潜在能力
気づくと、そこは戦場だった。
見覚えがある。毎日のように見てきた、あの夢だ。でも、いつもとは状況は全く違っている。街中ではあるが、助けを求める人はだれ一人としていない。
黒煙が立ち込める中、その男はいた。いつも助けを求められていた、あの銀髪の男だ。
いつものように僕はぼんやりとそれを見ていた。
「どうした?早くこっちに来い。」
僕は少し驚いた。こちらからは夢で何度も見ていたが、向こうから話しかけられるのは初めてだ。
言われるがままにその男のもとへと歩みを進める。
男の目の前まで来ると、その青い瞳に目を奪われる。透き通るようなその瞳は宝石そのものと言われても信じてしまいそうだ。
「なに人の顔をじろじろと見てんだよ、殺すぞ?」
急に物騒なことを言われ、少したじろぐ。
男は一つため息をつき、僕にこういった。
「まあ、死なれちゃ困るからこうしてわざわざ話に来たわけだけどな。時間がないからさっさと済ませるぞ。」
男は僕の胸の中心に人差し指を突き立てる。
すると、すぐに妙な感覚が僕を襲う。全身がしびれ、身体の外側はとんでもなく熱いのに内側は冷たい。熱さは全身から右手に集中し、手のひらからは空気が漏れ出るように風が起こる。
「それが魔素を放出する感覚だ。お前には魔力がないから、体外に放出された魔素を操ることはできない。
お前は魔素の量だけは多い。それを使って目の前の状況を切り抜けろ。」
言葉の半分も理解できない。いったい何を言っているんだ?
そんな疑問を言葉にできないまま、僕は突然の炎に包まれた。僕はその風圧と熱で目を閉じる。
目を開けると、そこには竜がいた。喉元は光が揺らめき、口からは火の粉が漏れ出ている。
思い出した。さっきこの竜の吐いた火に焼かれて殺されたはず……。
時間が巻き戻った?それとも焼かれたというのが僕の勘違い?
いや、そんなことはどうでもいい。あの男が言っていた、「魔素を放出する感覚」というのは覚えている。それがどういうものなのかは依然として分からないが、それを使ってこの状況を打破する他ない。
竜は僕を目掛け、炎を放出する。
避けられるはずもない。僕はとっさに先ほどの感覚を思い出し、炎に向けて手のひらをかざした。
その行為自体に僕は意味を感じてはいなかった。それは考えて動いたというよりは、体が勝手に動いたという感覚だった。
竜の炎が目前まで迫った時だ。
僕の手のひらから出ていた微風が炎へと変化した。いや、変化ではなく、竜の炎が燃え移ったという方が正しいだろう。
こちらに向かっていた炎の勢いはぴたりとやみ、炎は僕のものとなった。炎はガスバーナーのように僕の手から出ている微風に灯る。
体の熱を左手に集めれば集めるほど、炎は大きくなり、逆に体中に熱を巡らせると、炎は小さくなる。
それを見た竜は目を赤く染め、牙をむき出しにする。明らかに怒りによる反応だ。
竜は先ほどまでのゆったりとした動きとは比べものにならないほどのスピードで僕に突っ込んできた。 こんな巨体に正面から突っ込まれたのでは避けようがない。
僕の手にあるのはこの炎だけ。なら、この炎でできることをするだけだ。
僕は手を正面から向かってくる竜の顔にめがけて構え、その炎を最大まで大きくした。腕の熱はどんどん熱くなり、逆に内側は冷えていく。指先は痺れで動かなくなる。
動かない腕とは対照的に、炎は激しく波打ち、燃え上がる。不思議なことにこれだけ燃え上がってもあまり怖くない。
僕の腕は炎に包まれる。とんでもなく熱いが、耐えられないほどではない。
竜にこんな炎が効くはずがない。だが、僕はこの炎を大きくしたとき、推進力が生まれるのを感じた。この推進力は全力で炎を大きくしたとき、どうなるのか。
僕はそんな疑問を確かめるように、瞬間的に炎の大きさを最大以上に引き上げる。
「ああああああああ!!」
熱すぎる。先ほどよりもさらに熱く炎は燃え盛る。腕全体が燃え上がり、大量の熱を発する。
土を踏みしめる脚の力を抜く。すると、体は宙を舞った。炎の推進力が僕の体を押し上げたんだ。高速で僕の体は後ろへと吹っ飛ぶ。
元の位置から200メートルほどで勢いは止まり、僕は転がるようにして着地をする。
着地の時、あちこちに擦り傷ができたが、あまり気にならない。それ以上に火傷をした腕の痛みがひどかった。
痛みで意識が飛びそうになる。腕は火傷なんてレベルではないほどに黒く焦げ、痛んだ。歯を食いしばるが、まともに立つことすらままならない。
僕は地面に倒れこんだまま、元いた場所を見る。竜はすぐに僕を見つけ、こちらに飛んできた。
あんな巨体で飛べるのか……。
「やれやれ、もう町がボロボロじゃない。」
僕の隣で聞いたことのない誰かの声がする。女性の声。それしか分からない。容姿を見る余裕なんてない。
「早く…逃げろ……、死ぬ…ぞ……。」
僕は声を絞り出す。小さくかすれた声しか出ない。
「死にかけてるやつにそんなこと言われたくないわね。ただ、気持ちだけは受け取っておくわ。」
何の根拠もなかったが、その人の声には安心感がある。
竜の大気が震えるような怒号が近づいてくる。
女の人は僕の前に立ち、こう口にした。
「……≪裂空≫」
竜の声がぴたりとやむ。それと同時にドサッと何かが落ちる音がする。
だが、その音が何のものなのかを確認することはできなかった。
意識が遠のき、僕は力なく目を閉じた。