花が咲く頃に
初めまして、夜影です。
初投稿です。
元々小説を書くのが好きな私が書き留めていた作品の一つです。
私の思い描く学生時代の青春と自分が花が好きなことを詰め込んだ作品です。
楽しんで頂けたら幸いです。
春休み、俺は久しぶりにおばあちゃんの家に遊びに行くことになった。
おばあちゃんの家は自分の家のよりはるか遠く、山の中にある。まぁ、いわゆる田舎なんだけど、自然がいっぱいあって自分は気に入っている。敷地が結構広くて、田んぼや花畑、果物畑もある。
前に来たのは小学生のころだったから色々と変わっていた。
「おばあちゃーん、来たよー。」
家の扉を開けて、おばあちゃんを呼ぶ。すると、台所からおばあちゃんが顔を出す。
「あら、樹じゃない!いらっしゃい!さぁ、上がって!」
おばあちゃんはエプロン姿でお出迎えしてくれた。
「ちょうど、お昼ご飯作ってたの!もうすぐできるから待ってて!」
「うん、ありがとう。」
家の中に入ると、懐かしい香りがした。
あぁ、おばあちゃん家って感じの。とりあえず、俺はカバンを椅子に置く。
「ねぇ、おばあちゃん。俺、庭見てきていい?」
「いいよ!樹が来るのは久しぶりだから、色々変わってるから、面白いわよ!それと、新しく木も植えたから!」
「そうなんだ、まぁ、色々見てみるよ。行ってきます。」
「行ってらっしゃい!気をつけてね!ご飯出来たら呼びに行くわね!」
「はーい。」
俺は靴を履き、庭に向かった。前に来た時と同じな所もあるけど、やっぱりある程度変わっている。山の中だから鳥とかリスとか、動物の鳴き声が色々して面白い。しばらく歩いていると、一本で逞しく育っている桜の木を見つけた。
「うわぁ、すごい。桜、満開だ。」
俺が来ていない間に植えたんだなぁ。薄ピンク色の花びらが風でゆらゆらと揺れている。
「綺麗だなぁ…。」
桜の木を見つめていると、急に風が強くなった。
「うわっ!」
被っていた帽子が飛ばされる。
「あ!」
帽子を追いかけると、誰かが帽子を拾ってくれた。
「あ、ありが…」
その人を見た瞬間、目を奪われた。
「これ、キミの?」
それは綺麗な薄ピンク色の髪の色がとても特徴的な女の人だった。
「あ、そうです。」
「はい、どうぞ!」
「あ、ありがとうございます、あの貴女は…?」
「うーん?人に名前を聞く時は自分からじゃない?」
「え?あ、ごめんなさい、俺は和倉 樹です。春休みだからおばあちゃん家に来てて…。」
「あ!キミ、おばあちゃんの孫なんだ!」
「え、はい…。」
「そうなんだぁ〜!ワタシはね、さくら!キミのおばあちゃんにはお世話になってます!」
「さくら…さん、」
おばあちゃんにお世話になってるってことはここら辺に住んでる人ってことだよね。こんな綺麗な人がいたなんて…。不思議なもんだなぁ。
この日を境に俺の春休みは幕を開ける。
さくらさんと挨拶を交わした直後、おばあちゃんが俺を呼ぶ声がした。
「樹〜?ご飯出来たよ〜!」
「今、行く〜!じゃあ、さくらさん、また……ってあれ?」
おばあちゃんの声がする方を向いていた間に、さくらさんはいなくなっていた。
「連絡先……知りたかったな…。」
俺は少しショックを受けながらもおばあちゃん家に向かったのだった。
「でね、そこに女の人が現れたんだよ。」
「樹、それってさくらの事かしら?」
「え、なに、おばあちゃん、さくらさんのこと知ってるの?」
「よーく知ってるよ。さくらのことは。」
少し意味深なことを言うおばあちゃん。
「なら、俺にさくらさんのこと教えてよ。」
「だーめ。そういうのは自分で本人に聞きなさい。」
「ちぇ。おばあちゃんのケチー。」
「ケチじゃないわよ。でもまぁ、樹がねぇ。ふふふ。」
おばあちゃんはクスクスと笑う。なんかよくわからないけど、馬鹿にされてるような…。
けど、おばあちゃんのご飯美味しいんだよなぁ〜。煮物とか味がしっかり染み込んでて俺好み。
「どう?美味しい?」
おばあちゃんはニヤニヤしながら俺を見てくる。分かってるくせに…。
「……美味しい。」
「やった!ふふふ。」
褒められて喜ぶおばあちゃん。美味しいって毎回ここに来る度聞いてくるんだよなぁ。まぁ、嬉しいのは分かるけど。ちょっとお茶目だよな。うちのおばあちゃんは。
そんなこんなで俺は昼食を終え、また、さくらさんとあった場所に向かった。けど、やっぱりさくらさんの姿は見えなかったのだった。
次の日、また俺はあの桜の木の所に向かった。今回はさくらさん目的ではなく、桜の木を描こうと思ったから。水彩画が好きな俺は植物の絵を描くのが日常になっていた。桜の木は描いたことなかったから描きごたえありそう。このピンクを上手く表せれるか、自分との戦いである。まず、鉛筆で下書きをする。ここまでは順調。さてここからだ。
俺は使う色をパレットに出し、筆で色を合わせていく。葉っぱの緑、花びらのピンク、木の茶色、空の青、様々な色を使っていく。
「わぁ!綺麗!!」
突然後ろから声がした。振り向くとそこにはさくらさんがいた。
「わっ!」
「あ!驚かせちゃった?ごめんね!」
「さ、さくらさん!」
「うん?」
「会いたかったです…。」
って俺は何言ってんだ!!
