レイガス
翔は、エミリーにすべてを話し終わった。
自分がどこから来たのか、どんな体験をしたのか、何があったのか。所々言葉を詰まらせながら話す僕の隣で、エミリーは静かに、真剣に聞いてくれた。
「つまり、あなたは自分が別の世界の住人なのかもしれないと考えているのね?」
「うん。僕にそういう知識があるから、勝手に思っているだけかもしれないけど……。」
「なるほど……。」
エミリーは、少し考えこんだ後、僕にこの部屋で待っているように言い、部屋を出て行った。
その間、僕はエミリーが持ってきてくれていた、僕の持ち物を確認することにした。
鞄や中に入っていたノートなどは、乾いていたが水で濡れたせいで、波打ったり、破れたりしている。制服には、あの狼に咬まれた跡と、爪で引き裂かれた後も残っている。爪で引き裂かれた跡は、おそらく僕を押さえつける時についたものだ。
そういえば、今の僕は上半身裸で包帯を巻かれていて、下のズボンはゆったりとしたものに履き替えさせられている。
気づいていなかったけど、もしかしてこれってエミさんが履き替えさせてくれたのか?
そう思ったとたん、顔が急激に熱くなるのを感じる。
もしかして、見られた?
ノックの音がし、部屋の扉が開く。
すると、エミさんが髭面の大男をつれて部屋に入ってきた。
大男の2メートルは優に越しているだろう。筋骨隆々のからだつきで、髪は黒かったが、瞳はエミさんと同じ、綺麗な青だった。
その大男は部屋に入ってくるなり、なんだか僕のことを目の敵のように睨みつけている。その威圧感に圧倒され、僕は生唾を一つ飲み込む。なんだか狼に襲われたときに似ていて、目をそらしてはいけないと、本能が訴えかけてきた。
「こら、何してるのよ、お父さん。」
エミさんの声に反応して、大男から放たれていた威圧感は消え、僕は気分を落ち着けることが出来た。
あれ?お父さんって……。
「紹介するね、こちらは私のお父さん。名前はレイガス。」
エミさんは大男を紹介する。
そうか、家族がいたのか……。てことは、僕を着替えさせたのはエミさんのお父さんだったのか。
僕はほっとして息を吐く。
僕は長く、両親のいない生活をしていたため、家に家族がいるという考えが浮かばなかった。
「おい小僧。」
「あ、はい。」
その低く響く声に少しすくんでしまったが、父の声がこんな感じの声だったこともあり、すぐに慣れることが出来た。
「この家にいさせてやってもいい。だが、うちの娘に手を出せば、ただでは済まさんぞ。」
怒鳴られているわけでもないのに、威圧感が半端ではない。ただ、その威圧感に似合わず、言っていることはずいぶんと優しい気がする。
「ちょっと、ショー君が怖がってるでしょ。それに、根拠があるわけじゃないけど、ショー君はお父さんが考えてるような変なことはしないよ。」
エミさんはそう言って、僕をかばってくれる。
レイガスさんはムッという顔をしたが、僕を少しにらんだ後、部屋を出て行った。
「ごめんね、あんなだけど、根は優しい人だから。」
エミさんが苦笑いをしながら僕に話しかけてくる。
「分かってるよ。娘思いのいいお父さんなんだと思う。」
僕がそう言うと、エミさんは驚いたようにこちらを見る。
「すごいね……、初めてお父さんを見た人はみんなもっと怖がるのに……。」
「ああ、まあね。それより、君のお父さん、ここにいさせてやってもいいといっていたけど……。」
「うん、私が頼んだの。もしもあなたの考えている事が正しいなら、右も左もわからないでしょう?だったら、私の家に居させてあげた方がいいってお父さんに頼んだの。」
「頼んだって……、僕のいう事を信じてくれるのか?自分で言っておいてなんだけど、かなり怪しい話だっただろう?」
そうだ。ここが異世界というのはあくまで僕が考えただけの想像だ。証拠があるわけでもないし、確定することはできない。もっとも、確定できる証拠があるとも思えないが……。
「大丈夫だよ。だってショー君は嘘をついてないもの。今日初めてあった人に正直に自分のことを話せるような人を放ってはおけないよ。」
「いや、だからどうして僕が嘘をついていないと……。」
僕は質問を続けることが出来なかった。その時のエミさんがひどく辛く、悲しい顔をしていたから。
「ごめんね?でも分かるの。それが私が唯一まともに使える魔術だから……。」
なぜそんな顔をしていたのかは分からない。でも、僕はこれ以上、彼女にそんな顔をしてほしくないと思い、それ以上は何も聞かなかった。