出会い
「………498、499、500‼」
日課の木刀の素振りを終え、水浴びを済ませる。髪を束ね、制服を着れば準備は完了。
お父さんが準備してくれた朝食を食べ、家を後にする。お父さんは仕事で忙しいから、この家では最後に家を出る人が戸締りをするという決まりがある。
ただ、やっぱり一番最後に家を出るのはなんだか心細い。
「おはよー。」
通学路を歩いていると、エリカが眠そうに話しかけてきた。
「おはよう、相変わらず眠そうね。」
「うん、最近は一日中でも余裕で寝られそうな勢いだよー。」
「すごいけどそんなのだめだよ?せっかくこんないい天気なのに、寝てばかりじゃもったいないよ。」
「相変わらず真面目だねー、エミは。」
何気ない会話が楽しい。私に魔術の才能がないと分かってからも、こうして変わらずに話してくれるのはエリカくらいだ。
クラスの他の皆は私を避けて、別のグループで話すようになった。
「今日は校舎の修繕作業があるから、午前中で授業が終わるんだっけー?」
「確かそうだったはずだよ?」
「よし、なら帰ったら寝よーっと」
エリカの髪の毛はボサボサのままで、起きてすぐに出てきたんじゃないかと思ってしまう。本当にそうなのかもしれないけど……。
学校の教室に着くと、クラスメイトの視線が痛かった。
確かに、この魔術師を育成するための学校で木刀を持ってくるなんて普通はおかしいと思う。でも、普通の魔術が使えない私には、剣が必要なことも出てくる。
エリカはそんなクラスの視線なんか何にも気にせず、席に着くと早速居眠りを始める。
エリカの魔術の才能はクラスでもピカイチ。この学校に入学して、授業を数回受けただけで上級魔術を成功させた時なんか、学校中にその名前が広がったものだ。
それからはエリカは魔術戦闘訓練でペアを組もうと誘われまくってたこともあった。そんな誘いを断って、エリカは常に私と対等に接してくれる。
それに比べて私は情けないな。魔素の保有量が異常に少ないせいで、ろくに魔術が使えない。そして、人に嫌われるような魔術が無意識に発動してしまう。エリカは気にしていないみたいだけど、私とは関わらない方がいいのかも…。
席についてそんなことを思いつつ、私は授業の準備を始めた。
午前中の授業が終わり、私はエリカと下校する。エリカは授業中はちゃんと起きていたけど、相変わらず眠そうで、他愛もない話をして別れた。
朝考えていたことは結局言えなかった。より正確に言うと、言いたくなかった。私がそれを言ってしまって、エリカが頷いてしまう事が怖かった。
こんな弱弱しい自分がたまらなく情けない。
家につき、鍵を開けようとすると、
………バシャッ
何かが川から上がる音がする。
私の家は川のすぐそばで、魚が跳ねたり鳥が飛び去ったりするから、そういう音の違いには簡単に気が付けた。
私はすぐに音がした場所を見に行った。半分は好奇心、もう半分は恐怖心。川から化け物が出るような昔話は実際にあったから。もちろん信じてはいなかったけど、それに似たような生き物はいるのかもと思う。
けれど、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。
岸辺には、肩から血を流す男の子が這い上がっている。
黒髪で少し痩せ気味の体。見慣れない制服を着ている。苦しそうに息を荒げていて、小刻みに震える体はまさに死にかけのそれだ。
頭が真っ白になる。何も考えられない。だけど、考えるより先に私は彼のもとに駆け寄っていた。彼の体はひどく冷たくなっている。すぐにでも助けなければ、命が危ない。
私は、彼に絡まっていた鞄と一緒に彼を抱きかかえ、自分の家に入った。