副作用
放課後、午後の授業を受け終え、翔とエミリーは帰宅する。
翔は自室に戻ると、ベッドに腰を落ち着け、魔素の放出の訓練をする。
これは竜との戦闘の時に夢の男と出会ってからこっそりと続けている。
今日の授業では魔素は魔力を使って操るものと習った。夢で出てきた男の言葉や学校の授業で、魔術というのがどういうものなのか、かなり分かってきた。
そして、それらのことから自分に出来ること、出来ないことが明確になった。
僕には魔術は使えない。魔力がないからだ。しかし、魔素はある。
夢の男は「お前にできるのは魔素を放出する事だけ」と言っていた。
加えて、以前魔力がないといわれたことを考えると、僕には魔力はなくても魔素はある。そして、ここ数日で理解できたのは、魔素を体外に放出するだけならば、魔力は必要ではないという事。
魔素は魔術の元となる重要なもの。魔素によって使いやすい魔術も変わってくる。特に、魔素と魔力の量のバランスというのは大切だ。どちらかの量が多すぎれば、エミリーのように自身に悪影響を及ぼすこともある。
しかし、翔には魔素しかない。エミリーは魔素に比べて魔力が多すぎてああいった魔術を常時発動するようになった。ならば、魔素しかなければどうなるのか。何か自身に悪影響を及ぼすようなことはあるのか。
実を言うと、心当たりはある。
あの戦場の夢だ。この世界に来てから少しずつ、だが、確実にあの男の感情が強く伝わってきている。
物心ついた時から何度も見てきた夢だが、周りの人から話を聞いて、一つの夢を何度も見たことのある人はいなかった。ネットで調べても理由は分からなかったが、もしもそれに魔素が関係しているのなら、少しは合点がいく。
小説が好きな僕にとっては、魔素というのは実は全く聞いたことがない、というわけではなかった。物語で何度か魔素というものが登場したことはある。
ただし、それはあくまで作り話の中のものだ。現実には存在するはずがない。僕のいた元の世界では。
その世界の出身でありながら、この世界の人が持つものを持っている僕は一体どういう存在なんだ?
不安はあるが、自分に出来ることはそこまで多くない。
ただ、魔素の放出をコントロールできれば何かの役に立つかもしれない。
そう信じて、翔は黙々と訓練を続ける。
コンコンッ
部屋の扉をノックする音が聞こえる。
翔が返事をすると、エミリーが部屋に入ってきた。
エミリーはすでに部屋着に着替えている。見慣れた服ではあるが、制服姿とのギャップもあっていつもよりかわいらしく見え、目をそらしてしまう。
そんな翔を気にすることなく、エミリーはいつも通りに話しかけてきた。
「授業はどうだった?授業の内容、あんまり分からなかったでしょう?」
「えっ、ああ、大丈夫だよ。エミリーに事前に魔術について教えてもらったおかげでなんとか授業内容は理解できたよ。」
緊張で少し熱くなった顔を隠すように顔を背けて答える。
「ふーん、これじゃないか……。」
エミリーはそう言って、ベッドに横たわり、僕をじっと見つめる。
彼女が信頼してくれていることはとても嬉しいのだが、何というか、最近無防備すぎて心配になる。
「えっと…、どうしたの?」
沈黙に耐え切れず、翔がエミリーに話しかける。
「やっぱり翔君、悩み事あるでしょう。」
「……何のことかな?」
「はい、嘘。」
とっさについた嘘をあっさりと見破られる。
「今のは私でなくても分かるよ?翔君、嘘をつくの下手すぎるもん。」
くすくすと笑われ、自分でも自身の言ったことが馬鹿らしくなり、笑った。
エミリーに嘘は通じないなんて分かりきっていたことなのに、何をやっているんだか。
ふと、エミリーの魔術の副作用の事を思い出し、翔の顔が青ざめる。
「あっ、ごめん、エミリー。僕、つい嘘をついて……。」
エミリーの顔色を窺ったが、特に変化はない。
エミリーも最初はなぜ翔がこんなに慌てているのか分からないようだったが、あまり間を開けずに納得できたようだ。
「あー、ごめんね。ちょっと心配かけすぎちゃったみたい。私は悪意のある嘘には苦痛を感じるけど、そうでない場合は大した痛みにはならないよ。
それに私が自分の魔術のせいで倒れたのは幼い頃の話だし、今はもう痛みにも慣れてるから、あの時と同じような嘘をつかれても気絶したりはしないよ。」
そう言って、エミリーは体を起こし、何ともないことをアピールする。
「それでも痛みを感じることに変わりはないんだろう?本当にごめん。」
罪悪感から、翔は頭を下げる。
「分かったわよ。……って、あの、ショー君?もしかして話をそらそうとしてる?」
あっ、やっぱりばれたか。嘘が通じないなら話を逸らせば何とかなるかと思ったが、流石にそううまくはいかないよな。
正直に話すのも悪くないかもしれない。でも、夢の話は全て僕の想像に過ぎない。何の根拠もないし、言語化するのも難しい。
翔が悩んでいると、エミリーがため息をつき、そっと立ち上がる。
「話したくなかったら話さなくてもいいよ。話したいときに話してくれれば、大丈夫だから。」
無理強いをしない彼女の心遣いが、身に染みる。
頭で考えるのは得意でも、喋ることが苦手な僕の性格をよく分かってくれていることが感じられ、先ほどまでの不安定だった心が嘘のように落ち着いているのが自覚できた。
「いや、大丈夫。ちゃんと話すよ。でも悩みってほどではないよ。これは僕が勝手に考えていることだし、何の根拠もない。だから、もう少しはっきりとしたことが分かったらちゃんと話すよ。」
「分かった。じゃあ待ってるよ。その代わり、またショー君の世界の話を聞かせてよ。」
そう言って、エミリーは興味深々に話を聞く。
彼女の見せるたまに子供っぽいところに少し可愛らしさを感じる。
「ああ、いいよ。」
彼女といる心地よさにふんわりとした安らぎを感じながら、翔は元居た世界の話をし始めた。




