翔の過去③
息を切らし、4人のいた空き地を目指して走る。
考えもしなかった。恵美さんのような人に好かれやすい性格の人が自分と同じ目に合っているなんて。
そして、もしもそれが本当なら、原因は間違いなく僕だ。彼女が僕を助けたからとしか考えられない。
自身がいじめられていた時には全く抱かなかったはずのどす黒い感情が芽生えるのを感じる。
空き地に着くと、そこにはもう誰もいなかった。あたりを見回しても、そこに4人のいた明らかな痕跡はない。
僕は仕方なく、その日は家に帰ることにした。
翌朝の登校時、恵美さんはいつも通りに僕に話しかけてきた。
あまりの変化のなさに、一瞬昨日のことを忘れそうになったほどだ。僕はさりげなく恵美さんに昨日どこにいたのか、会話の中に紛れさせて聞き出そうとしたが、それを知ることはできなかった。
だけど、何かを隠しているのは彼女の言動で分かる。
僕は一度、彼女を尾行して何を隠しているのか突き止めようかと思った。だが、彼女が隠したがっていることを僕が無理やり暴いていいものなのか?
……いや、そんなものは後付けの口実だ。本当はただ彼女に嫌われるのが嫌なだけだ。
初めて出会った時、彼女は僕の意思関係なしに自分の行動を正しいと信じて僕を助けてくれた。なら、僕も多少の自分勝手な行動は許されるはずだ。
頭では分かっていても、それを行動に移すには勇気が足りない。僕は臆病な人間だ。自分に自信が持てない。彼女に嫌われる可能性がゼロでない以上、僕は動くことが出来ない。
結局、その日もその後の日も、僕は「明日こそは」と意気込みはするものの、それを行動に移すことはしなかった。
数か月が経過した。
僕と恵美さんの関係に変化はなく、時々近場のカフェなどで一緒に食事に行くこともあったが、恋愛感情などは抱くことはない。
そういった浮ついた感情よりも遥かに恵美さんの心理状態が気になった。
恵美さんはかなり感情を隠すのがうまい。僕は普通よりもそれは上手な方だと思うが、それとは比べ物にならないほどだ。
だが、この数か月の彼女の言動や表情で、彼女があの3人組に直接的ではなくとも、何か嫌がらせを受けていることは明らかだ。
もっとも、分かったからって自分が何をできるわけでもないが……。
「……君、翔君!」
「あ、はい!」
「どうしたの?体調悪いのなら無理に私に付き合わなくても…」
「だ、大丈夫ですよ。少し考え事をしていただけなので。」
そうだ。今日は恵美さんと久しぶりに二人で出かける日だ。提案をしたのは僕。今日こそは恵美さんがあの3人組に何かされていないか聞き出そうと、思い切って誘ってみたのだが、二つ返事でOKの返事が返ってきた。
「それで?今日はどこに行くの?」
「え……?あっ。」
しまった。馬鹿か僕は。二人で遊ぶ中でさりげなく聞こうと思ったのに、そもそもの行き先を考えるのを忘れていた。
「……もしも決まってないなら、おすすめの場所があるんだけど。」
恵美さんはそう言って、僕の手を引いて走り出す。
その手は緊張からか、少し手汗をかいていたが、恵美さんのその表情はとても楽しそうだった。
それからは色んな所に行った。
最近人気のカフェに入ったり、洋服を見たり、カラオケや二人とも好きな植物園なんかにも行った。
日曜日という事もあり、人は多かったが気にはならない。それほどまでに、僕らは楽しい時間を過ごした。
自分から誘ったのに恵美さんに連れられるのは少し情けない気もした。でも、恵美さんの行きたい場所があるのなら、彼女の自由にさせた方がいい。
恵美さんは迷うことなく、次々と行きたい場所をいい、僕を連れてあちこち走り回った。
辺りがすっかり暗くなり、空は夕日と夜が溶け合い、鮮やかな色をしている。
一日中遊びつくして、流石の恵美さんも少し疲れたようだ。
最後に僕は思い付きで、あの高台の公園に恵美さんを連れて行き、二人でベンチに座る。
なぜ彼女をここに連れてきたのかは分からない。もしかしたら、単に思い出話をしたかっただけなのかもしれない。それでも、ここに来れば、何か変われる気がした。
「立派な桜の木だね。」
恵美さんが言う。僕はそこからまた雑談をしようかとも思ったが、ぐっとこらえる。
「恵美さん、何か悩み事があるんじゃないの?」
「……。」
恵美さんは何も言わず、うつむいて黙り込む。
「あっ、いや……急に変なこと言ってごめん。もしかしたら僕のただの勘違いかもしれないし、気にしなくてもいい。」
ちらりとほんの一瞬だけ、僕は恵美さんの様子を隣から見る。
恵美さんは寂しいような悲しいような、そんな表情をしている。
「フフッ、翔君は優しいね。
でも、大丈夫。心配はいらないよ。ありがとう。」