「……ふふふ。キミ、面白いね。それ、この桜の木を描いてるの?」
「え?あ、そ、そうです、」
「すごく上手だね!」
「ありがとうございます…。」
「所でさぁ、なんで敬語なの?」
「え、だって、最初からタメ口とか失礼じゃないですか?」
「そうかな?ワタシには使わなくていいよ。堅苦しいの嫌なんだ。」
「分かりました…じゃなくて、分かった。」
「うん!その調子!」
さくらさんはそう言って俺の隣に座る。
「え!?」
「見てちゃダメかな?」
「そんなこと!」
「ふふふ、ありがと。」
俺はさくらさんと絵を描くその間だけ、二人きりで過ごしたのだった。
二人の時間を過ごしたといっても、さくらさんは自分のことを話さず、僕の話ばかり聞きたがったのだった。
「ねぇ、キミはどこから来たの?」
「僕は東京だよ。ここは母の故郷で、たまにおばあちゃんの家に遊びに来てるんだ。」
「そうなのね!東京ってどんな所?」
「そうだなぁ、ビルとか人が多くて、お店とかもいっぱいあるよ。結構楽しい所だよ。」
「へぇー!」
「さくらさんはここに住んでるんですか?」
「……まぁね、そんなところかな。」
「さくらさんは何歳なの?女性に年齢のことを聞くのは失礼だとは思うけど。」
「二十歳未満だよ。」
不思議な答えかたするんだな、この人は。
「何歳なの?」
「……五歳以上二十歳未満だよ。」
答えてはくれないか。
「しつこく聞いてごめんね、分かったよ。」
「ううん、わかってくれて良かった。じゃあ、ワタシはこれで。」
「え、行っちゃうの?」
「うん、」
「じゃあ、せめて連絡交換しようよ!」
「ワタシ携帯、持ってないよ?」
「え?!今どきそんな人いるの?!」
「ワタシがそうなの〜、携帯とかよく分かんないし!じゃあね、樹くん。」
「あ、名前……」
「ふふっ。」
微笑みながらさくらさんは長い髪の毛を揺らしながらどこかへと行ってしまったのだった。
ほんと不思議な人。でもやっぱり可愛くて、素敵だなぁ。あの綺麗なピンク色。さくらさんって感じ。あの人のこと、全然知らないけど、これから知っていけたらいいなぁ。
……さてと。僕もそろそろ家に戻ろうかな。遅くなりすぎるとおばあちゃんに怒られるし。
「ただいま〜。」
「あ、おかえり!今日は何してたの?」
「水彩画描いてた。あの桜の木。」
「あら!あの桜、気づいた?」
「気づくもなにも、あんな立派に咲いてるから、分かるに決まってるでしょ?」
「……そうね、あの桜の木は、樹が小学五年生の時に植えたの。樹が春休みに来て、東京に帰ってからだから、見せれてなかったのよね。だから、今年も綺麗に咲いたあの桜、見せれてよかったわ!」
「そうなんだ。」
小学五年生以来おばあちゃんの家に来てなかったもんなぁ、これからはちょくちょく顔を出しに来よう。
「っていうか、さくらさんって高校生?」
「あら、本人に聞きなさいって!」
「年齢のこと聞いても教えてくれなかったんだよ。」
「あのこ、なんか言ってた?」
「……五歳以上二十歳未満だよ。って。」
「ぷっ!あははははっ!!あのこそんなこと言ったの!面白いわねぇ!!」
おばあちゃんは爆笑している。何が何だか分からない。
「まぁ、あのこは繊細だし、樹と出会って間もないから自分のことを話すことはしてくれないかもだけど、樹がさくらと仲良くなりたいって気持ちを伝えたら大丈夫よ。」
おばあちゃんはさくらさんのこと、よく知ってるふうに話す。おばあちゃんには心を開いてるって感じだな。少し複雑な気持ちになるな。まぁ、僕と知り合って間もないっていうのもあるからだろうけど。
「…うん、頑張る…。」
「あらあら、樹ったら恋する乙女みたいね!ふふふ。」
「乙女って!僕は男なんだけど!?」
「だって〜、さくらのことで悩んでる樹を見ると可愛くてしょうがないのよね〜。」
「なんだよ、それ…。」
「ふふふ、まぁ、気長に頑張りなさいな!」
「うん…。」
早くさくらさんのこと知りたいな…。僕ばっかり話してる気がする…。
