試合開始
翌朝、僕はいつもの夢を見ることなく起きた。こんなことは滅多にない。それこそ、一年に一度あるかないかというほどだ。
少し奇妙な気もしたが、おかげでぐっすりと眠れた。これなら今日のどこかで睡眠不足でぶっ倒れる、なんてことはないだろう。
いつものようにエミリーと登校すると、校門でカルナと会う。出会って間もなく、たがいに目をそらさずに睨み合っている。
「ちょっと、二人とも。何を睨み合ってるのよ。そういうのは試合の時で十分だよ。」
エミリーが二人の間に割って入る。不本意そうにカルナは立ち去り、翔は目を睨みつけることはしなくなったが、じっとカルナの様子を窺っていた。
「翔君、昨日はああいったけど、本当にいいの?今ならまだ謝れば試合をしなくて済むかもしれないよ?」
「そうは言っても引き下がるわけにはいかないよ。恩人を馬鹿にされて黙っていられるわけがない。」
翔はカルナから決して目をそらすことなく返事をする。
エミリーはその真剣な目に若干気圧される。いつもの穏やかな佇まいとは違い、真っ直ぐに相手を見る姿はただ睨んでいるわけではなく、些細な動きも逃さないような高い集中が感じられる。
「さあ、僕らもそろそろ教室に向かおうか。」
カルナが去った後、翔はケロリと表情を明るく変え、エミリーの方に向き直る。
エミリーは自分でもなぜ翔のその様子に恐怖を感じたのかは分からなかったが、いつもの雰囲気に戻ったことに安心感を覚えた。
放課後、授業が終わるとカルナが僕に声をかける。
「逃げずに来たようだな。」
「それはこっちのセリフだ。」
いきなりの険悪な雰囲気にエミリーが慌てて仲裁に入る。
「ちょっと!二人とも何してるのよ。そういうのは試合の時でいいでしょう?」
エミリーの声で僕は冷静さを取り戻す。
どうにもこのカルナという奴は気に食わないというか、苦手だ。言葉を交わすと無性に腹が立つ。自分でもなぜそんな気持ちになるのかは理解できなかったし、少し頭がおかしいと思う。
僕は一度目を閉じて深呼吸をし、気分を落ち着ける。
カルナは翔にそっぽを向き、訓練所に向かう。翔たちは気分が乗らなかったが、付いていくことにした。
到着すると、そこは以前の四方が壁で囲まれただけの訓練所とは違い、天井に向けて少し青みがかった透明なドーム型の何かに覆われていた。おそらく、これが結界というものなのだろう。相変わらず、魔術って万能すぎるな。
カルナはすでに試合の許可を取っていたようで、ケイン先生を呼んできていた。
室内の何の障害物もない床。靴はキュッキュッと体育館の中にいるような音が鳴り、中学生だった頃を思い出す。
訓練所に入ると、外から見るよりも随分と広く感じられる。こんな広い場所でたった二人。障害物のない場所。少し僕の方が不利だな。
僕は魔術を受け止めるか避けるかしてカルナにエミリーからもらったこの木刀を切りつけなければならないのに対し、カルナは魔術を間合いを開けて打ち続ければ危なげなく勝てる。つまり、そういう展開は避けなければならないし、もしそうなったら何か意表をつかない限り、僕に勝ち目はない。
後ろからカルナが入ってきて、僕をギロリと睨みつける。人のことは言えないが、本当に気が荒い奴だな。
「翔、試合のルールは知っているか?」
ケイン先生が心配そうに尋ねる。
「大丈夫です。昨日、エミリーに教えてもらいましたから。」
「ならいい。無茶はしないようにな。」
「分かっています。」
翔はエミリーから借りた木刀をぎゅっと握りなおす。やはりどれだけ安全と言われても、魔術なんて物騒なものでこれから攻撃されると思うと身がすくむ。
「よし。」
弱音はここまでだ。カルナ何をしてこようと、出来る事をするだけだ。
ケイン先生が訓練所の中心に立ち、僕とカルナはそれを挟むようにして向かい合う。距離は10メートルほど。意外と近い。これならなんとか懐に入ることぐらいは出来そうだ。
僕は前傾姿勢をとり、木刀を両手で持って身構える。
カルナは杖先を前へ向けて息を吐き、目を見開く。お互いに最高潮の緊張が走る。
ケイン先生が立ち会う。
「試合は5分間、両者全力で戦うように。私が危険と判断したら即中止する。」
木刀に汗がにじむ。耳を研ぎ澄ませ、足に力を込める。
「それでは……はじめ!」




