異世界の町
この世界に来てから数週間が経過した。傷は完全に癒えたわけではないが、外を出歩ける程度には回復している。後遺症が残らなかったのは不幸中の幸いといえるだろう。
翔は今、エミリーの家にいる。あの日、エミリーにこの家にいてもいいといわれ、翔はその言葉に甘えることにしたのだ。
僕はお世話になるのは申し訳ないとは思ったが、正直ありがたかった。ここが本当に異世界なら、僕が生きていくにはあまりにも人とのつながりがなさすぎる。
今日はエミさんは学校、エミさんの両親は仕事に出かけている。僕は留守番だ。
傷が痛んでいた時はできることは少なかったが、今ではかなり回復したため、僕は家の家事を手伝っている。とはいっても、掃除と洗濯しかできはしないが……。
そんな僕に、レイガスさんは様々な種類の本を持ってきてくれた。なんだかんだ言って、レイガスさんは優しい。
その本紙は厚く、ページ数も少なかったが、この世界の常識を得るには十分なものだ。それらはすべて日本語で書かれていて、漢字にはふりがなも打ってある。ただ、その平仮名というのは昔の日本で使われていた“崩し字”というもので書かれており、かなり読みづらい。やはり、異世界なだけあって、似てはいても所々で元の世界と違うものがある。
結局、エミリーに作ってもらった50音表を使いながらなんとか読み進めていたが、大した量は読めなかった。
夕方、エミリーが一番に家に帰ってくる。
彼女はよく僕と話してくれていて、この数日間ですっかり打ち解け、仲良くなった。
それ以来、僕は彼女のことを「エミさん」と呼んでいる。
「ショー君、今日は何の話する?」
帰って早々エミリーが話しかけてくる。
ここ最近、エミさんとはお互いの世界のことを話し合っている。どんな生き物がいるのか、どんな文化があるのか、どんなものがあるのか、といったことだ。
エミさんは興味深げに僕の話を聞き、僕もエミさんの話をよく聞いている。
僕とエミさんはお互いの話を面白いと感じている。何しろ、違う世界の話だ。知識の少ない小さな子供が好奇心が強いように、僕らもお互いの話に好奇心をくすぐられていた。
僕はレイガスさんがくれた本と、エミさんとのこうした会話のおかげで、徐々にこの世界の知識を身に着けることが出来た。
ここは僕の世界の古代と近代を混ぜ合わせたような世界だ。
建物は現代並みにしっかりとしたものがあるのに水道が通っておらず、井戸を使っていたり、逆に銃ではなく、弓矢を使っているのに、それは機械的なつくりをしていたりとなんだかツッコミたくなるような話がたくさんある。
そんな世界になっている原因には、『魔術』の存在がかかわっていると思う。
エミさんは魔術のことを、「自身の心でこの世界の法則に干渉するためのもの」と、よく分からないことを言っていたけど、要するに魔法のようなものをこの世界の人々は使えるのだ。だから、魔術でできることは発達せず、魔術でできないことは発達した、という事だと思う。
この世界の生活は、今のところ楽しい。けれど、今の居候のような立場のままではいけないとも思っている。傷が治って、エミさんにお礼をしたら、この家を出よう。
そして、もしも……、もしもできるのなら……、元の世界に帰る方法を探したい。