ふと、気がつくと僕はさくらさんのことばかり考えてる。これが″恋″なんだと思うと少し恥ずかしくなった。
それから僕は、春休みの間、毎日さくらさんに会いにあの桜の木に足を運ぶのだった。
さくらさんはやっぱりあの桜の木のところに現れて、いつのまにか居なくなって、また現れて、どうにも正体を掴めない人だった。
だが、僕は会う度に話す度に彼女のことがどんどん好きになっていった。同級生の女の子にさえ興味を示さなかった僕が。
そして、ついにその想いを言葉にしたのだった。
「好きです!」
「えっ…。」
「僕はっ!さくらさんのことが好きです!僕と付き合ってください!!」
勇気を振り絞って出した言葉。少し僕の声は震えていた。
「……ごめん。キミの想いには答えられない。」
「!!……どうして?理由は……?」
「キミが嫌とかじゃないの。これはワタシの問題。ワタシがアナタに相応しくない。」
「そんな!そんなことないよ!!なんで、そう思うの……?」
「ワタシが彼女じゃ、アナタに寂しい思いをさせてしまうだけ…。付き合ったとしても、どうせすぐ別れてしまう。ワタシのこと、嫌になるに決まってる。どうせ、そうなってしまうのなら、最初から付き合うなんてことしない!」
彼女は泣きそうな顔をする。
「いずれ、ワタシを忘れて別の誰かを好きになるよ……。さようなら。」
彼女はそう言ってこの場を去ろうとする。
「待って!!!僕はっ!!!」
僕の言葉が言い終わる前に、さくらさんは去ってしまった。
「……なんだよ……。」
初めての告白。最悪の答え。さくらさんは僕のことが好きであるかのような返事をした。なのに、付き合えない。意味がわからない。
″さようなら″なんて…。もう会えないのか……?″別の誰かを好きになる″って…。
さくらさん以外、好きになれないよ…。
初恋は実らないって本当だったんだ…。
一人残された桜の木の下で、僕は静かに涙を流すのだった。
涙を流しても流しても、込み上げてくる悲しみ。涙を流せばスッキリすると思ったけれど、その反対で、どんどん重く募るばかり。
一人残されたこの場所で、桜の木を見つめる。僕はこんなにも悲しんでいるのに、桜の木は真っ直ぐ立派に立っていて、花弁をゆらゆらと揺らして綺麗に咲いている。
そんな桜の木が今の僕には眩しすぎた。
その日はひと通り涙を流した後、疲れて、家に戻った。帰る途中に雨が降ってきて、ずぶ濡れになりながら帰った。走るのが面倒くさくて、足が重くて、前に進むのが難しかった。帰ると、おばあちゃんが驚いた様子で僕を見る。何かを悟ったのか、おばあちゃんは何も聞かず、そっとバスタオルを渡してくれた。ずぶ濡れじゃ、風邪をひくから、とおばあちゃんはお風呂を入れてくれて、僕はゆっくりと温まった。何も考えれなくなった僕の中身は空っぽになったみたいだった。
次の日の朝、結構泣いたせいで、目が少し晴れていた。おばあちゃんにこの顔を見せるのが恥ずかしくて、朝食は食べずに部屋にこもった。
コンコン、
「樹、何か食べない?もうお昼だし…、ね!じゃあ、うどんにしよっか!具沢山のうどんにするわね!出来たら部屋に持ってくるから、待っててね!」
おばあちゃんはそう言って、パタパタと去っていった。
布団にくるまっていた僕は、放心状態だった。もう、何も考えない。考えたくない。そう思っているのに、やっぱり僕はさくらさんのことで頭がいっぱいになるのだった。
昨日沢山流したはずの涙は、僕の頬をゆっくりと伝う。
「さくらさん…。」
今日の空模様は曇っていた。
さくらさんside
「はぁ、はぁ、」
″「好きです!」″
樹くんの言葉、すごく嬉しかった。信じられなかった。
まさか、両片思いだなんて…。
でも、ごめんね。ワタシじゃ、釣り合わないの。だって……ワタシは人間じゃないから……。ワタシ、さくらは″桜″だから。
あれから三日が経った。
あの日以来、桜の木の所には行ってない。行く勇気もない。僕ってこんなにヘタレだったのか…。おばあちゃんにも心配かけちゃってるし、今日は、外に出てみようかな…。
