優しい人
自分の目がどうかしたのではないかと、思わず勘違いをしそうになる。
なぜそんな顔をしているのか。なぜそんなにも優しい眼差しを自分に向けてくれるのか。
疑問が尽きない。
エミさんはそっと僕とは反対側に背中合わせで座る。
「ずっと黙っててごめんね。でも、どうしても私はショー君の過去を聞いてみたかった。だって、家でいつも話しているとき、絶対に自分の過去については話したことがなかったでしょう?
昨日急にあんな反応をするから、もしかして何か事情があるのかと思ったの。」
「別に単に僕が冷たい人間なだけかもしれないでしょう。」
静かに、重々しく言う。
「……ショー君はそんな人じゃないよ。」
エミさんの姿は見えない。でも、その言葉に偽りはない。
ただの勘でしかないが、ハッキリとそう感じ取れる。
「昨日はごめんね。私、自分のことしか考えれてなかった。」
エミさんは沈んだ声で謝る。
なぜ彼女が誤るんだ。エミさんは何も悪くない。僕が勝手に気分を悪くして、勝手に辛くなっていただけ。彼女が誤る理由は一つとしてない。
それなのに、謝られるのはおかしい。
僕がそれを口に出す前に彼女は話し出す。
「私ね、ただこれからもショー君に一緒にいてほしかっただけなんだ。こんなに話すのが楽しい人は初めてだったから。その口実で私は君に好きだって言ったの。」
申し訳なさそうに声を曇らせる。
あの話を聞いた後だというのに、彼女の僕に対する態度は何一つ変わっていない。絶対に避けられると思っていたのに、避けるどころかこうして謝りさえしてくれる。
僕にはそれがこの上なく嬉しかった。
「だからさ、お互い様だよ。私もショー君もお互い悪いところがあったんだもの。」
エミリーは重々しい空気を振り払うかのように口調を明るくし、翔の背中にもたれかかる。
「それにね、私がショー君を優しい人だと思っているのは今でも変わらないよ。」
エミリーはそう言うと、その一言に動揺した翔の正面に移動し、両手でその手を包み込む。
「だって、私が感じたショー君の優しさが上辺だけのもののはずがないもの。」
「そんなことあるか!僕は優しくありたいとは思えても本当に優しい人にはなれない!僕はそういう人種なんだよ!」
思わず怒鳴ってしまう。けれど、そんなことを意に返さず、エミリーは優しく語り掛ける。
「優しくありたいと思う事は優しい人にしかできないよ。それに、私が感じた温かさは本物だったから。」
その一言は僕の心を温かいもので満ちさせる。
何度も自身に問いかけ、何度も自身を責め立て、何度も自身を呪い、ようやく出した答え。それが、『自分は優しくなれない人間』という事。
それを認めてしまえば、気分が楽になった。そういう人間なんだからしょうがない。周りに人のことを気遣ったり、場の空気を乱すことを恐れたりする必要もない。
それでも『優しくありたい』という気持ちはずっと心にこびりついたままだった。
「その恵美って人も、ショー君には優しさを感じていたんじゃないかな。だからこそ、君を傷つけたくなかった。でも、君の優しさに救われていたのよ。
ショー君の優しさは絶対に上辺だけのものなんかじゃない。誰が何といおうと、私はショー君の心には温かい優しさが絶対にあるって確信してるよ。」
……ああ、エミリーのおかげで自身の間違いにようやく気付けた。
優しい人が誰かに優しくできるんじゃない。優しい心というのは誰の心にも宿っていて、それが相手にとってどう捉えられるのか。
それだけが、優しさを量ることが出来るものなんだ。
呪縛から解き放たれ、翔は今まで自分でもしたことがないようなホッとしたような笑みを浮かべていた。
鼻がツンッと熱くなり、涙をこらえられない。
この世界に来てから、散々な目にあった。
狼に襲われたと思ったら今度は竜に襲われる。そんなことを繰り返していれば、必然的に元の世界に帰りたい、こんな世界に来たくなかった、という考えが生まれる。
でも、この時僕は初めて『この世界に来てよかった』と思えた。
一度は約束を破り、引き裂かれそうになった仲ではある。けど、お互いの理解を深め合った今なら、今度こそ守ることが出来るはずだ。
翔はグッと涙が出そうになるのをこらえ、、エミリーと目を合わせる。
「エミリー、もう一度約束をしたい。僕と一緒にいてくれないか。」
裏も表もない。エミリーに嘘が通じないことも関係していたと思う。
ただ、望んだことを言っただけ。初めて自分から言ったわがままだ。
エミリーは何も言わず、ただ頷く。
恵美さんの言っていた『優しい人』の意味がようやく分かった気がする。彼女は僕をもう許してはくれないのかもしれない。
ならば、彼女の期待にはこれからの僕の生き方、在り方で答えよう。
そう決意すると同時に僕はエミリーといれば、恵美さんの言っていた『優しい人』になれるような気がしていた。




