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作者: 蒼月まりか



猫が鳴いている。大人しい猫だったのに、最近はとてもお喋りになった。ニャアオニャアオと鳴きながら、私の目をじっと見つめてくる。ご飯を与えても、水を与えても、この子には意味がないのだ。言葉は通じなくても、その心の穴が私には分かる。


5年前、父が死んだ時。私は驚いたものの、悲しみは感じなかった。安らかに、何となくニヤリと笑ったような顔で眠る父の顔は、生前よりも穏やかで素敵だった。もっと本音で話せばよかった。もっとわがままを言えばよかった。後悔とはこういうものかと、初めて痛感した。それでも時々思ってしまうのだ、彼はまだ生きていると。

例えば、咳払いが聞こえた時。自動車が停る音を聞いた時。中肉中背の男性の姿、白髪混じりの髪型を見た時。ギクリ、と心が揺れて、5年前に舞い戻る。父への言葉を考えて、あぁ、居ないのだったと確かめさせられる。きっともっと泣きわめいて、悲しんで、落とし前をつけるべきだった。そのチャンスを失ったせいで、度々こうして彼の死の確認を行わなければいけなかった。


ニャアオ、とまた猫が鳴く。もうこいつも随分大きくなった。共に暮らし始めた時は生後一年くらいで、あまり家族に懐かず手こずったものだ。暴れ回るくせに、おもちゃには興味を示さない。人がいないと寂しがる癖に、撫でると噛み付く。扱いづらいこの猫を、母はこよなく愛していた。噛みつかれても快活に笑って、父のいない寂しさを埋めるかのように、大事にこの猫を育てていた。


この猫は、私そのものだ。私が隠した幼さを、私の代わりに叫んでいる。

納得なんてしなくてよかった。ただ会いたいと、ただ側にいてと、いくらでも駄々をこねればよかったのだ。


「ごめんなあ、凛ちゃん。ママはもうおらんのよ」

ニャオーン。ニャオーン。

「私じゃ代わりになれへんのは分かってるけど……そんな目で見られたら切ないわ」


猫が泣いている。母の帰りを待ちながら。

1人で過ごすには大きすぎるこの家も、再来月には売りに出すことに決めた。

広々としたリビングに、秋の風が入り込む。猫はぶるると首を振って、ただただ不思議な顔で鳴き続けるのだった。


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