僕は着替えをすませ、リビングに向かった。
「あ、樹!おはよう!!」
「はよ…。」
「もう…大丈夫…なの?」
「……うん。」
大丈夫じゃないけど。これ以上心配させるのは気が引ける。
「そう、ならいいんだけど。じゃあ!ご飯食べたら、庭の草むしりと花の水やり!お願いね!!」
「え!?」
「え!?じゃないの!手伝ってよ!いつも来た時はやってくれてたでしょ!」
何年前の話だよ……。
「分かったよ!やるよ!」
「よろしい!前より花の種類とか増えたし、花壇も増やしたから、やり忘れしないように!」
「はーい、花ノートに書いてるよね?」
「書いてる、書いてる!」
花ノートとは、おばあちゃんが育ててる花の種類とか、水やりの頻度、植える時期など、書いてるノート。これがあるのと、ないのとじゃ、全然違う。結構ある花の種類を細かくノートに書き込んでいるおばあちゃんは凄い。尊敬する。さすがおばあちゃん。
「ごちそうさま。」
「はーい、そこにお皿置いといて〜。」
「はーい、じゃ、行ってくる。」
「行ってらっしゃ〜い!」
とりあえず、外に出て、水道がある所に行った。ホースを倉庫から取り出す。庭が広いからホースが結構長め。ズリズリと引っ張りながら花畑がある所に持っていく。水を花たちにかけてやると、花びらに水が溜まり雫が落ちる。どの花も元気いっぱいに育ってる。
それに比べて、僕は……。
ずーーーん。
めっちゃ引きずってるし、元気も出ないしで、
「……何やってんだろ…。」
ため息をひとつ、ついて、水やりを再開した。
水やりを終え、僕はふと、桜の木の方を見る。何度見てもやっぱり綺麗だ…。
もう一度行ってみようかな……。さくらさんはもう来ないだろうし。
僕はスケッチブックと水彩で使う道具たちを持って、あの桜の木に向かった。
着いてすぐ後悔した。そこにはさくらさんがいたからだ。帰ろうにも目があってしまい、帰れる状態じゃない。
「あ、、……。」
喋ろうにも、何を喋ったらいいのか分からなくて、言葉が出なかった。
とりあえず僕はスケッチしてた桜の木の続きを描くために座る。
そのまま僕達の間に沈黙は続いた。
しばらくして、さくらさんが喋り出す。
「ねぇ、なんでまた来てくれたの…。」
来て″くれた″という部分が少し引っかかったがとりあえず返答する。
「……この桜の木を描きに来たんです。」
少し素っ気なかっただろうか、その言葉を聞いたさくらさんの顔は少し悲しそうだった。
「……そ、そっか。」
なんでそんな顔するんだよ……。意味がわからない。僕の方が傷ついてるのに。
そんなさくらさんに少し苛立ちを覚える。
「そっちこそ、なんでここに来たんですか?」
「!!……ワタシは…。」
「……言いたくないならいいですけど。」
「な、何よ、その言い方!」
「……さくらさんが言いたくなさそうだったんで!そう言ったまでですけど?」
「なんでそういう言い方するの!?ワタシがどんな気持ちでいるか知らないでっ!!」
「あー、あー、知りませんよ!!知りたくもないですね!僕をフッた人のことなんて!!」
「!!」
バチンっ!頬がじんじんしてから、自分が今、叩かれたことに気がつく。
「いっ、いったいな!!!何すんだよっ!って……」
さくらさんは泣いていた。キッ!と僕を睨みつけながら。
「な、なんで、泣くんだよ……。」
「うっ、うぅ……、」
「さ、さくらさ…」
さくらさんの方に近づこうとすると……、
「こっちに来ないでっ!ワタシのことなんてもう嫌いなくせにっ!!!」
はぁ?何言ってるんだ、この人は。
「なんでそうなるの?」
「だって、なんか冷たいし、怒ってるし!!」
「はぁ?!フラれた相手にそう簡単にニコニコなんてできるかっ!こっちは傷心中なんだぞ!!!」
「っ!!」
ぐぬぬと言わんばかりに、さくらさんは黙り込む。
「……………まだ、ワタシのこと、好き……なの?」
「…………………………好きだよ。」
「!!……そっか……。」
あぁ!恥ずかしい!!フラれたのにまだ好きなのかコイツって思われてる!!
