夢
黒煙が立ち込め、炎が渦を巻く。瓦礫に埋もれた人々は助けを求め、そこに佇む男に手を伸ばす。
しかし、誰一人としてその男が泣いていることに気付いていない。
自分の命に危険が迫れば、自分のことにばかり必死で、そこに他人への感情が入る余地はない。当然のことではあるが、それが男にとっては辛かった。必死に攻めて、必死に守って、必死に戦い抜いたその先には、大切な人はいない。それでも、感傷に浸ることは許されず、他の多くの人を救うことを義務付けられた。
大勢の人々を守ろうとして、本当に守りたかったものは救えない。
そんな悲しい男の夢を見た。
目が覚めると、そこは知らない家のベッドの上だった。
あの夢は何だったのだろう。いつもの夢と同じ。だが、今回はなぜか、あの男の感じていることが分かった。そこには悲しみや苦しみといった負の感情しかなく、その戦場で男が得たものはあまりにも虚しい。
目が潤む。決して同情したわけではない。そもそも、あんな知らない男の心情なんて僕の想像でしかない。それなのになぜ、こんなにも心が苦しくなるのだろう。
深呼吸を一度挟み、落ち着きを取り戻すと、誰かが扉の向こう側から歩いてくる音がする。
扉が開くと、僕は彼女の姿に目を奪われた。
銀色の髪に青い瞳。肩まで伸びた髪は束ねられて肩にかかっていて、青を基調としたかわいらしい服を着ている。華奢な体つきで、線が細い。
物語にでも出てきそうな、綺麗な女の子だ。
その女の子は、僕が起きていることに気が付くと、優しい笑顔を浮かべる。
「おはよう。傷の具合はどうかな。」
女の子が話しかける。
傷というのが何のことなのか、一瞬分からなかったが、少し間を置くと記憶がはっきりとしてきた。そうだ。僕はあの狼に襲われて、逃げてきたんだ。でも、なんでこんなところにいるんだ?
疑問は多くあったが、ひとまずは質問に答えることにした。
「まだ動かすことはできないけど、痛みはだいぶ引いたよ。えっと……。」
僕が言葉に詰まると、彼女は何かを察したように話し出した。
「あ、ごめん。まだ私の名前言ってなかったわね。私はエミリー。好きなように呼んで。」
「僕は翔。よろしく。」
「ショー?」
エミリーは首をかしげて、妙な発音で翔の名を呼ぶ。
外国人だからか、僕の名前が言いにくいようだ。
「しょうですよ。ショーでもいいけど。」
「それじゃあ、ショーで。それで、あなたはなんであんなところで倒れてたの?」
「倒れていた?」
「うん、すぐ近くの川の岸辺に倒れてたんだよ?びっくりしちゃった。」
なんとなく泳いでいたような気もするが、あまりそのあたりの記憶がない。飛び込んだあの川の流れの先がこの家の近くだったということだろう。
「何はともあれ、助けてくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
「それにしても、ひどい目にあった。」
「そうみたいね。骨は砕けて、あちこち切り傷や擦り傷があってズタボロ。一体何をすればそんな風になるんだか。」
翔はハハハッと笑い飛ばそうとするが、エミリーはじっとこちらを見つめる。
正直、狼のあの恐怖が抜けきっていない状態でまた思い出すのは辛く感じるが、話さないと納得できないだろう。
「…分かりました。質問があれば、正直に答えます。」
「うん、ありがとう。そうしてくれるとこちらとしても助かるわ。」