約束するボールハウスを取り付けてある。

 アリアがくだに繋がれてからは、あたしが毎朝、毎夕、餌をやり、掃除をしてきた。アリアはいつもシュバルツのことを心配していたな。大雑把で忘れっぽいあたしがちゃんと面倒をみているか不安だったのだろう。やれやれ、信用のないことだ。いまやシュバルツは、バイクの疾走にも慣れて、ボールハウスでくつろいでいるというのに。

 あたしに運命を握られているようでありながら、その実、あたしがウサギの召し使いであり、もしかすると奴隷なのかもしれない。


 シュバルツの黒くて丸くて大きな目の奥に鉄の管に繋がれたアリアの姿がありありと思い浮かぶ。この子を連れて行ってあげてとアリアは言った。自分は一緒にはいけないからと。


 ここにいた方が幸せなんじゃないか、そう応じると、じゃあどうして貴方あなたは行くの? と笑って尋ねられて何も答えられず、あたしはゴメンと頭を下げたものだった。

 どこにいることが幸せか、それは他人が決めることじゃない。どう生きることが幸せかということに同じだから。たとえそれがただのウサギだったとしても。なぜ行くのか、そんなことはわからない。


 身を震わせて伸びをしたシュバルツは、そのまま立ち上がって餌をくれという顔をしてみせた。さあ、信徒たちよ、ウサギの立ち上がった姿を見よ。体の伸び上がったこの感じ。

 この可愛さったらない。これが神の啓示でなくてなんだというのか。黄金律などくそくらえだ。小さな前脚を揃えてぴょこんと立ち上がった姿はまさにピーターラビット。キルミー。そうだ、いっそ殺せ。

 可愛いは正義? いや可愛いは凶器、あるいは狂気だ。兎教団が有ればすぐに入信するのに。この世にはなぜあたしの欲しい宗教がないのだろう。創世の神々は、もっと入念に準備するべきだったのだと思う。あたしのために。なぁ、そうだろう? この世はウサギが創りたもうた。それでいいじゃないか。


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