「……ねぇ、」
さくらさんが喋り出そうとした時、急に空模様が変わり、強い風が吹き始める。
「……くる。」
「……えっ、」
「嵐がくる。」
そう言ってさくらさんは走り出す。
「ちょっと!」
「樹くんはおばあちゃんに知らせてっ!」
僕を急かすさくらさんに若干戸惑いながらも僕はおばあちゃんの家へと走ったのだった。
「はぁ、はぁ、」
僕は息が切れる中、おばあちゃんの家の扉を勢いよく開けた。
「おばぁちゃん!!!」
台所にいたおばあちゃんが玄関に駆けつけてきた。
「どうしたの?樹、大きな声出して……。」
「さ、さくらさんが、はぁ、嵐が、くるって……」
「!!!……分かったわ、樹、倉庫の中からビニールとテープ持って花たちにかけてきて。私もすぐ行くから。」
「分かった!」
嵐がやってきた時とか、台風とかの時、どうすればいいかはおばあちゃんから教わってたから、だいたい分かる。
こういう時、あの花ノートも役に立つ。花ノートの方にも詳しくどうすればいいか書いてあるからだ。用意周到のおばあちゃんには尊敬に値する。
僕は急いで倉庫に向かい、テープとビニールを取り出し、花壇や花畑にビニールをかけて、ロープで取れないように固定する。
おばあちゃんの家にはたくさんの花たちと植物たちが育てられてるから急いでやらないと、枯れてしまったり、折れてしまったりしてしまう。僕は庭中を駆け回った。
そして、次第に雨が降り出し、風も勢いを増す。土砂降りだ。
「樹!!!」
「おばぁちゃん!だいたい終わったよ!!」
「ありがとう、それより、樹は桜の木を見てきてちょうだい!」
「え……。」
「さくらのこと大事なんでしょ!早く行きな!!!」
「……うん!!!」
僕は走った。とにかく早く。
雨で体がどんどん冷えていく。そんなこと全然気にならないくらい僕は必死になっていた。
桜の木に着いて、僕は愕然とした。
桜の木が折れかけていたのだ。
「待って!!折れないで!!」
僕はこの時、もう二度とさくらさんに会えなくなるような気がした。
「さくらさんっ!!!」
咄嗟に僕は叫んでいた。声は出るのに、体が動かない。この桜の木を守らないといけないのに、足が前に進まない。
動け!!動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け!
