残酷な嘘
エミリーはレイガスの一撃で宙を舞ったが、すぐに優しく抱きかかえられる。
「無事でよかった。怖かったろう?」
緊張の糸がほどけ、エミリーはボロボロと大粒の涙を流す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、私のせいで……。」
レイガスは泣きじゃくるエミリーの頭にポンッと手をのせる。
「エミリー、謝るのは本当に自分が悪いと思った時だけにしろ。少なくとも今、この状況になったのは絶対にお前のせいじゃない。お前のせいで誰かがいなくなったわけでも、お前のせいであの化け物どもが現れたわけでもない。だから、泣くな。」
この時、レイガスは慰めているわけでも、怒っているわけでもなかった。
自分に誰かを慰めるような器用なことはできないし、怒って何かが変わることもない。そんなことはレイガス自身がよくわかっている。
この時の言葉は、エミリーが自分が助かっていいことを示しただけ。自分から命を投げ出すような真似をさせないための言葉。
なぜなら、レイガスは先ほどの一撃で黒ずくめの男どもを殺しきれなかったことを理解していたからだ。
ガラガラと、瓦礫が動く音が聞こえる。剣を振り抜いた時、あの男が攻撃を受けるのに合わせて自分から後ろへ跳んだのは、やはり気のせいなどではなかった。後ろへ跳んで威力を殺された。おそらくダメージはほとんど与えられていない。
おそらくすぐにまたこの路地に戻ってくるだろう。他のあの化け物どもも、個体によって強さが違うようだ。もし俺に殺せない奴が来れば、エミリーは助からない。
「エミリー、走れ。」
「え…?」
「今すぐここから逃げろ。俺が守り切れるとは限らない。」
「でも、どこに逃げれば……。」
「ここじゃないどこかだ。早く行け!」
ここまで必死の父はエミリーにとって見るのは初めてだった。
それがさらに危機感を倍増させる。
エミリーは走った。それが、それだけが今の自分に出来ること。
「まったく、情けない限りだ。自分の娘一人満足に守り抜けないとは……。だが、あの子には指一本触れさせはしない。」
自分の背中で剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。
そういえば、お母さんは一体どこにいるんだろう。
「お母さんは家にいるの?」
嘘。家にはいない。
自分の中の何かが、私にそのことを確信させる。
「なら、一体どこにいるの?」
……
反応はない。私の言った言葉が嘘か本当かしか分からないみたいだ。
お母さん……!どこにいるの?
あてもなく走り回る。仕事場にいたとしても、母がどこで働いているのかなんて私は知らない。
町は見る見るうちに形を崩し、焼け野原のようになりつつあった。そして、煙の匂いに交じってだんだんと鉄のような血の臭いが感じられるようになってくる。
気持ちが悪い。吐き気がしそうだ。頭もいたい。あの化け物の奇声も聞こえてくる。
「あっ…!」
足元のえぐれた地面に気付かず、エミリーは転倒する。
「……うっ。」
立ち上がる気力も失せてしまいそうだ。
膝を擦りむいたけど、どうでもいい。こうしているうちにも、誰かがまたあの化け物に殺されているかもしれない。
「エミリー?」
絶望にのまれそうになった時、温かく優しい声が頭に響いた。
「お母さん!」
「エミリー、無事だったのね!」
エミリーは母の優しい腕に包み込まれるように抱きかかえられる。母がいるという事実がこれほどまでに幸せに感じるのは初めてだった。
お母さんは泣きじゃくる私を強く抱きしめ、何度も温かく安心できる言葉をかけてくれた。
しばらくすると、私達はすぐにこの場を離れようと、町のはずれにある森を目指すことにした。
「あそこなら、私に対処できる程度の強さの魔獣しかいないはず。ひとまずはこの町から離脱しないといけないわ。」
「お父さんは?」
「あの人なら大丈夫。とっても強いんだから。」
「うん、これでやっと安心できるね。」
嘘。
「……え?」
なぜこんな時に安心できないと、安心してはいけないと確信してしまうのか。
この反応の意味は何?これから先、一体何が起こるの?
その答えはすぐに、あまりにも残酷に私の目の前に突きつけられた。
母は、地中より現れた、真っ黒の化け物に後ろから胸を突き抜かれたのだ。




