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第2話 夜の女王


 明るい日差しの下、旧型の自動二輪で瓦礫の中を走り抜けていく。周囲に砂塵が舞い、危ういバランスで留まっていたアレコレが崩れ落ちる。頭をねじ切られそうな轟音の奥に、わりと好きな音楽が流れていた。


 追ってくる魔王を振り落とそうとする父親のように、復讐から死から運命から逃れようとするウサギのように疾走する。


 ……復讐の炎は地獄のように我が心に燃え。


 あたしの大好きな妹、あたしの大事な妹、あたしの愛すべき妹が、安穏とした牢獄で聴いているのだろう。その音楽があたしの耳にも聞こえ、エンジンの唸りと崩れ落ちる瓦礫の音、追手の呼び声が脳裏に混じる。


 ……おまえがザラストロに死の苦しみを与えないならば、そう、おまえは我が娘ではない。


 妹たちがあたしを傷つけないように気をつけていたことが思い起こされる。あの子たちがあたしを殺す気なら、とっくに死んでいるんだ。


 ……復讐の神よ。母の呪いを聞け!


 この歌を作った音楽家は神秘主義にかぶれていたとアリアが話していたことを思い出す。愛すべき妹、アリアを置き去りにしてあたしは逃げ出した。


 ……見捨てられるのだ。永遠に。


 あたしを追うのはアリアではない。けれども確かにあたしの妹たちだ。くそったれの妹たち。あの子たちは決してあたしを傷つけない。でも、あたしは?


 あたしは頭を振ると、口笛を吹いて右手を回し、陽気にアクセルを吹かした。ゴーグル越しに吹き付ける砂塵も心地よく感じる。此処は砂の惑星。かどうかは知らない。知らないことばかりだ。アリアは、いまも日本の首都はキョートだという。トーキョーでもキョートでも、どっちだっていい。どちらも樹と風と太陽に屈服したハイキョに過ぎない。


 木漏れ日の落ちる崩れかけた道はひび割れ、ところどころ草木に覆われている。黒い土を突き破って伸びる樹々は何処まで育つのか、あたしにはわからない。どのみち、それを見届けることもできないのだから。


 あたしは焦る気持ちを無視して道の傍らにカタナを停めた。


 フロントに取り付けたオヤツ入れから氷砂糖と乾パンをつかんで口中に放り込む。ガリガリとやって水とともに飲み込むと少し落ち着いた。頭の中のドアを閉じて音楽を閉め出してやる。また後でな、アリア。


 木漏れ日の下、吹き渡る風が頰を撫でる。


 もともと大きな川が流れていたところなのだろうか。視界いっぱいに草原が広がっていた。シュバルツが好きな景色かもしれないな。

 なんとなく口寂しく、あたしはチモシーを噛みながら風に揺れる草原に見入っていた。消えた川を渡していたであろう鉄橋の向こうに苔むした建物が見え、空には黒い雲が湧き出してきていた。雨が降ってくる前に今日の寝ぐらを見つけなければ……。


 川向こうの苔むした建物は、後にしてきた量産型の箱ビルとは違う丸みを帯びた塔のような形で、あたしは満足だった。灰味がかった優しいフォルムをラプンツェルのような緑のつたが覆っているんだ。


 不時着した宇宙船じみたそれは、朽ちていくセカイに向かって頑強に抵抗している。先人たちが残した怒りの鉄塊である。


 しかし、生い茂る草木をわけいった先、建物の中は想像以上に荒れていた。そこにあったはずの扉は跡形もなく、足下には割れた硝子ガラスの破片が降り積もっている。

 少しコロニーに似た雰囲気もあるけれど、何に使われていた建物なのだろう。不必要に大きな窓や天井の穴、ぶらさがったキラキラの飾り物を見ていると、先人たちはみんな気が狂っていたんじゃないかと思える。


 パキパキパキパキ、ぱきぱきぱきぱき。


 歩くたびに足下の硝子が音を立てる。狂った先人たちの笑い声なのか。妙に広く天井の高い部屋にたどりついて、あたしは背負っていた荷物を下ろした。

 まだ座れるイスを見つけて腰を下ろすと、頭上にぶらさがった硝子ガラスの塊と、そのギロチンを待つ黒いピアノが目についた。


 バルコニーから暗い空が見え、夜が来る前に、雨が降る前に、火を灯したいと切に願った。ああ、ここはとても寒い。


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