すると、背中にバシッと衝撃が走った。
おばあちゃんだった。
「樹!!ボサっとするんじゃないよ!さくらのこと、好きなんでしょ!?だったら、男の意地、見せないでどうすんの!?」
「おばあちゃん…、背中痛いよ…。」
「え!?あ、ごめんね!そんなに力強かった!?」
「でも、おかげで前に進めるよ。」
「それじゃ、やるよ!!」
僕とおばあちゃんは桜の木を守るため、動き出しのだった。
そして、次の日、僕が目を覚ますと、時計はもうお昼すぎを指していた。
昨日はあれから、桜の木を囲って、折れたところもとりあえず、これ以上折れないように、処置した。雨の中で、作業を続けていたから、だいぶ時間はかかったけど、桜の木はとりあえず、無事。
とりあえず。そう、とりあえずなのだ。
昨日の時点では。
今日、桜の木がどうなっているか、見に行かなければならない。おばあちゃんも家に帰ってからすごく心配してたし……。
僕はとりあえず、服を着替えて、リビングへと向かった。
「あら、おはよう、樹。よく眠れた?」
「…うん、おばあちゃんは?」
「まぁ、ぼちぼち。あの子たちが心配で……。」
″あの子たち″というのは、桜の木も含めて、花たちや木などの植物のことだ。
「うん、僕も心配…。だから、昼ごはん食べたら見に行ってみるよ。」
「わかった。私も庭を巡回してみるね。」
「うん。」
昼ごはんを食べてる最中もずっとさくらさんのことが頭にいっぱいで気が気じゃなかった。
昼ごはんを食べ終わり、靴を履いて、外に出ると、外は異様に晴れていた。まるで昨日の嵐が嘘だったかのような、そんな気がした。
とりあえず、庭を見回してみると、花たちはどうやら無事のようだった。
「良かった…、」
ほっと一息つく。だが、問題は桜の木。
とりあえず、桜の木の方に足を進めた。
そして、桜の木の近くにボロボロのさくらさんは立っていた。
服は所々破れていて、擦り傷などもある。
「さくらさんっ!」
今にも消えてしまいそうなさくらさん。
何とも言えない感情が押し寄せてくる。
「待って!行かないで……」
「樹!!」
「おばあちゃん……」
「さくら……、」
「おばあちゃん、お世話になったよ。ありがとう。」
「さくら…、もう……だめ、なの?」
おばあちゃんは問う。わかっているはずなのに。
「そう、だね、短い間だったけど、楽しかったよ、樹くんも、話し相手になってくれて、すごく嬉しかった。告白も……、でも、ワタシ、見ての通り、桜なの。……幻滅した?」
さくらさんは泣きそうな顔をして言う。
「!!……そんなわけないだろっ!そりゃ、ビックリしたけど……、でも!さくらさんが桜だろうと関係ない!好きな気持ちは変わらないから!!」
「!!……嬉しい…。ワタシも樹くんのこと、好きだよ……。」
さくらさんは桜の木に擦り寄る。完全に折れた訳ではないけれど、雨風のせいで腐りかかっていた。
「おばあちゃん…。」
「うん、わかってるよ。」
「……ありがとう。樹くん、こんな…ワタシでも愛してくれる……?」
「っ!!…当たり前だろっ!!!!」
「……その言葉が聞けてよかった……。」
そう言ってさくらさんは、桜の花びらとなり、散りゆくのだった。
僕はその場に立ち尽くし、しばらく動けないでいた。
一年後。
「おばあちゃん、来たよー。」
「樹!いらっしゃい!……早く行ってあげて。」
「うん。」
あれから、さくらさんが消えたあと、僕とおばあちゃんは桜の木を枝挿し、緑枝挿し、挿し木など、また桜の木が成長できるよう、色々とやってみたのだ。
そして、一年が経ち、おばあちゃんから「まだ随分と小さいけど、成長してるよ」と、連絡を貰い、東京から飛んできたのだった。
植えた場所は元々、桜の木があった場所。
歩く速度が早くなる。会いたくて会いたくて、たまらない。
「はぁ、はぁ、」
着いてみたら、小さいけど、真っ直ぐ立っている桜の木がそこにはあった。
だけど、そこに、さくらさんはいなかった。
「……やっぱりダメだったのかな…。」
僕が俯いていると、急に風が吹き、僕の被っていた帽子が飛ばされた。
「あ!」
帽子を追いかけると、そこには、あの″さくらさん″がいた。
「これ、キミの?」
そうそう、この言葉から僕達は始まったのだ。
「……そうです、さくらさん。」
僕達はゆっくりと近づき、お互いに顔を見つめ合いながら、唇を重ねたのだった。
「……もう離さないから。」
「ふふっ、それは嬉しいね。」
さくらさんは微笑む。
この笑顔がこれからも見続けられるよう、無くならないよう、この人を守ると心に、そう誓ったのだった。
こうして、長くて短い、春休みの物語は幕を閉じたのだった。
楽しんで頂けたでしょうか?
樹、さくら、おばあちゃんの三人の登場人物ですが、名前には設定があって、樹=木、さくら=桜というふうに関連させています。名前の出てきていないおばあちゃんの名は舞子と言います。花が舞うというふうに花が大好きなおばあちゃんにピッタリの名前じゃないか、と思っております!
あとさくらとおばあちゃんの関係ですが、おばあちゃんが桜の苗を植えてからさくらは生まれ、さくらが視えるおばあちゃんは次第に仲良くなっていきます。
人間と桜の恋という、実らないかもしれない恋、切ない感じを書きたかった私の精一杯の妄想が詰まっております!
最後まで読んで頂きありがとうございました。