剣の修行
翌朝、翔はまだ日も上り切っていないうちに目を覚ます。
魔剣士を目指す、とは言ったものの、僕としてはもう少し明確に目指す目的が欲しいところだ。自分で言っておいてなんだが、僕は自分がすることに何かハッキリとした目的や理由がなければあまり気が乗らない。
グッと頭の後ろで腕を組んで伸びをする。寝起きという事もあり、まだ少し頭がボーッとしていたが、先日のカルナとの試合で受けた傷が痛み、意識がはっきりとする。
あの試合の後、魔術を受けた個所の治療はしてもらったが、完治するにはあと数日かかると言われた。その間、あまり激しい運動はできないが仕方ない。
「顔を洗いに行くか。」
ボソッと独り言を言い、翔は洗面所に向かう。洗面所は元の世界と見た目や使い方はほとんど同じようなものだった。洗面所だけでなく、風呂や洗濯機、キッチンなども似通った部分が多い。
異世界だと理解しているだけに、ここまで似たようなものがあると少し妙に思ってしまう。僕としては同じような生活を送れるという意味で助かるけど。
顔を洗い、家の居間に向かうと、エミリーがすでに食事をとっていた。
「おはよ、ショー君。よく眠れた?」
「ああ。随分ここの暮らしにも慣れてきたよ。」
「そっか。それは何より。」
見ると、レイガスさんはすでに朝食を用意してくれていたようで、僕が食卓の椅子に座るとすぐに持ってきてくれた。
「ありがとうございます。」
「……礼はいい。娘と仲良くな。」
「もちろんです。」
不愛想で無表情なのは変わらないが、最近レイガスさんは機嫌によって少しだけ口元に変化があることに気付き、今日のレイガスさんは少し上機嫌だと分かった。
「レイガスさん、今日はどうして機嫌がいいの?」
翔はエミリーに小声で尋ねる。
「たぶん、ショー君が私と朝稽古をしてくれるからだよ。長年一人でやってきたからね。お父さんも気にしていたみたい。」
「えっ、エミリーっていつから朝稽古を始めたんだ?」
「昨日話した事件が起こった後からだよ。剣術はお父さんに教えてもらったの。魔術はからっきしだけどね。」
「それを今日までずっと?」
「そうだよ。」
エミリーの手の皮の厚さや、豆のでき方はその華奢な体つきとは似つかわしくないものだった。彼女なりに努力を積み重ねてきたことは容易に想像できる。しかし、それほどの長さは予想だにしていなかった。
「全然そんな風には見えないでしょう?」
エミリーは翔の考えを見越したように言う。
「いや、そんなことはないよ。」
「はい、嘘。」
僕の嘘は一瞬で見破られ、キッパリと言われてしまう。
「うっ……。」
「でも、私のことを気遣ってくれたんだよね。ありがとう。」
気を使ったのはそっちだろう……。
そんな言葉を喉の中で押しとどめる。エミリーはああ見えて少し頑固なところもある。そんなことを言ったところで無駄だろう。
朝食を終えると、翔とエミリーは裏庭へと向かう。
裏庭には一つの巻き藁が置いてあるだけで、あとは日本の木が生えているだけの少し殺風景な場所だった。巻き藁はもう何年も使い込まれたようにボロボロになっていて、独特のにおいがする。
「ボロボロだけど、今日は使わないから安心して。」
そういって、エミリーは庭の端の方にあった木箱の中から、二本の木の棒を取り出し、片方を翔に渡す。
「それは?」
「打ち合い用の木の棒だよ。少し硬めだから気を付けてね。」
「打ち合い?ちょっと待って、今から何をする気で……。」
「構えた方がいいよ?打ち込んでいくからしのいでね?」
「ちょっと待って、いきなりっ…!?」
僕がそれを言い終えるより早く、エミリーは僕に木の棒を打ち込んでくる。
いくら意表をついたとはいえ、反応できないことはない。僕は反射的に持っていた木の棒で受けようとする。
だが、止まっている棒でスピードに乗っている棒を受けるには相当な腕力が必要となる。そのことを知らなかった僕は、エミリーに簡単に押し込まれてしまう。
「くっ……!」
翔はとっさに後ろへ体を引く。だが、追撃はやまない。エミリーは翔の動きを先読みし、さらに一歩踏み込んで二撃、三撃と次から次へと攻撃を続ける。
だが、普段一緒に暮らしているおかげで、翔にはエミリーの癖や細かな初動を見逃さない観察眼が、そして、短期間のうちに何度も死の気配を感じたことで、自分に向けられた行動を見切る動体視力がすでに鍛えられていた。
(まあ、これに関しては長期間受けてきたいじめの影響もあるんだろうけど……。)
しかし、どれだけ目がすぐれていても、剣の技量が拙ければ彼女の猛攻を凌ぐのに、そう長くはもたない。
そのはずなのに……。
「はっ!」
エミリーは掛け声とともに、連撃を打ち出す。だが、焦燥感にかられているのか、彼女の動きはどんどん単調になっていった。
「エミリー、ストップだ。」
翔が呼びかけると、エミリーはピタリと動きを止める。
僕も息を乱してはいたが、エミリーの方はそれ以上だった。
「いきなり切りつけてごめんね、ちょっと焦っちゃったみたい。」
「別に構わないけど…。」
「ありがとう、それじゃあ少し休憩しようか。」
こうして二人は庭の塀にもたれかかり、汗をぬぐうのだった。




