修行①
戦場と化した町は所々地面がひび割れており、加えて瓦礫が所かしこに散らばっていてかなり歩きづらいが、男はそんなことには構わず、どんどん先へと進む。
よく見ると、男は数少ない瓦礫の落ちていない地面を的確に見極めて歩いている。注意しているというよりかは慣れているといった方がいいのかもしれない。
汗を服の袖でぬぐい、やっとの思いで男についていく。場所を変えるといっていたが、一体どこへ向かっているんだ?
……いや、待て。大事なことを忘れていた。
ここがもしも本当に並行世界だというのなら、僕は物心ついた時から眠るたびに見ていたあの夢は現実だったのか?それがこの男の仕業なら、僕の人生、つまり約15年間ずっと世界を僕に渡らせていたのか?
確かにこちらの世界に来てからの夢はかなり体の感覚ははっきりとしているし、現実と言われても信じられる。
だが、物心ついた時から元居た世界で見ていた夢はもっと曖昧で、思うように体が動かなかった。視界も今よりずっと狭かったし、少しもやもかかっていた。
二つの夢は見ていた景色は同じでも五感の感じ方に大きな差がある。なら、その二つの夢には何の違いがあるんだ?
それに、僕が見ていた光景はいつも同じだ。変わらず黒煙と燃え上がる炎があちこちにあり、消えることがない。
ダメだ、分からないことが多すぎる。目の前の男に聞こうにも、何から聞けばいいのか分からない。
そんなことを考えていると、男はピタリと動きを止める。
そこには赤く揺らめく刀身を持つ刀が地面に突き刺さっていた。
柄は黒く、刀身は周囲の炎に照らされて赤く揺らめいている。かなり丁寧に磨きこまれ、鏡のように光を反射しているせいで、少し目を離すと見失ってしまいそうになる。
何の飾りもない、ただの刀に目を奪われる。
「これは『魔玉刀』。俺が使っている武器だ。そして同時に、お前に最も適した武器でもある。」
「どういう意味だ?」
男は地面に刺さっている刀を手に取り、刀身をもって包丁を渡すように僕に柄を差し出す。
「持ってみろ。」
男の真意は分からなかったが、言われたとおりに持ってみる。
その瞬間、男の言っていた意味を理解した。
手になじむ。柄の微妙な凹凸が手の形に完璧にフィットしていて、刀の方から手に吸い付いてくるように感じてしまう。何年も使い込んだかのような気さえする。
そして、かなりの重さだ。刀なんて持ったことがなかったが、これほど重いとは知らなかった。両手で正面に持ってくるだけでかなり体力を持っていかれる。
「構えろ。死にたくなかったらな。」
「は……?」
見ると、男は翔と向き合って剣を構えている。
「いったい何の冗談だ?」
「お前を鍛えてやるんだよ。余計なことをしゃべるな。」
「いきなりすぎるだろう。」
「俺もそう思うが、お前をこの世界に留めていられる時間が予想以上に少ない。強引ではあるが、生き残るための力をつけてやる。もっとも、この修行で死ねばそれまでだがな。」
「以前僕が死んだら困るといっていただろう?」
「その時はその時だ。」
男がそういったとたん、強烈な殺気が放たれ、翔は鳥肌を立てた。
あの巨大な狼に襲われたときや、竜と向かい合った時と同じだ。死の予感。
こんな殺気を人間が放てるのかよ。
本来であれば、僕はこの時、なりふり構わず逃げる判断をしていたはずだ。
だが、刀という強力な武器を持っていたせいで気が強くなっていたのか、僕は逃げずに立ち止まり、刀を正面で構えた。
沈黙が続き、翔は生唾を飲み込む。
数秒後、何の前触れもなく剣が翔に向けて猛スピードで打ち込まれる。
翔は転がるようにして躱し、すぐに体勢を立て直す。
一度その動きを見ただけでゾッとする。人の動きとは思えない。目で追うのがやっとだ。今のは奇跡的に躱せただけ。二度目はない。
魔術を使っているのか?もし使っていたとして、どんなものを使っているのか、見当もつかない。
一度見ただけでも分かる。奴の動きは身体能力を強くしたりしたところでできるものではない。滑らかで、無駄がない。
それに、瓦礫のせいで足場が悪い。
「どうした?そんなもんか?」
男は半笑いで挑発する。
こんな挑発に乗る余裕はない。自分が助かる道を探すだけで精いっぱいだ。
「お前、魔術師なのか?」
恐る恐る尋ねる。
「少し違うな。確かに魔術は使えるが、それだけじゃない。俺は『魔剣士』だ。」
男は力強く足を踏み込み、周囲の瓦礫を風圧で吹き飛ばす。
それを見た翔は逃げても無駄であることをいち早く察し、重い刀を正面で構える。
「刀義、≪影抜き≫。」
そう思った瞬間、先ほどよりもさらに速い速度で男は翔に近づき、切りかかる。
だが、先ほどよりも速いにもかかわらず、翔の目にはその動きがはっきりと捉えられた。
聞いたことがある。車に轢かれそうになった被害者が見ているものがスローモーションになり、助かった話。
受けられる。
そう思い、翔は剣の軌道上に刀を置き、受け止めようとする。
だが、それは無意味なものだった。
剣は刀を通り抜け、翔の胴に正確に打ち込まれた。
「が……ッ」
痛みと衝撃で翔は意識を保てず、膝から崩れ落ちた。




