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修行②

「うっ……。」


 目を覚ますと、喉がカラカラに渇いていて、息を吸うたびに肋骨の辺りが痛む。

 目の前には太陽の光を遮るほどの黒煙が迫り、パチパチと炎の音が聞こえる。


「目が覚めたか。」


 ぼんやりとした頭を何とか起こし、男と目を合わせる。


 そうだ。僕はカルナとの勝負でやられそうになった時、こちらの世界に来て目の前の男に切りかかられたんだった。


 そのことを思い出し、急いで自分の胴を確認する。痛みはするが切り傷はない。


「安心しろ、肋骨は何本か折れてるだろうが、元の世界に戻った時にはどうという事はない。」


 いや、何をサラッと肋骨折れてるとか言ってんだよ……。


 手足に力が入らないが、よろよろと力なく立ち上がる。


「起きたのなら続きだ。次はもう少し持たせろよ?」

「いや、ちょっと待ってくれ、休憩とかは」

「そんな時間はない。早くしろ。」


 男はそう言って剣の切っ先をこちらに突き出す。

 翔は急いで置いてあった刀を手に取り、男を見据える。


「そうだ。手足に力が入らなくとも、視界がぼやけていようと、絶望に打ちのめされようと、闘争心をなくしてはならない。

 忘れるなよ。お前は弱い。技も力も地位も持ち合わせていない。

 だからこそ、絶対にくじけるな。」


 男の言葉は力強く翔の心の中に響く。

 不思議な気分だ。この男の言葉はいつも他人事ではないような、大切なものだと感じる。一言一句、聞き逃してはならないと、本能が訴えかけてくるようだ。


 翔は気を引き締め、息を吐き、いつもよりも少し目を見開いて剣を構える。


「……よし、その意気だ。ではいくぞ。」


 まともに打ち合ったら勝てない。剣が通り抜けてくる技。あれの理屈が分からなければ、さっきと同じ結末になるだけだ。

 考えろ。考える時間……!


 翔は後ろに飛びのき、高く連なった瓦礫の裏側に回り込んで身を隠しながら走り出す。


「それで俺の攻撃を避けられると思っているのか?」


 思っていないさ。これはただの時間稼ぎだ。走りながらでも考える事は出来る。


 翔は懸命に走りながら男の言っていた「影抜き」について思い出す。


 あの時、男が呟いていた影抜きというのはおそらく、あの技の名前だろう。なぜそれを口に出していったのかという細かな疑問は置いておくとして、問題はあの技のからくりだ。

 水平に切りつけられ、僕は刀を縦に向けて受けようとした。だが、剣はすり抜けた。


 傷の痛みからして、水平方向に斬られたのは間違いない。となると、すり抜けたのは僕が魔術で幻影を見せられたとかではなさそうだ。


 息が切れ、横腹が痛くなってきた。あの男の姿は後ろにはもうない。

 積み重なった瓦礫にもたれかかり、少しでも体を休めようと楽な体勢を取る。


「クッソ、あの技は一体何なんだ……。」

「言っておくが、≪影抜き≫は魔術を合わせた技じゃないぞ。」


 翔の顔は青ざめ、真上を見る。男は翔がもたれかかっている瓦礫の上に立ち、翔の顔を見下ろしていた。


「チィ…!」


 舌打ちをし、飛びのいて男の方を見る。


「いつから後ろにいた?」

「ずっとさ。」


 目は離していない。にも関わらず、男は翔の背後を取っていた。


「≪刹那(せつな)≫。この走法の名前だ。

 その名の通り、刹那に相手の死角を取る技だ。これも魔術ではない。ちゃんとタネがある。だが、居間のお前では分かったところでどうすることも出来ない。今できることを考えろ。」


 出来ることを考えろ?

 出来る事なんてもうない。逃げてもすぐに追いつかれ、まともに斬り合っても勝てるはずがない。打つ手なしだ。斬られても実際には打撲のような跡が残るだけだった。おそらく、そこに関してはあの男が魔術か何かを使っているのだろう。

 一体どうすれば……。


 ふと、翔は男が以前言っていたことを思い出す。


「お前には魔素を放出する事しかできない。」


 魔素の放出。それが僕にはできる。だが、それは魔術を受け止めるために必要なものであって、魔術でない純粋な剣技に対しては無力だ。

 向こうが攻撃魔術を打ってこない限り、僕に出来ることはない。


 

 ……本当にそうか?


 脳裏にある疑問が浮かぶ。

 魔素の放出で受け止められるのは魔術だけだと思っていた。だが、魔術で発生した事象と自然に起きた事象は何か違いがあるのか?

 魔術は自然現象を人の手で構成しているものだ。もしそうならば、出来ることはある。例えば、そこら中にある炎を使えば、ある程度の火力は出せる。

 だが、イチかバチかだ。確信はないし、もし違ったら僕は文字通り手を焼くことになる。


「…何もできずに終わるよりもマシだな。」 


 冷や汗をかきながらも、翔は挑みの笑みを浮かべ、魔素を放出した手に炎を近づけた。

 

 


 



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