異世界
ここは地球ではない。その事実は、僕の心を折るのに充分なものだった。やり残したこともあるし、悔いもも残している。窓の外には僕の知らない世界が広がっているのだろう。
ここで生きるしかない。頭では理解していても、どうしても事実を完全に受け入れることが出来ない。
「大丈夫?顔色が悪いけど……。」
エミさんが声をかける。
「あ……、はい、大丈夫です。少し一人にしてもらってもいいですか?」
エミリーは心配そうな表情をしていたが、それ以上は何も言わず、僕を一人にしてくれた。
僕は、自分が置かれた状況を自分なりに整理してみることにした。
ここが地球ではないことは分かった。だが、それにしては妙な点がある。
ここに人がいるという事。そして、その人が日本語を話しているということだ。
もし仮に、ここが地球ではないどこか別の星だったとして、生き物がいるのはともかく、人間がいるというのはおかしい。宇宙人っていうのは、地球とは別の環境で進化した生物のことだ。人型であることはあっても、それが人間そのものであるなんてことはまずありえない。
そして、日本語。地球の中ですら世界中には様々な言語がある。こうしてエミさんと話ができているという時点でありえないことだ。
これらのことから考えられることは一つ。
『平行世界』。
以前、映画か何かで次元という概念を主題としたものを見たことがあり、それについて調べたことがある。それは、簡単に言えば、『もしもの世界』のことだ。
1次元は横、または縦の広がりしかないもの。2次元は縦と横の両方、つまり、平面的な広がりを指すもの。3次元は空間の広がりを表し、4次元はそこに時間が加わるとされている。
そして5次元。それは無数の時間軸が広がる空間。
そこには、『もしも僕が違う高校に進学したら』なんて元居た場所と大した違いがない世界もあれば、『もしも地球に恐竜が生き残っていたら』なんて世界もあるだろう。
そういった数々の世界のことは『並行世界』と呼ばれており、その中の一つに僕は迷い込んだのかもしれない。
となると、ここは“地球ではないどこか”、というよりは、“違う世界の地球”という事になるのか。
考察が終わると、元の世界での思い出が蘇る。
学校でのあの事件。それに何のけじめもつけずに僕はこんなところに来てしまった。
いや、元よりけじめをつける気なんてなかったか。むしろ、こんな世界に逃げ出せたんだ。後悔なんてないはずだろう?
自分にそう言い聞かせるが、胸の苦しさは治まることはない。
後悔の波が僕に押し寄せ、つぶされそうになる。忘れたくても、忘れることはできない、忘れてはいけない出来事。
「……くそっ……。」
心の声が漏れる。後悔は募るばかりだ。あの事件が、こんなにも自身の心に深く突き刺さっているとは思わなかった。
元の世界に帰ることなどできはしない。どうやってこの世界に来たのかもわからないのに、帰り方なんて分かるはずもない。
僕はもう、この世界で生きていくしかないんだ。
しばらくすると、コンコンッと扉ををノックをする音がした。
僕が声をかけると、エミさんが冷やしたタオルを持って部屋に入ってくる。
「えっと、さっきは声を荒げてごめん。あなたも混乱してるはずなのに、あんな言い方をしてしまって。」
エミリーは申し訳なさそうに顔をうつむけ、僕に謝ってくれた。その行動には、彼女の優しさがにじみ出ている。
「気にしなくていいよ。僕も気にしていない。」
「そういってくれると助かるわ。」
彼女は微笑み、僕もそれにつられて、表情が穏やかになる。彼女と話すと不思議と心が暖かくなってくる。
「それで、さっきここがどこか分からないって言っていたけど、あなた、記憶喪失にでもなってるの?」
少し答えに戸惑ったが、嘘はつかないことにした。命を助けられておいて、嘘なんてつけるはずもない。
「いや、記憶ははっきりとしているよ。どうやってここに来たのかはあんまり覚えてないけど……。」
そう言うと、彼女はまるで何か奇妙なものでも見たかのようにじっと僕の目を見つめ続ける。
「……うん、嘘はついてないみたいだね。ここに来た時の記憶がないっていうのはどういう事?」
エミさんはぐいぐいと突っ込んで聞いてくる。
正直、僕がこの世界の人ではないかもしれないという事は隠した方がいい気もしたが、ここまで来たら言い逃れをするのは難しい。
僕は自分が考えたことも含めて、全てを正直に話すことにした。