魔術原理
「嘘を見抜く……?」
僕はすぐにはそれを理解できなかった。確かに、漫画や小説ではそんな能力を持った人物が描かれていることはある。でも、人の嘘なんて本人の自覚がないことだってある。嘘はハッキリと分かるものだとは限らない。
「まあ、すぐには信じられないだろうけどね。じゃあ、試しに何か嘘を言ってみて。」
「試しにって……。」
エミリーが『本当かどうかわからないこと』ではなく、嘘を言うように言ったことは少し疑問に思ったが、ひとまず言うとおりに言ってみることにした。
「じゃあ、僕には妹がいる。」
翔が言うと、エミリーの目には緑に淡く光る紋様がその瞳に映し出されていた。
「相手が嘘をつくと、私の目にはこの紋様が浮かび上がるの。翔君は滅多に嘘をつかないから、全然気づいてくれなかったけどね。」
エミさんの言葉はそう簡単に信じられることではなかったが、これまでの学校長の発言の意味やエミさんの態度のことを振り返ると納得がいった。
その能力を僕が理解するためには魔術のことについて分かっておかなければならないらしく、エミさんは一つ一つ丁寧に説明してくれた。
「魔術を行使するには体内の魔素と魔力の二つが鍵になってくるの。どちらも体内のどこかに生成器官があるんだろうけど、それは未だに見つかってない。
魔素は発現する事象を作り出すために必要なもので、魔力はそれを操るためのもの。
例えば、火の玉を打ち出す魔法なら、
・1 体内の魔素を体外に放出する
・2 魔力を使って魔素を火に変換する
・3 体内から魔素を放出して火を変換したまま、魔力で形状を変化する
・4 魔力を使って打ち出す
という4つの工程があるの。」
これを聞いても正直僕にはよく分からなかったが、エミさんは木の枝で地面に絵をかき、焚火に例えて話してくれた。
魔素は焚火の薪、魔力はその炎を浮かしたり、形状を変化させて操るためのエネルギーというわけだ。
エミさんは自身の体質について話し始める。
「普通の人は体内にある魔素と魔力は釣り合っているものなの。魔力は魔素とは違ってエネルギー量だから、正確には測れないんだけど、私には非常に強力な魔力があるの。それに対する魔素量は異常に少ない。だから、魔力が自分の意思とは関係なしに暴走してしまうのよ。」
彼女はまた焚火に例えて説明しようとしたが、「少し説明しづらいね」といって、今度は焚火ではなく水槽を使って説明をしだす。
「分かりやすく言うと、底に穴の開いた容器に水が注ぎこまれていると想像してみて。水は魔力、穴が魔素。魔力は魔素か魔素からできたものにしか干渉できない。今の例えでいうと、魔力は底の穴からしか出すことが出来ないのよ。
そして、魔力は体内で生成され続けるから、普通の人なら魔術を使う事で体内の魔力量を調整するけど、私の魔素量はとても少ないから、魔力が溢れる。そうなると、体内の魔力暴走という形で現れるというわけ。」
エミさんは僕でも分かるように、少しゆっくり話す。
「えっと…、それは理解できたけど、それと嘘を見抜く能力がどう関係してくるの?」
僕は眉間にしわを寄せながら言う。
「魔力と魔素には人によって系統があるのよ。火に変換しやすい魔素、雷に変換しやすい魔素、魔力なら遠方に打ち出しやすい魔力、自身の周辺に留めやすい魔力という風にね。
そして、私の魔力と魔素は真実を見抜くことに特化してる。どういう原理で嘘を見抜けるのかは分からないけどね。
体内に魔素をとどめて使う魔術は魔素を直接体外に放出するわけではないから、魔素の消費量は少ない半面、魔力のコントロールが極めて難しいの。」
この時点でようやく理解できた。魔力の暴走、系統、そして体内の魔力コントロールの難易度……。
つまり、エミさんは魔力を消費することが出来ず、暴走させてしまっているから勝手に嘘を見抜く魔術が発動してしまうという事か。
昼休み終了の5分前の予鈴が鳴る。
「とりあえず話はここまでだね。それじゃあ続きはまた放課後にしよ?」
「あ……、うん。」
僕は話に何か引っ掛かる点があるのを感じながらも、教室に戻る。
午後の授業が始まっても、なかなか内容に集中できない。
ずっとエミさんの気持ちを考えている。エミさんは今どんな気持ちなんだろう。どんな人生を送ってきたのだろう。
エミさんの魔術の詳細はよく知らないが、自分の意思と関係なく相手の気持ちがわかってしまうのなら、誰も信用できなくなるんじゃないのか?
僕ならどうしただろう。誰かに話すたびにその人の嘘が分かるとしたら、その人の嘘の理由を追求するかもしれない。
僕にエミさんの気持ちが分かるわけはない。知ったような気になって、優しい言葉をかけたって、そんな上辺だけの言葉に意味はない。
生まれも育ちも、生きてきた世界すら違う僕に出来ることは……。
気が付けば授業は終わり、答えが出せないまま放課後になっていた。




